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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。
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2025/11/04

旅する善財童子 12-22


新・善財童子 求道の旅-華厳経入法品・華厳五十五所絵巻-』(以下『新・善財童子』)の図版と本文、時には梵文和訳 華厳経入法界品(下)などから引用して作成しています。

善財くんは同じ南の地方のトリナヤナ(三目国)に向かった。

12 善見比丘(スダルシャナ)
トリナヤナ(三目)国の林の中で、「消えることのない智の燈火」という菩薩の解脱を知り、一発心ですべてを知る(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

善財童子は深遠な法界の奥底に深く思いを致しながら、慈行童女が教えた三目国にたどり着いた。
とある林のなかで経行をしておられるのか、歩みを反復されているお方に出会った。若々しく端正で気品があり、髪は紺青、頭頂は傘蓋のようであった。その静かで堂々たる姿の比丘を囲んで、異形の天部の神々がかしずいている。ある者は蓮華を供養し、ある者は鉾を立てて守護し、ある者はいかめしい鎧に身を包んだまま合掌している。またある者は大きな宝石の蓮台を捧げ、比丘が歩を進めると、比丘の足をその蓮台で受け止め、周りの神々もこれに随って歩く。
華厳五十五所絵巻 12 善見比丘 新・善財童子 求道の旅より

善財童子に気づいた善見比丘は語った。
「善男子よ、私はまだ年少であり、出家としても初心者ですが、生まれてこのかた、一心不乱に数々の如来のもとで禁欲の修行をしてきました。すべての如来から妙法をお聞きし、その教えを身に受け、清浄か、清浄なる誓願を立て、波羅蜜行に励みました。そのお蔭で、如来の成就された境界に入り、如来の正法をどこまでも保持していけるようになりました。
仏像の眉間にある白毫が一本の毛が渦巻いているように、善見比丘の頭頂には赤い毛が渦巻いている。
華厳五十五所絵巻 12 善見比丘 新・善財童子 求道の旅より

金剛のような志願をもち、如来の家という良き家柄に生まれ、身体は火焰や毒や剣によって損なわれることなく、あらゆる教えの源泉となり、あまねく十方を照らす、そのような菩薩たちの功徳については私は語ることができません。これから南のシュラマナマンダラ国に名聞という都城があり、そこに自在主という名の童子が住んでいます。菩薩行をどのように学べばよいか、その人に問われるとよろしいでしょう」
善財童子は次なる善知識が童子と聞いて、少しくいぶかる思いが頭をよぎった。だが、すぐ様それを打ち消し、菩薩の堅固なる誓願を改めて強く心に刻みつけ、善見比丘のみ足に頂礼して別れを告げた。
華厳五十五所絵巻 12 善見比丘 新・善財童子 求道の旅より

善財童子は善見比丘の教えに従ってシュラマナマンダラ国を目指し、南へ向かった。
やっぱり南へ。


13 自在主童子(インドリエーシュヴァラ)
シュラマナ・マンダラ (輸那/名聞/円満多聞)国のスムカ(妙門)城の河の合流点近くで、「あらゆる法の知識である技術の神通を具えた」という菩薩の智の光明を得、菩薩の算法を知る(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

名聞城に着いて自在主童子はどこかと探すがなかなか見つからない。すると三目国から付いて来た天部の神々が、 
「自在主童子は河原で大勢の童子たちに囲まれて砂遊びをしていますよ」
と天空から教えてくれた。
自在主とはまだそんな子供なのかと、またまたいぶかしく思いながら河原に近づくと、なるほど一万人はいるかと思われる大勢の童子たちにまじって、自在主童子がなにやら話している。善財童子は近づき、礼儀をつくし、菩薩の修行について尋ねた。
華厳五十五所絵巻 13 自在主童子 新・善財童子 求道の旅より

「善財君、私はかつて法王子であった文殊師利童子のところで、読み方や書き方、算数などあらゆる学問を学ぶことができましたので、あらゆる工巧の神通智の法門に悟入しました。
私はこれらの知識を衆生たちに教え、わからせ、学習させ、実践させて、彼らの心を清く無垢広大にさせているのです。
私はこの菩薩の算法のように、あらゆる技術に通じていますが、あらゆる法則の数を熟知し、あらゆる仏と菩薩の数を熟知し、あらゆる名称すべてに自在な菩薩の行や三味については知りません。
豹の毛皮の上に結跏趺坐した自在主童子は、善財くんより少し年長に描かれている。
華厳五十五所絵巻 13 自在主童子 新・善財童子 求道の旅より

ここから南にサムドラプラティスターナ、またの名が海住という都城があり、そこに具足という名の優婆夷、すなわち信女が住んでいます。そこに行かれて、その方に菩薩行をどうして修めればよいか、お尋ねになられるとよろしいと思います」
善財童子は、大いなる尊敬と喜びを深く感じながら童子のみ足に頂礼し、幾度も童子の顔を仰ぎ見ながら、そのもとを立ち去った。
そしてまた南へ。


14 具足優婆夷(プラブーター)
サムドラ・ブラティスターナ(海住)城の住いにおいて、「無尽の荘厳の福徳の宝庫」という菩薩の解脱を得て、一個の壺ですべての衆生を飽食させる(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

都城の真中にお屋敷がある。
門をくぐると広々とした庭があって、その向こうに瀟洒な堂宇が軒を列ねている。見ると、天女のような侍女たちに囲まれながら、具足優婆夷が宝座に坐っていた。まだ若く、初々しさを残し、清楚なその姿は、気品に満ちていた。
彼女の面前にはなぜか一つの金銅鉢が台上に置かれている。それ以外に、屋敷内にはこれといった豪華な家具も装飾品や衣裳の貯えもなかった。その代わり立派な食卓がずらりと並んでいる。これは一体何をするためだろう。そんなことより菩薩の修行だ。善財童子は具足に尋ねた。
立派な堂宇がありながら、具足優婆夷は庭に設けられた宝座に結跏趺坐している。
華厳五十五所絵巻 14 具足優婆夷 新・善財童子 求道の旅より

「善男子よ、私は無尽荘厳福徳蔵という菩薩の悟りを会得しております。私はこの目の前の金銅鉢から望みのままに種々の食物を取り出し、それによって衆生たちを満腹させることができます。
華厳五十五所絵巻 14 具足優婆夷 新・善財童子 求道の旅より

様々な身なりをした大勢の人々が邸宅の入口から入って来て、思いおもいに、ずらりと並んでいる食卓についた。優婆夷に招かれた人たちであった。彼女は客たちの望むままに美味な食物を出して満腹にさせ、かぐわしい香料でうっとりとさせ、種々の宝石、種々の飾り物を与えて喜ばせた。
「善男子よ、わかりましたか。私はこのように、無尽荘厳福徳蔵という菩薩の解脱を知っています。しかし、福徳の海が無尽蔵であることによって無尽蔵の福徳を具え、あらゆる世の衆生の善根を守護することによって大きな福徳を守る菩薩たちの功徳については語ることができません。 
門の外の餓鬼のような者にも食事を振る舞っている。
華厳五十五所絵巻 14 具足優婆夷 新・善財童子 求道の旅より

「ここから南の地方に、マハーサンバヴァ、言い換えれば大興という都城があり、そこに明智という居士 が住んでおられます。その人のところへ行って尋ねてみられてはいかがでしょうか」
更に南へ向かうのだった。


15 明智居士(ヴィドヴァーン) 
マハーサンバヴァ(大興)城において、「心の宝庫から生じる福徳」という(菩薩の)解脱を知り、天穹から無量のものを得て、すべての衆生に与える(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

具足優婆夷に教えられた大興城に着いた善財童子は、早速明智居士を探求めて城内を見て廻った。中央の大通りに来ると、七宝でできた高殿のうえで、数々の宝石で飾られ、黄金で覆われた、立派な玉座に坐っている明智居士の姿が見えた。後ろから侍者が瑠璃の竿を手に、ジャンブ河産の黄金造りの天蓋を差し掛けている。居士のまわりには大勢の人たちがたむろし、楽人たちが様々な楽器を演奏している。その妙なる調べを縫って、黒香が風にそよぐ。まさに極楽浄土もかくやと思うばかりであった。善財里子は明智居士に向かって合掌した。
「無上の悟りを求めて旅を続けております。しかし菩薩はどのように学べばすべての衆生の憩の場所となれるのか、私にはまだよくわかりません。どうかお教え下さい」
華厳五十五所絵巻 15 明智居士 新・善財童子 求道の旅より

天空から種々の味の、色とりどりの飲食物が降りて来て、居士の掌のうえに置かれた。彼はそれらを取って順番に懇願者たちに分け与え、満腹させ、喜ばせ、楽しませた。そして、そのうえで教えを説いた。
なぜ多くの事柄を学ばねばならないか、なぜ貧しさに陥るのか、どうすれば富は得られるのか、どうすれば福徳に与れるのか、迷いの世界の様子を語って心の貧しさを気づかせた。
華厳五十五所絵巻 15 明智居士 新・善財童子 求道の旅より

「善男子よ、見ての通り、私は随意出生福徳蔵という解脱のことは知っている。しかし、全世界を余す所なく手で覆い、色とりどりの宝石や衣や飾り物や宝冠や楽器や香料の法雲で如来の説法会を供養する、そのような菩薩の功徳については語ることができない。これから南にシンハポータ、すなわち師子宮という名の都城があり、そこに法宝髻という長者が住んでいる。その人に菩薩はどのように修行すればよいか尋ねるとよい」
絵巻の二つの場面
東大寺蔵華厳五十五所絵巻 15明智居士・16法宝嚳長者 超 国宝-祈りのかがやき-展図録より

南のシンハポータへ。


16 法宝嚳長者(有徳の長者ラトナチューダ) 
シンハポータ(師子宮)城において、「無礙なる誓願の輪の荘厳」という菩薩の解脱に通じ、十層の館に住む(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

善財童子は明智居士に教えられた通り師子宮城にやって来た。早速计宝髻長者はいずこかと尋ね歩くと、ちょうど市場の中央におられた。長者に合掌して、
「私は無上の悟りに向けて発心致しております。どのようにして菩薩行を修めればよろしいのでしょうか。一切智に向かう菩薩の道をお示し下さい」
と懇願すると、長者は善財童子の手をとって自分の館に連れて行った。それは金色に輝き、七宝に飾られ、目もくらむばかりの高層建築であった。
極めて不安定な高層の建物だ。
華厳五十五所絵巻 16 法宝髻長者 新・善財童子 求道の旅より

一階には山海珍味の料理が並べられ、
二階にはあらゆる種類の衣裳が並べられ、三階には宝石をちりばめた装身具や荘厳具が並べられている。人々に布施するためである。さらに上を見ると、四階にはかぐわしい乙女たちが控えている。人々にかしずくためであった。五階では第五地の菩薩たちが経文を朗唱し、衆生済度のための論書を書き上げ、 あるいは禅定に入り、智の光明を成就していた。

華厳五十五所絵巻 16 法宝髻長者 新・善財童子 求道の旅より

六階ではやはり菩薩たちが集まって、経文を朗唱し、禅定から目覚め、無礙の行境にひたっているのが見られたが、彼らはもっぱら般若波羅蜜の様々な法門を朗詠しているのであった。
七階にも菩薩たちがいて、こだまのような忍耐力と方便の智をもって演察し、難儀を解き、如来の法を追い求めていた。八階には不退転の神通力をもち、あらゆる世界に遊行し、あらゆる法会に姿を見せて法を説く菩薩たちがいた。九階にはいよいよこの一生だけ迷いの世界に縛られているが、 次の一生には如来になれるであろう菩薩たちがいた。十階では一切の如来たちがそれぞれ初発心、修行、誓願、神変、転法輪を行じ、衆生に対する教化を現じていた。どうやらこの十階建ての館は菩薩の修行の階梯を暗示しているようであった。
華厳五十五所絵巻 16 法宝髻長者 新・善財童子 求道の旅より

「善男子よ、遠い過去世に無辺光明法界普荘厳王という如来が出現され、法自在王の招きで多くの菩薩たちとともに都城に入られたとき、儂はその如来に供養するために、種々の楽器を奏で、一片の香料を薫じましたのじゃ。すると薫香の薄雲が世界を覆い、その雲間から、
『如来は不可思議である。一切如来のために善根として植えられた布施は無量の一切智という果報をもたらす』
との言葉が放たれましたのじゃ。儂は如来の威神力によって示された奇蹟のために善根を、一切の貧困の解消と正法の聴聞、それに、一切の仏、菩薩、善知識との出会い、この三つのことに廻向しましたのじゃ。これによって儂は無礙なる誓願荘厳福徳蔵という菩薩の解脱に通じることができましたのじゃ。だが、儂に教えることができるのはそれだけじや。
華厳五十五所絵巻 16 法宝髻長者 新・善財童子 求道の旅より

行きなされ。ここから南の方にヴェトラムーラカ、すなわち藤根国があって、そこの普門城に普眼という名の長者が住んでおられる。その方に尋ねられるとよろしかろう」
更に南へ。


17 普眼長者(香料商サマンタネートラ) 
ヴェートラ・ムーラカ(藤根)国のサマンタムカ(普門)城において、「一切の衆生を満足させ、普き方位の諸仏にまみえ、供養し、奉仕できる香玉」という法門を知り、病の治療など衆生のあらゆる望みを満たす(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

藤根国の国境に入り、それからまた山越え、 谷越え、野をさまよい、川を渡り、休むことなく歩き続けて、ようやく藤根国のほぼ中央に位置する普門城にたどり着いた。そこは善財童子がいまだかつて見たこともないような大都会であった。
華厳五十五所絵巻 17 普眼長者 新・善財童子 求道の旅より

普眼長者は種々の香料や薬草を扱う商人であった。善財童子はこれまでと同様、自分が訪ねてきたわけを長者に話した。
華厳五十五所絵巻 17 普眼長者 新・善財童子 求道の旅より

「善男子よ、無上の悟りを求めて発心したとはけなげなことじゃ。儂は衆生のあらゆる病を知り尽くし、その治癒法をわきまえている。
善男子よ、儂のところには各地から病にかかった衆生がやって来る。
善男子よ、儂はこのように、一切衆生をしてあまねく諸仏にまみえさせ、供養し歓喜にひたらせるという法門を知っている。だが他のことは知らぬ。
華厳五十五所絵巻 17 普眼長者 新・善財童子 求道の旅より

ここより南の方にターラドヴァジャ、多羅幢という都城があって、そこに無厭足王という国王がおられる。その方に菩薩の修行法を尋ねられるとよかろう」
更に南の方にターラドヴァジャへ。


18 無厭足王(アナラ) 
ターラ・ドヴァジャ(多羅幢)城において、「幻」という菩薩の解脱を得、無法の衆生を調御する(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

善財童子は旅を続け、いくつもの国を過ぎ、町から町へ、村から村へと遍歴し、ようやくにして多羅幢城に着いた。
宝石をちりばめた立派な獅子座に王が坐っておられる。まわりには大臣や文武百官が侍立し、宝幢がはためき、かぐわしい薫香がたちこめていた。王は見るからに堂々として、容貌魁偉、その威風はあたりを払うばかりであった。
右上には菩薩が雲に乗ってやってきた。
華厳五十五所絵巻 18 無厭足 新・善財童子 求道の旅より

しかし王の前をよく見ると、なんと地獄の獄卒かとまがう大勢の仕置人たちが、恐ろしい顔をして手に手に刀や斧や矛や槍を持ち、醜悪このうえない様子で罵声を発し、罪人たちを恐怖に陥れて刑を執行していた。
見開きで異時同図になっている。
華厳五十五所絵巻 18 無厭足 新・善財童子 求道の旅より

わなわなと、目の当たり阿鼻叫喚の地獄絵を見た善財童子は、
「私はすべての衆生の利益と安楽のために、無上の悟りへの道を歩み続け、善知識たちに、菩薩はいかなる善をなし、いかなる不善をなさざるかを尋ねてきた。ところがこの無厭足王は善法を捨てて大罪業をなし、心中に悪意をもって他人の生命を断ち、他人を痛めつけている。応報来世を意に介せず、まさに地獄、餓鬼、畜生の悪趣に身を落とそうとしている。こんな人物にどうして菩薩道のことを尋ねられようか」と自問自答した。
するとそのとき、天空から神々の声が響いてきた。
「善男子よ、汝は善知識の教えをゆめ疑うではないぞ。菩薩たちの巧みな方便を用いる智は不可思議なるぞ。かの王に菩薩行について尋ねてみよ」
華厳五十五所絵巻 18 無厭足 新・善財童子 求道の旅より

善財童子は決心して無厭足王に近づき、来意を告げて待った。ようやくにして国事を終えた王は獅子座から立ち上がり、善財童子の手をとって宮殿に入り、後宮に導いて玉座に坐らせた。
「予はこれらの衆生を教化し、平安な暮らしを得させるために、大悲のゆえに、化作した幻の死刑執行人に処刑を行わせ、化作した幻の罪人たちに様々な仕置きを加え、激しい苦痛にゆがむ様子を示すのだ。するとそれを見た予の国の住人たちは、動揺し、戦慄し、恐れおののき、恐怖にかられて罪深い行いを思い止まろうとするのだ。予はこうした方便によってこれらの衆生を導き、一切苦のない一切智者の楽しみに立たせるのだ。予はただ一人の衆生といえども何も傷つけたりはしていないぞ。そんなことをすれば自分が来世で無間地獄に堕ちてしまう。
善財くんが結跏趺坐しているのを初めて見た。
華厳五十五所絵巻 18 無厭足 新・善財童子 求道の旅より

善男子よ、このように予は幻という菩薩の解脱を会得しているが、それだけにすぎぬ。行け。これより南にスプラバ、すなわち妙光という都城があって、そこに大光という王が住んでいる。かの王にも尋ねてみるとよかろう」
善財童子は無厭足王の幻の智の不可思議なることに想いを残しながらまた旅に出た。
まだ南へ。


19 大光聖王(マハープラバ) 
スプラバ(妙光)城の王宮において、「大慈の旗印」という菩薩行の智の光明の門を知り、すべての恐怖や災難を鎮める(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

目指すは妙光城である。近づくとそれはすばらしい都城であった。水を満々と湛え、青や赤や黄や白の蓮華が咲き乱れる七重の濠が周囲をめぐり、金剛宝石からなる七重の城壁が取り巻く。市街は整然と八つの街区に分けられ、その間を大通りが縦横に走っている。各街区には、 美しい摩尼宝石で飾られ、色とりどりに輝く無数の楼閣が高く聳えている。
だが善財童子はその豪華さに心奪われることなく、ただひたすら大光聖王にお会いしたいと、道行く人に尋ね尋ねて、とある十字路に面した塔廟にやって来た。するとそのなかほど摩尼宝石の基壇のうえに、瑪瑙の柱で支えられ、瑠璃の瓦の屋根で覆われた瀟洒な禅堂が建っている。近づくと、ジャンプ河産の黄金で織られた錦地の法座に、大光聖王が結跏して坐って王の身体からは黄金の輝きのような燦然たる光が放たれている。
華厳五十五所絵巻 19 大光聖王 新・善財童子 求道の旅より

善財童子が大光聖王の前に進み、合掌して来意を告げると、王は話をしてくれた。
善財くんはきりっとした表情をしている。
華厳五十五所絵巻 19 大光聖王 新・善財童子 求道の旅より

「善男子よ、予は大慈の旗印という菩薩行、すなわち大慈幢行を修め、 体得することができた。予は幾百千と知れぬ仏たち、不可説数の仏たちのもとでこの大慈幢行という菩薩の法門について問い、考察し、探求し、浄化し、多様化し、体系化して菩薩行として完成させたのじゃ。そのことによって予は王となり、法による王国の統治、法による恵みの施与、 法による領国の巡行、法による衆生の教導、法による衆生への対処、衆生に対する法の真理の説諭を行って、人々に大慈の心を起こさせ、安楽に導き、輪廻の執着から離れさせ、人々の心の海を鏡の如く澄み切ったものにさせたのじゃ。
華厳五十五所絵巻 19 大光聖王 新・善財童子 求道の旅より

かつて予の領国に住む衆生たちは、村といわず町といわず都といわず、ありとあらゆるところで五濁に汚れておった。
そこで予は領民への慈愛から、世間の人々がそれぞれ能力を発揮し、正しい世に迎えるよう禅定に入ったのじゃ。するとこれまで悩み、おののき、口論し、確執に心も錯乱していた衆生諸々の害意を鎮め、寂静に安住するようになったのじゃ。
善男子よ、そのころの予の領国の五濁悪世は、このようにして予の大慈の三味によって消滅したのじゃ。
華厳五十五所絵巻 19 大光聖王 新・善財童子 求道の旅より

だが、予はこの大慈を旗印とする菩薩行の法門を知ってはいるが、そのほかの菩薩の三昧については語ることができぬ。行け。これから南の方にスティラー、すなわち安住といろへ行って尋ねてみよ。王城があり、そこに不動という優婆夷が住んでいる」
まだまた南へ。


20 不動優婆夷(アチャラー) 
王都スティラー(安住城)の父母の家において、「無敵の智の蔵」という菩薩の解脱門を得て、不可思議な奇蹟を示す(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

やがて王城に近づいた善財童子は、不動優婆夷はいずこにお住まいかと、道行く人に尋ねた。すると、「その信女ならば自分の家で両親と共に暮らし、人々に法を説いています」
という。教えられるまま不動優婆夷の屋敷に近づくと、善財童子の心は不思議と軽やかとなり、喜びが湧き上がってきた。屋敷の前に立つとあたり一面が光り輝いている。
善財童子はまだ幼な顔の残る不動優婆夷の美しさを称え、来訪のわけを伝えた。
「善男子よ、よくぞお出で下さいました。私は無敵の智慧蔵という菩薩の解脱門を得ております。
「善男子よ、遠い過去世において、かつてプラランババーフという世尊が世に出現されたとき、私は電授王の一人娘でした。ある夜城門が閉ざされ、楽の音も止み、両親も侍女たちも寝静まったとき、私は眠れぬまま、星空を眺めていました。すると天空に多くの神々や菩薩たちに囲まれたかのプラランババーフ世尊が、大きな光網を身にまとい、妙なる芳香を放ちながら中天に佇んでおられるのが見えたのです。
『娘よ、あなたは諸々の煩悩を除くための不屈の心、諸々の執着を離れるための不敗の心、深遠な法の真理を悟るのに畏縮せぬ心、邪悪な願いをいだく衆生の海に落ちても動じることなき心、あらゆる仏にまみえようと飽くことなく願う心、あらゆる如来の法輪を保持する心、そうした諸々の心を起こしなさい』と。そこで私はプラランババーフ世尊のもとで、一切智を求める心、それもどんな煩悩でも損なわれず、どんな鋭い刃でも傷つけられない金剛のような心を起こしました。
華厳五十五所絵巻 20 不動優婆夷 新・善財童子 求道の旅より

「善知識さま、無敵の智慧蔵という菩薩の解脱門とはどのようなものなのでしょうか。堅固なる誓いに支えられた菩薩の行門とは、また一切法の平等地の陀羅尼門、一切法の照明の弁才門、一切法を求めるに疲厭なき荘厳の三味門とは、どのようなものなのでしょうか」
「善知識さま、ぜひともそれを私にお見せ下さい」

そこで不動優婆夷はそのまま、坐ったままで禅定に入り、無敵の智慧蔵という菩薩の解脱門を初め、法の追求に疲厭なき荘厳の三味門ほか、幾百という三昧門を考察し、瞑想した。するとどうしたことか、善財童子に、十方の微塵に等しい世界が瑞兆を現わし、世界が清らかな瑠璃でできいるのが見えたのである。また各々の世界には、百億の四大州があり、 百億の如来がおられるのが見えた。ある如来は兜率天のすばらしい宮殿のなかにおられ、ある如来はまさに涅槃に入ろうとされているのが見えた。輪を転じておられるのであった。深い三味から覚めた不動優婆夷が、夢うつつか、半ば放心したかのように佇む善財童子に声を掛けた。
華厳五十五所絵巻 20 不動優婆夷 新・善財童子 求道の旅より

「善男子よ、私はこのように堅固なる誓いに支えられた菩薩の行門を学び、無敵の智慧蔵という菩薩の解脱門に安住して、あらゆる法の平等性、智の光明のすばらしさを説き、それによって衆生を満足させることができます。しかしながら金翅鳥王のように、悟りに近づきながらなお苦海に溺れる衆生を救うために海に潜ったり、日輪のように、衆生の煩悩の汚泥を乾かすために天空に昇られるといったような菩薩たちの功徳については語ることができません」
華厳五十五所絵巻 20 不動優婆夷 新・善財童子 求道の旅より

不動優婆夷に「ここより南にアミタトーサラ国というのがあって、そこのトーサラ、都薩羅城に遍行という遊行者が住んでおられます。この方は仏教徒ではありませんが、菩薩行とはいかなるものか教えてくれるでしょう」と教えられ、善財童子はトーサラに向かった。
また南へ。


21 遍行外道(遊行者サルヴァガーミン)
アミタ・トーサラ国のトーサラ(都薩羅)城の北のスラバ(善得)山の経 「あらゆる衆生に合わせる」という菩薩行によって、「あらゆる普門を観察する光明」という三味門を具え、すべての衆生の利益を図る(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

都薩羅城に着いて、真夜中近く、うっそうとした樹林を抜け、その山に近づいて行くと、まるで太陽が昇ってきたかと紛うほど照り輝いている。もしやと思って急ぎ崖をよじ登り、中腹までやって来た。そこにはまさしく、梵天王にもまさる威光で光り輝く遍行聖者がおられるではないか。聖者の周りには多くの神々が付き随っている。聖者はどうやら経行をされているようである。瞑想しながら反復を繰り返すという歩みを進めておられた。善財童子は邪魔しては失礼かと思いながらも、出会えたことの喜びのままに駆け寄った。 
華厳五十五所絵巻 21 遍行外道 新・善財童子 求道の旅より

「善男子よ、私はどんな人に対してもその人に合わせて法を説くという菩薩行を行って、世間のあらゆることを観察する三味門を成就し、無を依り所として業をつくらない神通力を具えることができました。
華厳五十五所絵巻 21 遍行外道 新・善財童子 求道の旅より

私はその観察に応じて、小乗であれ大乗であれ、み仏の教えを信じる衆生たちの利益のために、種々の智の方便を用いるのです。そのためには、私は世間的な技術を教えたりすることもありますし、施し与えること、慈愛の言をかけること、他者のためになる行いをすること、他者の立場に立って事を行うことといった、いわゆる四摂法を実践したりすることもあります。また菩提心の発露を賞め讃えたり、どのような形であれ、菩薩行といえるものはすべて賞讃したりします。あるいは地獄の苦しみがどんなものか、その経験を説き示したりすることもあります。私はそれぞれにふさわしい方便によって衆生たちの利益を図るのです。
華厳五十五所絵巻 21 遍行外道 新・善財童子 求道の旅より

善男子よ、このジャンブ州には六師外道といって、96にものぼる異教徒の宗団がありますが、種々の見解に執着した彼らのなかでも、私はそれぞれの見解に合わせて法を説き、彼らを成熟させるのです。いやこのようなことは単にジャンブ州のなかだけではありません。
四大州のすべてにおいても、さらに三千大千世界においても同じことで、種々の方便によってあらゆる衆生に利益をもたらすのです。
華厳五十五所絵巻 21 遍行外道 新・善財童子 求道の旅より

だが私にはそれ以上のことはできませんし、他の菩薩のことについては語ることはできません。行きなさい。ここより南の方にプリトラーシュトラ、すなわち広大という国があって、そこに優鉢羅花という長者がこうだい住んでおられます。その方に尋ねてみて下さい」 
善財童子は仏教徒以外の修行者でも立派な方がおられるものだと感心しながら、繰り返しお礼を述べ、聖者のもとを立ち去った。
やはり南へ。


22 優鉢羅花長者(香料商ウトパラブーティ)
プリト・ラーシュトラ(広大)国において、すべての香料のことを知り、すべての衆生を金色の華で飾る(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

善財童子は歩き続ける。善財童子は生への楽しみや執着に顧みることなく、ただひたすら衆生の浄化に、尊崇をいだく如来との出会いに、すべての菩薩の功徳にとのみ心を注いで、広大国へと歩を速め、優鉢羅花長者を探し求めた。長者はどんな香料にも通じている有名な商人であった。広大国に着き、やっとめぐり会えると、長者は侍者を控えさせ、大きな礼盤に坐っていた。善財童子はつかつかと進み寄り、教えを乞うた。
華厳五十五所絵巻 22 優鉢羅花長者 新・善財童子 求道の旅より

「善男子よ、しかし、儂は香料にまつわるものならともかく、それ以外の菩薩の功徳については語れるほどの知識はもちあわせていないのじゃ。 ここより南の方にあるクータガーラ、すなわち楼閣という名の都城に婆施羅という船師が住んでいる。その方を訪ねてみられてはいかがじゃろう」
同書は、経文には優鉢羅長者その人の描写は何もない。蓮華型の冠は画家の創意によるものであろうという。
華厳五十五所絵巻 22 優鉢羅花長者 新・善財童子 求道の旅より

善財童子は、さすがに高名な香料商だけあってよくご存知だ、とりわけ天界の香料の効能には思いも及ばなかったと感服し、香料の世界の奥義に触れた喜びを胸にいだきながら、また新たな旅に出た。
インドという国はよほど広大で、まだ南に国があるという。


      旅する善財童子 1-11





2025/10/28

旅する善財童子 1-11


超 国宝-祈りのかがやきー展」で一番印象に残ったのは華厳五十五所絵巻の善財童子。最前列に並んで見ている人たちの後方から拡大鏡でのぞいてもはっきりとは見えなかったけれど、淡彩で、しかも善財童子が可愛く描かれた絵巻物があることを今まで知らなかったとは。
善財童子については以前まとめたことがあるが、その時はこの絵巻物には出会っていなかった。

『超 国宝展-祈りのかがやきー展図録』(以下『超・国宝展図録』)は、富豪の家に生まれた純真無垢な善財童子が、文殊菩薩の指南により53人の善知識(高徳の人物) を順次歴訪し、最後に普賢菩薩のもとに至り菩薩道を極めたという、『華厳経』入法界品に説かれる求法説話を絵巻形式で描く。かつて全54図からなる一巻の絵巻として東大寺に伝来したが、現在は東大寺に37図が現存し、切断されて寺外に出た17図が諸家に分蔵されているという。

五十五所の10番目と11番目
『超 国宝展図録』は、各図の上部には、色紙形を区切った中に80巻本『華厳経』に基づいて、善知識の位階、参詣場所、善知識名のほか、中国・北宋の楊傑が著した『大方広仏華厳経入法界品讃』にもとづく賛文を墨書する。透明感のある淡い彩色と柔らかい淡墨線を用いた樹木や土坡の表現などが、鎌倉時代前期の南都で制作された経典絵巻に共通することから、制作時期は平安時代最末期から鎌倉時代初頭にかかる頃と考えられるという。
このように二つの図がすぐ隣に描かれていたり、一つの図に同じ人物が複数描かれ、異時同図になっていることもある。異時同図については後日
華厳五十五所絵巻 超 国宝展-祈りのかがやきー展図録より


図録には少ししか図版や解説がなかったのは残念だったが、『新・善財童子 求道の旅-華厳経入法品・華厳五十五所絵巻より-』(以下『新・善財童子』)という書物が2022年に出版されていた。以下の図版のほとんどと文は同書からの引用。


1 文殊師利(マンジュシュリー)
ダニヤーカラ大都城(福生城)の東、ヴィチトラ・サーラ・ドヴァジャ・ヴューハという林(荘厳幢娑羅林)において「法界の真理の光輝」という経を説く。善財童子に目をとめて、善知識歴訪の旅に旅立たせる(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

今を去る2500年の昔、中インドはコーサラ国の首都シュラーヴァスティー(舎衛城)の郊外にある大荘厳重閣に、シャカムニ世尊はおられた。この館はジェータ林中、祇園精舎の一角にあって、世尊は普賢菩薩や文殊師利菩薩をはじめとする五千人の菩薩たち、舍利弗や目連恵をはじめとする五百人の声聞たち、それに世間の諸王たちと一緒におられた。  
文殊師利菩薩は釈迦如来のもとを去り遊行のため南方へと向かった。各地を遍歴しながら、南の地にあるダニヤーカラという大都城にたどり着いた。
そのとき、スダナ、善財という名の長者の子が、他の長者の子に囲まれながらやって来て、やはり文殊師利の両足に頂礼し坐った。
ダニヤーカラは現アマラーヴァティ。
東大寺蔵華厳五十五所絵巻 1  文殊菩薩 超 国宝-祈りのかがやき-展図録より

文殊師利から直々にみ仏の功徳とその偉大さを聞いた善財童子は、文殊師利に嘆願した。「どうか私に解脱の門を開き、悟りへの乗物をお与え下さい」
「善男子よ、ここより南の方にラーマーヴァラーンタ、またの名は勝楽という国があり、そこの妙峰山に徳雲という名の比丘が住んでいる。その比丘のところへ行って尋ねるとよい。その善知識は汝にまったき普賢行を教示してくれよう」
華厳五十五所絵巻 1 文殊師利 新・善財童子 求道の旅より

『新・善財童子』は、文殊師利は南インド出身の実在の可能性のある人物。右手に利剣、左手に青蓮華をもつ文殊師利菩薩という。
華厳五十五所絵巻 1 文殊師利 新・善財童子 求道の旅より

『新・善財童子』は、善財童子はほかの長者の子らとともに合掌している。これ以後、善財童子は各段に条帛と天衣、裳をつけ、髪型は雙童髻(みずら)の童形で善知識と相対して描かれる。
また、善財(スダナ)をはじめ、「入法界品」に登場する少年たちは漢訳で「童子」と表記されたために、本書でも伝統的に従ったが、童子はまだあどけなさが残る幼い子供が連想され、現代語では違和感がある。経文中の善財は、他人の人生を気遣うもっと思慮のある少年として描かれている。
絵巻でも善財が最後まで童子の姿で描かれているのは、善財が悟りを開いて悩める人を救いたいという初志を忘れず、実年齢は重ねても少年の心のまま生き続ける、つまり『華厳経』に一貫してみられる心理的時間の世界を象徴しているためであろうという。
そんなことを知らない私は10歳未満の少年と思っていた。ま、アニメの登場人物はいつまで経っても同じ歳格好なのと一緒かな。善財くんと呼ぶことにしよう。
善財くんは紅白に染め分けた裳を履いている。
華厳五十五所絵巻 1 文殊師利 新・善財童子 求道の旅より

善財童子はこの文殊師利の言葉を聞いて大いに喜び、感謝の念で菩薩の周りを廻り、別れを惜しんだ。もはやこの善知識にまみえることはないやもしれぬと、顔に涙してそのもとを去った。
文殊師利から「衆生のために普賢の行を修めよ。德雲比丘に尋ねよ」と言われた善財くんは南へ行くことになった

地図で確認するのが好きな私は、善財くんの旅を辿ってみたいと思ったが、現在のインドの地名とも違っていて、シュラーヴァスティーとダニヤーカラしかわからなかった
ⓐコーサラ国の首都シュラーヴァスティー(舎衛城) ⓑダニヤーカラは現アマラーヴァティ
は文殊師利が遊行してきた行程だった。(『山川 ヒストリカ 流れ図で攻略 世界史図録』より)
マウリヤ朝期 前317年頃-前180年頃 の地図 山川 ヒストリカ 流れ図で攻略 世界史図録より 


2 德雲比丘(メーガシュリー Megha-śri) 
ラーマーヴァラーンタ(勝楽)国のスグリーヴァ(妙峰)山で「一切諸仏の境界を顕現させその集合する様を照らし出す普門の光明」という念仏門を得て、十方の多数の諸仏を真正面に見ることができる梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

文殊師利の教えに従って南に下った善財童子はやがて勝楽国に到着し、その国を遍歴して妙峰山にやって来た。 
童子はその山に登ると、徳雲比丘を探し求めて四方八方を歩き、七日後にしてようやくその姿を目にした。比丘は静かに瞑想しながら反復して歩を進めるという経行をされているようであった。
ⓑアマラーヴァティから妙峰山まで何日かかったかわからないが、山に入って七日もかかって德雲比丘に会えたという。
勝楽国(ラーマーヴァラーンタ)及び妙峰山は不明だが、この辺りは平野部で高い山はない。
華厳五十五所絵巻 2 德雲比丘 新・善財童子 求道の旅より

童子は比丘に近づき、その足下に跪いて合掌した。
赤い裳を履いた善財くんは裸足で旅をしている。
華厳五十五所絵巻 2 德雲比丘 新・善財童子 求道の旅より

一方、柄香炉を手にした德雲比丘は草履を履いている。
善男子よ、このように私はただ一切諸仏の境界を顕現させ、その集まれる様をあまねく見る諸仏憶念の光明という法門を会得しているだけです。どうして私に、無限の智が清浄なる菩薩たちの行を知り、その功を語ることができましょう。
絵巻ではこのように、善知識たちはそれぞれができることは伝えるが、全てを知っている訳ではないという。
華厳五十五所絵巻 2 德雲比丘 新・善財童子 求道の旅より

そして、次に訪問する場所と人物を告げるのだった。
行きなされ、善男子よ。まさにこの南の方角に、サーガラムカ、すなわち海門という名の国があり、そこに海雲という比丘が住んでおられ菩薩はいかにして菩薩行を学ぶべきか、いかにしてそれを修めるべきその比丘に尋ねられるとよい」
善財くんはまた南の方へ。


3 海雲比丘(サーガラメーガ Sāgaramegha 現在地不明) 
サーガラムカ(海門 Sāgara-mukha)地方において、「普き眼」という法門を得、その法門を受持する。(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

どのくらい歩みを進めたであろうか、ようやく海門国に到り、浜辺に坐っている海雲比丘に会った。
海門国(サーガラムカ)は Google Map では探し出せなかったが、「浜辺に坐っている」ので、海沿いのよう。

童子は合掌して早速尋ねた。
「聖者さま、私は無上の悟りを求めて発心し、ここまでやって参りました。どのようにして菩薩は生死輪廻の流転から逃れて、菩薩行の誓願輪に向かうことができるのでしょうか」
如来が大きく描かれ、海雲比丘は左下にいる。
華厳五十五所絵巻 3 海雲比丘 新・善財童子 求道の旅より

如来は右手を伸ばして私の頭をなでられ、普眼という名の法門を説き明かして下さった。
この如来は華厳宗なので東大寺の大仏(平家の焼き討ちで鎌倉時代初期に補鋳。更に戦国時代にも焼き討ちに遭い現在の頭部は江戸期)と同じ毘盧遮那如来なのだろう。
大海から現れて開花した蓮華の雰囲気がよく出ている。
華厳五十五所絵巻 3 海雲比丘 新・善財童子 求道の旅より

海雲比丘は朱色の衣に臂釧(腕輪)をつけいてるという。
私はこの地で12年間もこの大海を見つめてきましたのじゃ。大海は果てしなく広く、深く、汚れなく澄み切っており、その底の深さは量り知れないものじゃ。この世にこんなすばらしい海は決してほかにはあるまいと、そんなことを私が考えていると、突如として大海のなかから大きな蓮華が現われましたのじゃ。
するとなんとしたことか。如来は右手を伸ばして私の頭をなでられ、普眼という名の法門を説き明かして下さった。
赤い裳を履いた善財くんは後ろ姿で描かれる。
華厳五十五所絵巻 3 海雲比丘 新・善財童子 求道の旅より

私は実にこのようにして普眼の法門を学び、深め、体系を立てもうした。だが私はこの普眼の法門を知っているだけなのじゃ。この地より百里ばかり南のところにサーガラティーラ、すなわち楞伽という、海岸の国があって、善住という名の比丘が住んでおられる。その方のもとを訪れて尋ねてみられるとよかろう。
「里」という距離の単位は国によって異なるので、実際の距離は不明。


4 善住比丘(スプラティシュティタ) 
ランカー島への途上にあるサーガラ・ティーラ(海岸国)において、「無礙の門」という菩薩の解脱を得、「無優の究極」という智の光明を獲得し、十方を普く疾走する(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

善財童子は海雲比丘から教えられた普眼の法門を心にとどめ、如来の神変の不可思議に想いをめぐらしながら楞伽海岸国までやって来た。
善住比丘はいずこにおわすや。ふと空を見上げると、善住比丘が多くの神々に囲まれ、天穹を散策しておられるではないか。
善財童子は大いに喜びながら、合掌して善住比丘に頂礼し呼び掛けた。
サーガラティーラも楞伽海岸国も不明。
華厳五十五所絵巻 4 善住比丘 新・善財童子 求道の旅より

私は聖者たるあなたが、菩薩たちの守るべき教誠を与えて下さるとお聞きしました。菩薩は仏法をどのようにして修めればよいのか、どのようにして智に通達すればよいのか、どうぞ私にお教え下さい。
善財くんの希望に満ちた横顔。薄い赤の裳を着けている。
華厳五十五所絵巻 4 善住比丘 新・善財童子 求道の旅より

神々たちは天上の華を散らし、天上の楽器を奏でながら比丘を供養されている。
私は無礙の法門という菩薩の解説を会得している。私はこれに没頭し、探求し、分析し、熟慮し、眼前に現わし出すことによって、無礙の究極という名の智の光明を得たのである。だが私は他の菩薩たちの行や功徳についてはよく知らないのだ。
リボンのついた花や楽器も飛来してきた。
華厳五十五所絵巻 4 善住比丘 新・善財童子 求道の旅より

この南の方に、ヴァジュラプラ、またの名を自在城という町があって、そこに弥伽という名のドラヴィダ人が住んでいる。その人に尋ねるがよい。いかにして菩薩行を学ぶべきか。 いかにして修めるべきかを」
善財くんは更に南へ。


5 弥伽長者(ドラヴィダ人メーガ) 
ヴァジュラブラ(自在城)というドラヴィダ人の町において「弁才陀羅尼の光明」を得、あらゆる言語に通暁する(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

無礙の法門という智の光明のすばらしさを想い起こしながら南へと急ぎ、自在城というドラヴィダ人の町に入って行った。すると大勢の人だかりがしている。人垣をかき分け前に進むと、弥伽長者が立派な獅子座に坐って、人々に転字輪荘厳という法門を説いていた。弥伽長者は世に聞こえた医者でもあった。
ヴァジュラプラも自在城も不明。 
これまで獅子座はインド・中国といろいろみてきたが、それらとは全く異なり、低い台の格狭間に獅子が透彫されている。
華厳五十五所絵巻 5 弥伽長者 新・善財童子 求道の旅より

善財くんは早速合掌して尋ねた。
「聖者さま、私は無上の悟りを求めて発心致しました。しかし、どのようにして菩薩行を学べばよいのか、よくわかっておりません」
どうしたことか。不思議にも長者の顔から光明が流れ出し、その輝きに照らし出されたあらゆる衆生が、身心ともにさわやかとなり、歓喜で満たされた。人々は弥伽長者の転字輪荘厳という法門にひたり、無上の悟りに向かうことに、いまや不退転の決意をいだくのであった。
「善男子よ、私はこのようにあらゆる言葉に精通できる妙音陀羅尼の法力を会得しているが、それでもあらゆる世の衆生の種々雑多な語句や所説や呼称や叙述の海に入っている菩薩たちの行やあらゆる衆生の音声の領域に踏み込み、車輪のごとく文字を転回させ分類することに通達している菩薩たちの行については知らないのだ。
善財くんに語りかける妙なる声が線で表され、赤い裳を着た善財くんはその声に静かに聴き入っている。
華厳五十五所絵巻 5 弥伽長者 新・善財童子 求道の旅より

ここから南のヴァナヴァーシン、すなわち住林という地に解脱という名の長者が住んでいる。いかにして菩薩は菩薩行に専念すべきか、いかにして熟達し、いかにして瞑想すべきか、尋ねてみられるとよい」
善財くんはやっぱり南へ。


6 解脱長者(ムクタカ)
ヴァナ・ヴァーシン(住林)国において「無礙の荘厳」という如来の解説を得、十方の諸仏世尊を見ることができる(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

善財童子は弥伽長者の得た妙音陀羅尼の光明の法力に想いを致し、菩薩の言葉の方便の海を洞察しながら南へ南へと旅をした。苦節12年、ようやく住林の地に到り、早速解脱長者を探し求めると、静かな林のなかに一宇の邸宅があって、長者はそこで瞑想に耽っておられた。
善財くんは12年も旅を続けても少年の姿で、やっと次の善知識に巡り会うことができた。インドは広いが十数年も南へ歩を進めるほどのものなのか。
華厳五十五所絵巻 6 解脱長者 新・善財童子 求道の旅より

善財童子は長者に向かってひたと平伏し、ついで合掌して尋ねた。
「謙虚な心で善行を目指してここまでやって参りました。聖者は菩薩に方便を説き、法門を開き、疑念を取り除き、心を輪廻から、あるいは地獄から引き戻し、大悲心に安住させると聞きました。どうか私にお教え下さい。どのようにして菩薩行を学び修めるべきかを」
善財くんの横顔は女の子のようでもある。履いている裙は裾周りに花文がある。
華厳五十五所絵巻 6 解脱長者 新・善財童子 求道の旅より

我はこのように無礙荘厳という如来の解脱門のことは会得しているが、無礙の心を有する菩薩たちの行についてはよく知らないのだ。
善財くんの衣装だけでなく、解脱長者の居室の装飾品が丁寧に描かれている。長者が脇息にもたれて坐る敷物には花文、その縁には赤い菱文繋ぎ。後方には襖だろうか、雲文のようなものが描かれている。御簾にも赤い線があって豊かな暮らしをしていることが垣間見える。
華厳五十五所絵巻 6 解脱長者 新・善財童子 求道の旅より

ここより南の方、ジャンプ州の果てにミラスパラナ、すなわち魔利伽羅という国があり、そこに海幢比丘が住んでおられる。いかにして菩薩行を学べばよいか尋ねられるとよい」
ジャンプ州は不明。またしても南へ。


7 海幢比丘(サーラドヴァジャ)
ジャンブ州の先端にあるミラスパラナ(閻浮提遍無垢住処)で「普門清浄の荘厳」という三味を得、体中から不可思議な神変を現じる。(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より) 

善財童子は解脱長者の訓誠に想いを致しながら南へと旅し、やっと魔利伽羅国に到着した。
とある僧院の歩廊の端で、礼盤のうえに結跏して坐っておられた。善財童子は声をかけることもできず、そのまま前に坐り、海幢比丘が気づくのをただじっと待った。
見つめていると、不思議にも比丘のすべての毛孔(もうく)から菩薩の様々な神変が現われた。その後体の様々なところから神変が現れて、それぞれに様々な姿や形を取りながら法界に遍満して行くのであった。そのすべてを善財童子は見たのである。 
善財童子は、こうして次から次へと起こる神変に深く感じ入りながら、丘の面前で一昼夜を過ごし、ついに六ヵ月と六昼夜を過ごした。そのとき、ようやく海幢比丘はこの深い禅定から出定したのである。
善財くんはここで半年以上を過ごした。
華厳五十五所絵巻 7 海幢比丘 新・善財童子 求道の旅より

善財童子は海幢比丘にお会いしたことで心は歓喜に溢れた。
「聖者さま、なんとすばらしいことでしょう。聖者の禅定は深遠であり、広大であり、かくも不可思議な神変をもち、あらゆる衆生の苦を鎮めるに現前し、神と人間の喜びや幸福を産み出すために現前し、菩薩の智の光明を獲得して菩薩の誓願を成就するために現前しておられます。聖者さま、このような禅定はなんとお呼びする三味なのでしょうか」
善財くんはまた赤い裳になっている。
華厳五十五所絵巻 7 海幢比丘 新・善財童子 求道の旅より

「善男子よ、これは普門清浄の荘厳という名の三味でな、普眼の平等心を得る般若波羅蜜の光明によって生じるのじゃ。儂はこの三昧をよく修得したので、この三昧に止まらず、次々と無数の三昧を現前させることができるのじゃ」
海幢比丘の体各所の毛孔(もうく)から現れた神変が描かれている。
華厳五十五所絵巻 7 海幢比丘 新・善財童子 求道の旅より

しかし、儂は般若波羅蜜の境地の海に入った菩薩たち、大地が育む甘美な音声をもって、あらゆる世の衆生に帰依されている菩薩たちの行については知らないし、彼らの功徳を語ることもできぬのじゃ」
ここより南の方にサムドラヴェーターディ、すなわち海潮と呼ばれる国があって、そこの普荘厳園林にスプラバ王の夫人で、休捨という名の優婆夷が住んでおられる。優婆夷とは在俗の信女のことじゃが、その女性を訪ねて、いかにして菩薩行を学ぶのか、いかにして専念するのか尋ねなさるとよい」
まだ南方があった。


8 休捨優婆夷(アーシャー)
サムドラ・ヴェーターディー(海潮)地方のマハーブラバ(円満光)城の東、サマンタ・ヴューハ(普荘厳)園林において「憂いなき平安の旗印」という菩薩の解脱を得、常に十方の諸仏にまみえる(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より) 

目的地の普荘厳園林に着くと、美しい木々が林をなし、花々からはかぐわしい匂がただよい、そよ風に揺られ花粉が舞い降りていた。園林のなかを進むと立派な宮殿が軒を連ねている。
ふと見上げると、これまでに見たものよりさらにすばらしい大きな宮殿が現われた。近づくと大きな部屋があって、頭に真珠の冠をはめ、美しい衣裳で身を包んだ休捨優婆夷が黄金宝座に坐っていた。彼女は光り輝いていた。側には眉目麗しい侍女たちがかしずいている。実は休捨にまみえたいと舞い降りてきた天女であった。
如来も屋根の上にいる。
華厳五十五所絵巻 8 休捨優婆夷 新・善財童子 求道の旅より

濃い赤と薄い赤の裳を履いた善財童子は休捨に合掌して尋ねた。
「実はこの宝座には、十方から如来たちが来られ、私に法をお説きになられます。ですから私はつねに如来とまみえ、菩薩に出会うことができるのです。
華厳五十五所絵巻 8 休捨優婆夷 新・善財童子 求道の旅より

善男子よ、過去世のことを憶念しますに、まず燃燈仏という如来がおられ、私はその如来のもとで禁欲の修行を致しました。
次々に如来たちが出現され、私はそれぞれにお仕えし、供養しました。一体どれだけの如来にお仕えしたかはわからないぐらいです。ことほどさように、悟りを求める菩薩の数も無量であり、しかもその菩薩一人ひとりが様々な修行を励み、功徳を積んでおられます。
如来は来迎雲に乗ってきた。
華厳五十五所絵巻 8 休捨優婆夷 新・善財童子 求道の旅より

善男子よ、菩薩たるものは、これら無量無数の菩薩行の方便の門を得しなければなりません。私は次のような誓願を立てています。無上悟りを得たいという私の願いは、欲界の浄化が成就して初めて、あるは、すべての衆生の煩悩が尽きて初めて成就されるべしと。
善男子よ、私はこのように、離憂安穏幢印という菩薩の解脱を会得ておりますが、ただそれだけなのです。
休捨優婆夷の坐る黄金宝座は見えない。
華厳五十五所絵巻 8 休捨優婆夷 新・善財童子 求道の旅より

ここより南にナーラユス、那羅素という国があり、そこに目瞿沙という仙人が住んでいられます。その方があなたに菩薩行についてお教え下さるでしょう。
やっぱり南へ。


9 昆目覆沙仙人(ピーシュモーッタラ・ニルゴーシャ) 
サムドラ・ヴェーターディーのナーラユス(那羅素)国において「無敵の旗印」という菩薩の解脱を得、十方諸仏の足下に住する(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

さて、那羅素国に到着した。毘目瞿沙仙人はどこかと探し求めると、仙人はとある苦行者の森に滞在しておられた。
大きな樹の下で、結髪を頭上に載せ、毛皮とダルバ草の上衣と樹皮の下衣に身を包んだ一人の老人が草の敷物に坐っていた。それが毘目瞿沙仙人であった。善財童子はみずからの体を投げ、五体投地の礼をした。
「儂は無壊幢という菩薩の法門を体得しているだけなのじゃ」 
「聖者さま、その無壊幢という法門の境界とはどんなものなのでしょうか」
華厳五十五所絵巻 9 目覆沙仙人 新・善財童子 求道の旅より

栴檀の大樹のもとで仙人に囲まれた毘目瞿沙仙人が善財童子の右手を執ると、たちまち浄らかに荘厳された仏国土が見えてきた。
よく見るとその足下には、なんと自分が如来の説法の一語一語を聞き漏らすまいとうずくまっているではないか。その姿からすると、如来の種々の信解の力に浄められた誓願の海に悟入しているようである。そのうちに衆生のそれぞれの願いを満足させようとされている諸仏の姿が見えてきた。その諸仏は光網に輝き、浄らかな荘厳の輪に飾られていた。自分はと見ると、無礙の智の光明に随って、諸仏の威神力に悟入しているのであった。 
これまで善知識に触れられることのなかった善財くんだが、ここで初めて手を執られると、如来に蹲る自分が見えてきた。

こうして善財童子は、ある如来の足下に一昼夜、またある如来の足下には七昼夜、またある如来の足下には一ヵ月、あるいは一ヵ年、あるいは百年、あるいは何万年、あるいは何億光年でも及ばぬ微塵数に等しい劫の間いるのを自覚した。そのとき、善財童子は無壊幢という菩薩の法門の智に照らされ、ビルシャナ蔵という三昧の光明を体得したのであった。それだけではない。金剛輪という陀羅尼門に心を照らされ、みごとに飾られた智の楼閣という三味を体得し、仏虚空蔵輪という三昧の光明、三世の智の宝石輪という三昧の光明を体得したのであった。
善財くんはこれまでは善知識たちの話を聴くだけだったが、ここでは毘目瞿沙仙人に手を執られて様々な三昧を体得することができた。
華厳五十五所絵巻 9 昆目覆沙仙人 新・善財童子 求道の旅より

ここより南にイーシャーナ、伊沙那という国がある。そこに勝熱という婆羅門が住んでおる。菩薩行をいかにして学び修めればよいか、尋ねられるとよかろう。
善財童子は毘目瞿沙仙人の説かれた無壊幢という菩薩の法門の智に照らされ、不可思議なみ仏の神変、不可思議な菩薩の解脱に思いを寄せながら、ふたたび南へと旅に出た。
まだまだ南へ行くのだった。

10 勝熱婆羅門(ジャヨーシュマーヤタナ)
イーシャーナ(伊沙那)国において「無尽の輪」という菩薩の解脱を得、金剛焰三味の光明によって呼び集めた神々などに教えを説く(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より) 

伊沙那国に到着し、勝熱婆羅門はと探すと、大山の断崖絶壁を背に激しい苦行をされているではないか。その絶壁の険しいこと、刀の刃を一面に突き刺したような形をなし、婆羅門の四囲には火焰が山ほど高く燃え上っていた。
善財童子は渾身の力をふり絞って険しい山をよじ登り、婆羅門に近づき、合掌した。
「善男子よ、この剣の山に登り、この火の海に身を投げられよ。さすればお前の菩薩行は即座に浄められるであろう」と言われた。
東大寺蔵華厳五十五所絵巻 10 勝熱婆羅門・11慈行童女 超 国宝-祈りのかがやき-展図録より

「聖者さま、私は無上の悟りとは何かを求めて発心致しております。どうか私に、どのようにして菩薩は菩薩行を学ぶべきか、どのようにしてそれを修めるべきか、お教え下さい」
華厳五十五所絵巻 10 勝熱婆羅門 新・善財童子 求道の旅より

善財童子が迷っていると天空から何やら声が聞こえてきた。梵天たちだ。この聖者は金剛焰三昧の光明を獲得し、一切の世の衆生から欲望を取り去るために出現し、一切の煩悩と業の薪を焼き尽くすために立ち上がり、一切の法の光を放つために精進努力しているのである。
今度は他化自在天の声が響いてきた。やはり勝熱婆羅門の功徳を説くのであった。さらには化楽天が、続いて兜率天がやって来て婆羅門に供養し、善財童子に彼の法力を説くのであった。こうして他の諸天たちも次々とやって来て、婆羅門を讃美する。善財童子はすっかり満足し、喜びの心が沸き上がってきた。
鋭い岩峰と燃え盛る炎。その右うえの雲間から梵天たちの姿が見えている。
華厳五十五所絵巻 10 勝熱婆羅門 新・善財童子 求道の旅より

天上から婆羅門の功徳を説く梵天たちの声を聞き、善財童子は疑念を捨てて火の海へ飛び込む。
婆羅門は童子を見て、歌うように、「教えられた通り、ひとえに心を傾け、師の言葉を疑わない菩薩には、すべての吉祥なる事柄が成就される。そうしてめでたく仏智を悟る」と話し掛けた。
善財童子は断崖絶壁に向かって険しい山道を登り、山頂に着くと、えいとばかりに火の海に身を投げた。すると不思議に快感を味わった。このとき善財童子は、地に着くまでに善住という菩薩の三昧を、さらに火焰に触れるや寂静楽の神通という三昧を獲得していたのである。
善財くんは火の海に身を投げて、善住という菩薩の三昧と寂静楽の神通という三昧を獲得した。
華厳五十五所絵巻 10 勝熱婆羅門 新・善財童子 求道の旅より

「善男子よ、私は無尽の輪という菩薩の解脱を会得している。しかし、すべての人々の煩悩と邪見とを焼き尽くそうと、不退転の旗印を掲げ、不退転の鎧冑を身にまとう菩薩たちの行についてはよく知らないのだ。この南にシンハヴィジュリンビタ、すなわち師子奮迅という名の都城があって、そこに慈行という王女がいる。彼女のところに行って尋ねるとよい」
まだまだ南へ

11 慈行童女(マイトラーヤニー)
シンハ・ヴィジュリンビタ(師子奮迅)城のシンハ・ケートゥ王の毘盧遮那蔵宮殿の屋上において、「普き荘厳」という般若波羅蜜門の転回を得、普門陀羅尼などを知る(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

善知識に対しては不断に随順すべきことの思いを深くしながら旅を続け、師子奮迅城にやって来た。王の娘の慈行童女はいずこにと、宮門の前で尋ねると、宮殿内で多くの侍女たちにかしずかれ、教えを説かれているという。
華厳五十五所絵巻 11 慈行童女 新・善財童子 求道の旅より

善財童子は多くの人々が門をくぐって入って行くのを見てそれに続いた。すると水晶を敷きつめた地面に立派な宮殿が建っている。ビルシャナ蔵宮殿という名だそうである。
華厳五十五所絵巻 11 慈行童女 新・善財童子 求道の旅より

おや、善財くん、珍しく建物に上がり込んでますね。
童女は、「この宮殿をよく御覧なさい」という。童子は改めて宮殿の柱、壁、円鏡、摩尼宝石の一つひとつにじっと目を据えた。するとそれぞれに悟りを開こうと菩提心を起こし、菩薩の誓願を立て、正等覚の神変を現じ、法輪を転じ、涅槃を示しておられる如来たちが映っていた。それはたとえば、透明で波の立っていない湖面に、月や星座がちりばめられた天空が映っているようなものであった。
善財童子はみ仏の顕現の不可思議に心をとどめ、合掌して慈行童女を見つめた。
「この宮殿をよく御覧なさい」と言われたからですね。
華厳五十五所絵巻 11 慈行童女 新・善財童子 求道の旅より


「善男子よ、私は普荘厳という般若波羅蜜の法門を究めたいと、実に多くの如来方に求めてきました。私がこの法門のことを深く考え、思索し、追求し、整理し、体系づけたとき、普門という名の陀羅尼が生じ、その陀羅尼の輪のなかで、幾百千もの法門が回りはじめ、集まり、現前し、ゆるぎないものとなったのです。
しかしながら、闇のないすべての法界を見通し、すべての法の意味と言葉に通暁し、世間の人々に圧倒されることなく、すべての世の衆生にかなった法を説く、そのような菩薩の功徳を私にはとうてい語ることはできません。この同じ南の地方にトリナヤナ、すなわち三目という名の国があり、そこに善見比丘という方が住んでおられます。その方にお尋ねなさい。菩薩行をどのようにして修めればよいかを」
同じ南の地方の国へ。




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参考サイト

参考文献
「新・善財童子 求道の旅-華厳経入法品・華厳五十五所絵巻より-」 森本公誠 2023年 朝日新聞社
「超 国宝-祈りのかがやきー展図録」 奈良国立博物館編集 2025年 奈良国立博物館・朝日新聞社・NHK奈良放送局・NHKエンタープライズ近畿図録