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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2026/05/19

古代ギリシアの円形劇場


アイザノイの円形劇場はギリシア時代の劇場のように観客席は斜面を利用して造られている。何故もっと先まで行ってオルケストラを見下ろさなかったのだろう。

幸い説明パネルに航空写真があった。オルケストラはほぼ円形のようで、観客席は180°以上になっている。 


『イラスト資料 世界の建築』の円形劇場の配置と構造は、ギリシア時代の代表的円形劇場は、演奏場あるいは舞踏場は唱歌隊と踊り手の専用であった。観覧席の境界内はだいたい2/3円であった。舞堂すなわちスケネは俳優の支度部屋となり演奏場の上にたいへん高くなっていたという。
アイザノイの円形劇場は2/3円よりも角度が小さいけれど・・・
❶テアトロン(観客席) ❷ディアゾマ(通路) ❸オルケストラ(演奏場) ❹スケネ(ギリシア時代は支度部屋、ローマ時代は舞堂)
ギリシア時代の代表的な円形劇場 配置と構造 イラスト資料 世界の建築より

ローマ時代の円形劇場(南仏オランンジュ)について同書は、演奏場は半円形の大きさに縮小し唱歌隊の使用を廃して貴賓席となり、現代劇場の特別席に相当した。踊るためには使用されなかった。その結果、舞堂はますます重要となり、観覧者の注意はここに集中したという。
❶テアトロン(観客席) ❷ディアゾマ(通路) ❸オルケストラ(演奏場) ❹スケネ(ギリシア時代は支度部屋、ローマ時代は舞堂)

ローマ時代のオランンジュの円形劇場 配置と構造 イラスト資料 世界の建築より


アイザノイの円形劇場平面図 現地説明パネルより
❶テアトロン(観客席) ❷ディアゾマ(通路) ❸オルケストラ(演奏場) ❹スケネ(支度部屋)
ギリシア時代の代表的円形劇場と比較してみると、❸オルケストラは円形でなくなっているが、❶テアトロンは半円以上ある。ローマ時代になると半円になるので、その中間のアイザノイの円形劇場は、古代ギリシア時代に造られたものを、ローマ時代になっても改修しながら使っていたのかも。あるいは、ギリシアの円形劇場からローマの円形劇場への過渡期とか。


❹スケネが残っている円形劇場は少ないが、アイザノイでは部分的に黒っぽい石積みが残っている。

スケネ立面図 説明パネルより
半円アーチが使われているので、それが創建時のものならローマ時代やね。


わずかだが、私が見学したギリシアの円形劇場を時代順に並べてみると、

アテネ ディオニュソス劇場 創建前5世紀末、最終改築後1世紀? 
『世界歴史の旅ギリシア』は、アテネのディオニュソス信仰は、僭主ペイシストラトスの時代にボイオティアとの国境に位置するエレウテライから勧請されたもの。前5世紀には、木造の観客席を備えた本格的な劇場として、アイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデスらの悲劇、アリストファネスらの喜劇などが上演された。劇場はリュクルゴスによって前330年頃に大理石で改修され、さらに後1世紀のローマ皇帝ネロの時代に改築されたという。 
古代ギリシアの観覧席が木造だったとは。



❶テアトロン(観客席) ❷ディアゾマ(通路) ❸オルケストラ(演奏場) ❹スケネ(支度部屋)説明パネルより

各時代に改築あるいは補修された擁壁 説明パネルより

❸オルケストラ全景
四角形の石を敷き詰めたものが古代ギリシアのもので、その中、もっと小さな石を並べた菱形部分があるのがローマ時代のものだろう菱形は珍しいのでは。

前から見たオルケストラ(合唱隊が演技や歌を披露する場所)



❶テアトロン
いつものように強引なパノラマ合成

当時右上方では復元作業中だった。これは劇場の最上部には、トラシュロス合唱隊記念碑の土台の跡があるというものかな。

テアトロンとオルケストラの間には広い通路。

オルケストラに近いところには背もたれのある貴賓席。



平面図と復元(説明パネルより、一部欠けてしまった)
現在、舞台の部分に残っているのは3世紀のファイドロスの演壇で、その前面にはディオニュソスの生涯が浮彫りにされているという。


ファイドロスの演壇 後2世紀 ローマ帝国時代
『South Slope of the Acropolis』は、後5世紀初め、第一執政官ファイドロスは演壇に改修した。2世紀の建物のディオニュソスの生涯の主なできごとを表した浮彫を用いたという。

説明パネルは、ローマ時代の社会政治的変化は、舞台建築に大きな変化をもたらした。舞台はより高くなり、広々としたプロセニアム(プルピトゥム)と、精緻な建築装飾とディオニュソス神の神話に登場するサテュロス像で飾られたファサードを備えるようになったという。
ディオニュソスではなくサテュロスという説も。

中央の踞って天井を支えているのはヘラクレスだと思っていた。


エピダウロス 円形劇場 前4-2世紀
『古代ギリシア遺跡事典』は、ギリシアでもっとも保存状態の良いこの劇場は、前4世紀に建造された後、前2世紀に現在見ることができる形に拡張されたという。

同書は、
観客席は水平通路(ディアゾマ)を挟んで二層からなり、下層に34列、上層に21列設けられた弧状の座席は、さらに上下方向の階段によって下段は12、上段は22のブロックに区分されている。収容能力は、少なくとも12000人と見積もられているという。
現地ガイドのジョージさんは、上の方は前3世紀、下の方は前4世紀に造られたといっていた。
①テアトロン ②ディアゾマ(通路) ③オルケストラ ④スケネ
エピダウロスの円形劇場 ギリシア時代 古代ギリシア遺跡事典より


スケネでは修復作業が行われていた。

環状の大理石によって囲まれたオルケストラは、直径約20mの円形で、古代ギリシア本来の形状を伝える数少ない例となっている。中心には円形の石があるが、その機能はよく分かっていないという。
現地ガイドは、中心の石の上で、いろんな高さで手を鳴らして、どの位置で一番音が響くかを教えてくれた。それは人の背丈ほどの位置だった。
席が埋まるほど人が入っている時が、反響が一番良いように設計されていたのだそうだ。
若者達が、石の上で熱唱していた。終わると拍手喝采。

その石も大理石みたい。



デルフィ アポロンの聖域 ギリシア時代の円形劇場 前4-3世紀
『古代ギリシア遺跡事典』は、観客席には35列の大理石製の座席が設けられており、約5000人を収容したと推定されているという。エピダウロスの方は12000人だった。

ピュティア祭での演劇や音楽の競演が華々しく催された劇場で、デルフィの民会議場としても用いられていた。前4世紀に建造され、前2世紀半ばにペルガモン王国のエウメネス2世によって修復されたという。

劇場の名称 現地説明パネルより
①テアトロン ②ディアゾマ(通路) ③オルケストラ ④スケネ

『古代ギリシア遺跡事典』は、アポロン神殿の北西側へ上がって行くと、神域の最高所を占める劇場に至るという。

同書は、標高596mの劇場の最上部からは、アポロンの神域全体とアテナ・プロナイアの神域も見はるかす見事な眺望が開けているという。
オルケストラの形が帆立貝型というのがやっとわかった。オルケストラの向こうのほとんど基壇のものがアポロン神殿。




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参考文献
「古代ギリシア遺跡事典」 周藤芳幸・澤田典子 2004年 東京堂出版
「South Slope of the Acropolis」 Kaiti Kyriakopoulou  Association of Friends of the Acropolis

参考にしたもの
現地説明パネル