ホシガラスが埋めて食べ忘れた種のように、バラバラに芽を出した記事が、枝分かれして他の記事と関連づけられることが多くなった。 これから先も枝葉を出して、それを別の種から出た茎と交叉させ、複雑な唐草に育てて行きたい。
2020/01/28
エルコラーノ アウグストゥス崇拝殿
㉔アウグストゥス崇拝殿(Collegio degli Augstali)
説明パネル
ユリウス・カエサルとアウグストゥスを神格化し、2人の像を安置した崇拝殿。
入るとまず明るい方に目が向く。やはり㉛サムニテスの家のように、上の壁四面に装飾的な柵を埋め込んである。しかも木材で。
『THE EXCAVATIONS OF HERCLANEUM』(以下『HERCLANEUM』)は、レンガ積みの間に凝灰岩のオプス・レティコラトゥム(網目積み)を嵌め込んだ壁と、コッチョペーストの床の矩形の建物である。テラスはコッチョペーストの厚い層で、4本の太い円柱で支えられているという。
コッチョペーストは、レンガを骨材にしたモルタルのこと。
その奥が礼拝堂で一面に第4様式のフレスコ画が描かれている。
左側中央には、オリンポスへ入るヘラクレスが描かれているという。
右の壁中央には、左からヘラクレス、アキレス、ディアネイラ
この部屋の床は大理石を敷き詰めたオプス・セクティレ
さまざまな色や模様のある大理石をそれぞれの形に切って幾何学文様に仕上げている。
右側には板に加工した梁が並んでいる。
別の部屋
エルコラーノ ネプチューンとアンフィトリテの家←
関連項目
エルコラーノ2
エルコラーノ サムニテスの家
エルコラーノ 板仕切りの家
参考文献
「THE EXCAVATIONS OF HERCLANEUM」 Mario Pagano 2017年 Edezione Flavius
2020/01/21
エルコラーノ ネプチューンとアンフィトリテの家
㉙ネプチューンとアンフィトリテの家(Casa di Nettuno e Anfitrite)
『THE EXCAVATIONS OF HERCLANEUM』(以下『HERCLANEUM』)は、アウグストゥスの時代にオプス・レティコラトゥムで建設されたという。
オプス・レティコラトゥムはよく見かける石材を網目積みした壁のことである。
邸宅の現状と想像復元図(説明パネルより)
入ったところの2階の通路の炭化した柵と窓側に残る壁画。柵の上を縦に通過する壁面がどういう構造なのかよく分からない
第4様式の壁画
それは邸宅に増築された食料品店だった。木製の間仕切りと上階の柵などが炭化して残っている。間仕切りの上の部分は斜め格子の細い組子だったのかな。
下階に残る貯蔵用大甕やアンフォラ。
住居へ進むと大理石の雨水だめのあるアトリウムがあるが、皆素通りしていく。
『HERCLANEUM』は、列柱廊や庭園もない、小さめの家である。アトリウムの向こうは小さな応接間という。
人の往来する空間が、当時の主人の応接間だった。
一番奥は、優美なモザイクで装飾されたトリクリニウム-ニンファエウム(ダイニングルーム兼泉水堂)で、前のコの字形のところに3名が寝そべって食事をした。

壁面の両側の壁には庭園が描かれているという。
前に低い柵が巡り、そのところどころを半円状に凹ませ、捻れた柱の上に植木鉢を置いている。その奥には多彩な植物が茂り、小鳥たちの楽園となっている。
草木の緑色がかなり変色しているので、背景がこのような柿色ではなかった可能性もあるが、オプロンティスのポッパエア荘(第4様式)の背景も柿色だった。
庭園画の間には、貝殻で縁取りされた、ネプチューンとアンフィトリテの立像の祀堂がモザイクで表されている。
一番上の文様帯は、頁岩の鱗屋根のよう。その中の文様はツバメ?
その下の扇形のモティーフは、色の異なるテッセラを使い、立体的に表現している。
これが家の名称になったネプチューンとアンフィトリテ。隈取りを効果的に用い、立体的に見える。
このような立体感のある表現は、キリスト教時代に入ると否定され、平板な絵画となっていく。古代の絵画表現がルネサンスまで受け継がれたのではない。
ついでに細部の画像
扇の先から出る装飾まで細かく表されている。
波文は舗床モザイクの縁飾りによく使われてきた。
両脇の付け柱の柱礎にアカンサスの葉。扇形を支える植物文様にはロゼッタ文のモティーフが配置されている。
側面はニンファエムで、中央のアーチ状壁龕には土台が残り、両側に角形壁龕がある。
葉綱にはクジャクがのっている。リボンの表現もみごと。
右側にも葉綱にクジャクが乗り、葉綱を留めたところから垂れるリボンの下には犬に追いつかれて振り返るシカのような草食獣。
各壁龕の間には葡萄の蔓の文様
葡萄の蔦
半円状壁龕の中にもモザイク装飾が残っているようだが、確認できるのは緑の帯だけ。
邸宅というほどでもない家にしては、このモザイクのトリクリニウム-ニンファエムは確かに豪華過ぎる。
エルコラーノ サムニテスの家← →エルコラーノ アウグストゥス崇拝殿
関連項目
エルコラーノ2
エルコラーノ1
エルコラーノ 板仕切りの家
ポンペイ14 庭園画は第3、第4様式
参考文献
「THE EXCAVATIONS OF HERCLANEUM」 Mario Pagano 2017年 Edezione Flavius
「完全復元2000年前の古代都市 ポンペイ」(サルバトーレ・チロ・ナッポ 1999年 ニュートンプレス)
2020/01/14
エルコラーノ サムニテスの家
㉛サムニテスの家(Casa Sannitica)はデクマノ・インフェリオーレとカルドⅣの交差点にある。
カルドⅣの入口から入ると鱗形の舗床モザイク、
そして、狭い通路の両側に第1様式の壁画が出迎えてくれた。
『THE EXCAVATIONS OF HERCLANEUM』(以下『HERCLANEUM』)はエルコラーノでも最古級の家屋であるという。
思わぬところで、しかも間近に第1様式の壁面装飾を見ることができた。
第1様式について『完全復元2000年前の古代都市ポンペイ』(以下『完全復元ポンペイ』)は、浮彫装飾によって、同じ大きさの切石を積んだ真積みの壁にみせかけている。いちばん下には高さのある黒い腰板、その上に白い石板、彩色した切石の粗面積み3段、平らなフリーズがえがかれ、いちばん上にはスタッコの立体的なコーニスがあるという。
『完全復元ポンペイ』は、第1様式は「化粧張り様式」または「構造的様式」ともよばれ、ポンペイに残る装飾の年代(前200-80)からみて、最も古い様式である。スタッコ(化粧しっくい)を用い、コーニス、片蓋柱、ルスティカ、円柱といった建築要素を模倣し、大理石風に装飾するという。
ここでは斑な石の表現もある。
入口側を振り返ると、上にコーニス(水平の出っ張り)、開口部両側に角柱の付け柱、その柱頭には2段の平らなアカンサスの葉のコリント式。両者の間にはかすかに細い綱や柱が認められる。ここは第4様式のフレスコ画のよう。
最初の部屋はアトリウム。雨水だめよりも前方の光の入る列柱が、今までにない特徴。
壁面は黒を背景とした第4様式のフレスコ画。
真上には板仕切りのある家のように、
トレリスは木製のようだけど、何のために?
壁面も同じように列柱とトレリスになっている。
天窓に樋口が並んでいる。板仕切りのある家と同じく犬のよう。
入口側
『HERCLANEUM』は、低い格子の柵と組み合わされたイオニア式の付け柱で、列柱廊のように見せかけている。
右側の壁
これは白い漆喰で造られて、第1様式のオリジナルであるという。
『HERCLANEUM』は、食堂は、コッチョペーストに白いテッセラでメアンダー文(卍繋ぎ文)を四角形の縁の帯文様、中央の主文様がロゼッタ文(開花文)となっている。その四隅にはイルカに挟まれたパルメット文の床面という。
菱形は中央のロゼッタ文だけでなく、卍繋ぎ文の外側にもある。
壁面には第4様式のフレスコ画というが、
色の違いくらいにしかわからない。
当時の子供の落書きも
これが第4様式だろうか。
この壁面はすべて同じ色
小さな絵は第3様式。右端にも落書きが。
庭園は、後の時代に2軒の邸宅の建物が建てられて失われたという。
エルコラーノ 板仕切りの家← →エルコラーノ ネプチューンとアンフィトリテの家
関連項目
エルコラーノ アウグストゥス崇拝殿
ポンペイの壁画第1様式
参考文献
「THE EXCAVATIONS OF HERCLANEUM」 Mario Pagano 2017年 Edezione Flavius
「完全復元2000年前の古代都市 ポンペイ」(サルバトーレ・チロ・ナッポ 1999年 ニュートンプレス)
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