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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2026/07/21

旅する善財童子 45-55


新・善財童子 求道の旅-華厳経入法品・華厳五十五所絵巻-』(以下『新・善財童子』)の図版と本文、時には梵文和訳 華厳経入法界品(下)などから引用して作成しています。

遍友童子にカピラ城内にいる善知衆芸覚童子に会いに行くよう勧められて訪ねていった。

45 善知衆芸覚童子(長者の子シルパービジュニャ)
カピラヴァストゥ城において、「工巧に通じた」という菩薩の解脱を得、四十二字門に通暁している(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

「善財君、自分は様々な学芸に通じたという菩薩の解脱を会得している。それによって般若波羅蜜門に入れるのだが、それには一つひとつ根本の字母を唱えることだ。
たとえば、阿字を唱えると無差別の境界という般若波羅蜜門に悟入する・・・
というように、善知衆芸覚童子は梵字のもつ神秘性を説いた。
二種の木にあるのは花だろうか、紅葉した葉だろうか、地面にも散っている。
華厳五十五所絵巻 45 善知衆芸覚童子 新・善財童子 求道の旅より

しかし自分は他の学問のことは何も知らないのだ。このマガダ国はヴァルタナカという都城に賢勝という優婆夷が住んでいるからその信女に聞いてみたらどうかね」
この絵で見る限り、善知衆芸覚童子は善財くんよりも年長のようだ。
華厳五十五所絵巻 45 善知衆芸覚童子 新・善財童子 求道の旅より

マガダ国内のヴァルタナカに行くことになった。


46 賢勝優婆夷(バドローッタマー)
マガダ国のケーヴァラカ(有義)地方のヴァルタナカ(婆吧那)城において、「無依所の輪」という法門を知って、無礙三味を体得する(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

善財童子はまた旅に出た。マガダ国のヴァルタナカ城に着くと早速賢勝優婆夷に会った。温容という言葉がよく似合う信女であった。善財童子の問いかけに彼女は要点をかみ砕いて答えた。
これまでもそうだったが、どの葉も赤く染まっていて、その中で賢勝優婆夷は三曲の屏風に囲まれて坐っている。小鳥はいないけれど。
華厳五十五所絵巻 46 賢勝優婆夷 新・善財童子 求道の旅より

「善財よ、私は無所依の輪という法門をよく知っていて人にも説くのですが、無礙の三味にも通暁しております。
だけど私がお話できるのはこれだけです。 
行きなさい、善男子よ。かの南の地方にバルカッチャという都城があり、そこの堅固解脱長者に菩薩行の実践について尋ねてごらんなさい」
屏風にはなだらかな山々が描かれている。
華厳五十五所絵巻 46 賢勝優婆夷 新・善財童子 求道の旅より

南の地方にあるバルカッチャという都城に行くことになった。


47 堅固解脱長者(金細工師ムクターサーラ)
バルカッチャ(沃田)城において、「無礙の憶念の荘厳」という菩薩の解脱を知り、十方の如来の足下で法を探求する(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

堅固解脱長者のおられるバルカッチャ城を目指し、善財はまた南に向かった。聞くと長者は金銀細工師だという。
都城に着くと、長者は床几の上に安坐し、瞑想にふけっていた。善財童子の問いかけに長者は答えた。
華厳五十五所絵巻 47 堅固解脱長者 新・善財童子 求道の旅より

「善財よ、儂は無礙臆念の荘厳という菩薩の解脱に通達しておる。それからというもの、儂は一切の如来のもとで、正法を求めて休むことなく、ただ浄らかな念いを懐き続けるだけじゃ。
華厳五十五所絵巻 47 堅固解脱長者 新・善財童子 求道の旅より

この同じ城内に妙月という長者が住んでおる。その住居は輝くばかりじゃ。この方に尋ねてみるとよい」
近くでよかった。


48 妙月長者(スチャンドラ)
同じバルカッチャ城において、「汚れなき智の光明」(浄智光明/)という菩薩の解脱を体得する(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

善財童子は急ぎその住居を訪ねた。なるほど立派なお屋敷だ。庭にはいずれからともなく花の香りが馥郁とただよい、孔雀や瑞鳥が遊んでいる。
「善財よ、感心じゃのう。儂は無垢な智の光明という菩薩の解脱を知っているだけじゃ。
華厳五十五所絵巻 48 妙月長者 新・善財童子 求道の旅より

儂には無量の解脱を体得した菩薩たちの功徳など、語りようがないのじゃ。この南にロールカという都城があるからそこの無勝軍という長者を訪ねるとよい」
長者はそう言って更なる旅を勧めた。
華厳五十五所絵巻 48 妙月長者 新・善財童子 求道の旅より

華厳五十五所絵巻』は淡彩ながら、自然描写も豊富で美しいし、鳥が描かれていることもあって、見ていて楽しい。
華厳五十五所絵巻 48 妙月長者 新・善財童子 求道の旅より

また南へ行くことになった。ロールカ城が近くにあるといいね、善財くん。


49 無勝軍長者(アジタセーナ)
ロールカ(出生)城において、「無尽の相」という菩薩の解脱を得、仏にまみえる無尽の蔵を体得する梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

善財童子はロールカ城を目指し、また南への旅に出た。無勝軍という長者に会うためである。城内に入り、しばらく行くと、長者は大きな木の下に佇んでいた。誰かを待っている風であった。
華厳五十五所絵巻 49 無勝軍長者 新・善財童子 求道の旅より

「善財よ、儂は尽きることのない姿、無尽相という解脱を会得しているのみじゃ。これで無量の仏にまみえることができる、そうした無尽の蔵をもっている。ただそれだけのことよ。行かれよ、善男子。この南のダルマ村に住む最寂静という婆羅門僧のところへ」
華厳五十五所絵巻 49 無勝軍長者 新・善財童子 求道の旅より

やっぱり南へ行くんだね。最後には善財くんのふるさとに戻ったりして。


50 最寂静婆羅門(シヴァラーグラ)
悟りへはただ真実にかけての誓いあるのみ(『新・善財童子』より)

善財童子は南に向かい、ダルマ村にいる最寂静婆羅門を訪ねた。
「善財よ、儂は真実の決断によって行動する。
真実にかけて、真実語にかけてと、過去、現在、未来のいずれの菩薩も、この語をもって誓えば、無上の悟りから退転することがなかろう。儂も真実語の決断にかけてと誓うので、どんな願いもかなえられるのじゃ。善財よ、儂はこの真実語の決断を知るのみじゃ。
最寂静婆羅門は床几ではなく、地面に敷いた毛氈の上で寛いでいた。
華厳五十五所絵巻 50 最寂静婆羅門 新・善財童子 求道の旅より

行かれよ、善男子。南にスマナームカという都城があり、そこに徳生という童子と有徳という童女が住んでいる。菩薩行について尋ねられるがよいぞ」
華厳五十五所絵巻 50 最寂静婆羅門 新・善財童子 求道の旅より

南のスマナームカ都城へ


51 徳生童子と有徳童女
幻住という菩薩の解脱を得ている。一切世間は幻のごときもの(『新・善財童子より』)

善財童子はまた南へ南へとの旅に出て、ようやく最寂静婆羅門のいうスマナームカ城にたどり着いた。目指す徳生童子と有徳童女はと城内を探すと、二人はとある木立から現われた。
「私たち二人は菩薩の解脱を得ております。幻住とでも言いましょうか。
一切世間は夢、幻のごときもの。すべては幻の因縁から生じた幻なのです。
華厳五十五所絵巻 51 徳生童子と有徳童女 新・善財童子 求道の旅より

ただ私どもはこのことを知っているだけなのです。やはり弥勒菩薩さまにお聞きになるのがよろしいでしょう。この南にサムドラカッチャという国があり、そこの大荘厳園にビルシャナ荘厳蔵という楼閣があって、そこに住んでおられます。きっとあなたの善根を法水で潤し、菩提心を育て、あなたの求道の心をしっかりとしたものにして下さるでしょう」
弥勒菩薩は今は兜率天に住んでいて、五十六億七千万年後に現れるという未来仏ではなかったかな?
華厳五十五所絵巻 51 徳生童子と有徳童女 新・善財童子 求道の旅より

こうして善財は二人の教えに得心して去った。


52 弥勒菩薩1
海岸国は、4番目の善住比丘(スプラティシュティタ)では、ランカー島への途上にあるサーガラ・ティーラとされていたが、ここではサムドラカッチャになっている。

今度はサムドラカッチャ、すなわち海岸国を目指し、さらなる旅を続けた。

未来の果てまで菩薩の願いを宿す、菩薩の道を究めて衆生に教えを説き、如来にまみえて仏法をしっかりと身につけ、あらゆる仏国土を経めぐって説法者に仕え、すべての善知識にまみえて仏徳を会得する、そうした菩薩としての願いと智慧を宿す身体ともなりうるのだ。そう思念するのであった。するとそのとき、善財童子には不可思議な善根がいっそう強く根づいていたのである。
すべての菩薩と同じ衆生を思う心、すべての菩薩が住まう如来の家への思い、すべての仏と菩薩は威神力と菩提を示して一毛端においても遍在していないところはないという想い、そうした諸々の思念を深めて歩き続け、ついにビルシャナ荘厳蔵という大楼閣の前に到った。善財童子はその心のまま、門前で五体投地の礼をした。
五体投地を繰り返すうち、すべての如来の足下に、すべての菩薩の面前に、すべての善知識の住居に、すべての聖者、すべての師、父母の面前に、みずからの威神力によってみずからの姿を現わすことができた。ビルシャナ荘厳蔵大楼閣の前で行っていると同じように、これらすべての、遍満するありとあらゆる法界において五体投地の礼を行っているおのれの姿を現わしたのである。

このように思惟を重ね重ねて行くうちに、善財童子の全身には歓喜がみなぎり、その境地のまま、目の前の大楼閣に住まいする人々のことを合掌して思った。とりわけ弥勒菩薩のことを思った。かの大楼閣は、空、無相、 無願の境地にある人、法界に区別なきことを知る人、一切法の不生を知る人、いかなる世間にも執着しない人、いかなる群れ集いにも頼らない人、あらゆる煩悩を離れて無念無想の境地にある人、一切の分別の業を断じた人、深遠な智慧波羅蜜に入れる人、方便をもってよく普門の法界に住まいする人、禅定、解脱、三昧、正定、神通力、明智のいずれをも自在にこなして遊ぶ人、いかなる菩薩の三味の境地をも修習できる人、一切諸仏の足下に安住する人、そうした人々の住居であると。善財童子はさらに念ずる。 
かの大慈大悲の光輝を具えた弥勒菩薩、世間の人々を救わんと励み来たりて灌頂 の位に到り、如来の境界に思いをはせてここ大楼閣に住まいせん。
華厳五十五所絵巻 52 弥勒菩薩1 新・善財童子 求道の旅より

されど今我は無礙なる境界を楽しまれている方々のこの住居に合掌し、かの諸仏のなかの長子、比類なき智慧に恵まれた弥勒菩薩に恭敬して思いを凝らさん。願わくは顧を垂れて我を念じ給え。
この大楼閣の中に住まう人たちの姿が透けて見える。
華厳五十五所絵巻 52 弥勒菩薩1 新・善財童子 求道の旅より


53 弥勒菩薩2
毘盧遮那仏とは華厳経において中心的な存在。

善財童子はビルシャナ荘厳蔵大楼閣に住まいする菩薩方を讃嘆し、合掌し、そのうえで、弥勒菩薩にまみえ、おそば近くに仕えたいと念じた。すると、大楼閣の向こうの方から、突如、幾百千もの天王、龍王、それに夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽といった異形の神々のそれぞれの王たちに取り巻かれ、梵天、婆羅門衆その他無数の眷属たちを従えて、かの弥勒菩薩がこちらに来られるではないか。善財童子は狂喜して五体投地の礼をした。 
弥勒菩薩は眷属たちの方に振り返り、右手で善財童子を指し示すと、厳かな声で讃えた。
見よ、この善財は心浄く、至高なる菩提を求めて我がもとに来たれり。
華厳五十五所絵巻 53 弥勒菩薩2 新・善財童子 求道の旅より

善財童子は諄々と告げられる弥勒菩薩の言葉を聞いて、喜びのあまり感涙にむせび、体を震わせ深く深く合掌した。
「弥勒菩薩さま、あなたはこの一生だけ輪廻に縛られてはいるものの、次には悟りを得て仏になられるお方だと聞いております。どうかお教え下さい。どのようにすれば偉大な菩薩行を成し遂げ、諸々の如来方にかなう法眼を得られましょうや」

「善財よ、汝はその清浄なる徳により、深信なる道心により、一切の仏たちによってよく見守られている。汝は無上の悟りを求めて誓願を立て、菩薩行を修めて無量の功徳を積んできた。汝はさらに菩薩行の完成について問うた。
行け。ここなるビルシャナ荘厳蔵大楼閣に入り、そのことを観察するがよい」
弥勒菩薩はそう告げるや楼閣の門前に立ち、右手で弾指の音を立てた。すると門はゆっくりと開いた。善財童子が入る。途端に門はぴたりと閉じた。

善財童子はじっと目を凝らした。なんと大きくて広い堂内だろう。まるで虚空界のようである。なかには無数の幢幡、無数の瓔珞で飾られ、無数の真珠や宝石が燦然ときらめく。色とりどりの絹の帯、絹の幕、金糸の網も掛けられている。無数の鐘、無数の鈴が妙なる響きを奏でて、天上の華が雨あられと降りしきる。

善財童子は歩く。宝石の樹木が、宝石の円柱が、宝石の欄楯が、宝石の通路が、宝石の宮殿が現われ、無数の蓮池には宝石の赤蓮華、宝石の白蓮華が咲き乱れる。宮殿は一つだけではない。大楼閣のなかには、同じようにして荘厳された楼閣が整然と立ち並んでいる。善財童子はビルシャナ荘厳蔵大楼閣の不可思議な神変を見て喜びに心が溢れ、ひたと額ずいて五体投地の礼をした。すると、無数の楼閣のなかのすべてに自分自身がいるのが見えた。弥勒菩薩の威神力によるのであった。 

善財童子はさらに進む。中央にはこれまで見たどの楼閣よりも広大無辺な大楼閣が立っていた。善財童子はそのなかに三千大千世界を見、幾百千の兜率天の宮殿を見た。弥勒菩薩が生まれて蓮華のなかにおられ、梵天に見守られて七歩踏み出し、成長して出家し、苦行を重ねて菩提道場に近づき、菩提樹下で魔を降し、悟り、大梵天に勧請されて法輪を転じておられる。善財童子は弥勒菩薩のそのすべての場面にみずからの姿を見出し、その足下にいるのに気づいた。善財童子は弥勒菩薩の行くところ、弥勒菩薩の説くところ、弥勒菩薩の禅定するところ、そのすべてに身近く接し、耳を傾け、目の当たりにし、ときには弥勒菩薩の荘厳を手にし、香りを感じている。

すべての場面を、善財童子は弥勒菩薩の威神力によって瞬時に悟ったのである。そのとき、すでに大楼閣のなかに入っていた弥勒菩薩は、ふたたび弾指の音を立てた。善財童子が三味から出てわれに返ると、弥勒菩薩が励ましの声を掛けた。

我はこのビルシャナ荘厳蔵大楼閣に住し、兜率天に住して、あるときは衆生を教化し、あるときは天人を教化し、あと一生だけ輪廻に縛られた他の菩薩たちとともに、いまや悟りへの道を成就せんとする者を讃嘆して、諸相を示現するのである。我は時到って願いがかない、一切智を悟るであろう。 
華厳五十五所絵巻 53 弥勒菩薩2 新・善財童子 求道の旅より

善財よ、汝は悟りを得た我を、文殊師利菩薩とともにふたたび見るであろう。行け、文殊師利菩薩のもとへ」
文殊菩薩って、最初に善財くんが出会った菩薩だったね。
シュラーヴァスティー(舎衛城)の郊外にある大荘厳重閣におられたシャカムニ世尊のもとを去って、遊行のため南方へと向かわれた。そしてダニヤーカラで「どうか私に解脱の門を開き、悟りへの乗物をお与え下さい」と嘆願した善財くんに、普賢行を教示してくれる南にいる善知識を教えてくれたのだが、一人の善知識を探し当てると、別のもっと南にいる善知識を教えてくれるということを繰り返して、やっと弥勒菩薩に会うことができたのだった。
それなのにその文殊菩薩に再び会えとは。


54 再見文殊師利
弥勒菩薩のもとを辞して善財童子はふたたび遊行をはじめた。およそ百十の都城を訪れたであろうか。普門国のスマナームカ城に到り、文殊師利菩薩にはいつお会いできるだろうかと、思慕も深く佇んでいた。
華厳五十五所絵巻 54 再見文殊師利 新・善財童子 求道の旅より


突如、文殊師利菩薩がはるか千里のかなたから、するすると手を伸ばし、スマナームカ城にいる善財童子の頭をなでて声を掛けた。
「でかしたぞ、善財童子。並の者ではこの法性は理解も分別もできないであろう」 
そう褒めるや、善財童子のところに来って、無数の法門、無限の智の光明を得させた。そして最後に童子のもとに普賢行願輪を置くやそのまま立ち去った。普賢菩薩に会うようにとの暗示であった。
華厳五十五所絵巻 54 再見文殊師利 新・善財童子 求道の旅より


55 普賢菩薩

善財くんはすべての善知識の教えを受け入れ、一切智を悟れる者となるために、艱難辛苦をものともせず、大悲の願いを秘めてこれまでやって来た。弥勒菩薩は言われた。そのすべては文殊師利菩薩の威神力のお蔭なるぞと。その文殊師利菩薩が突如現われ、私を褒めて下さった。なんと有難きこと。そのうえ、ついに普賢菩薩にお会いするようにとお許し下さった。普賢菩薩さまとはどのようなお方であろうか。
善財童子はいつのまにかあの金剛蔵菩提道場のビルシャナ如来の獅子座の前にいた。

毘盧遮那如来(中央)、獅子座の普賢菩薩(向かって右)、文殊師利菩薩(同左)の釈迦三尊
華厳五十五所絵巻 55 普賢菩薩 新・善財童子 求道の旅より

一心に普賢菩薩を念じ、普賢菩薩の境界を求め、普賢菩薩にまみえたいと不退転の決意をもって念じ続けた。すると、まるで霧が晴れるかのように、ビルシャナ如来のかたわら、宝蓮華の獅子座に坐り、菩薩衆に囲まれ、説法されている普賢菩薩のお姿が善財童子の眼前に現われたのである。
華厳五十五所絵巻 55 普賢菩薩 新・善財童子 求道の旅より

善財くんは、普賢菩薩の境界はなんと広大無辺、多種多様であろう。感歎しながら、さらに幾度も 普賢菩薩のお身体を観想した。すると一々の分身、一々の毛孔から三千大千世界の風輪、水輪、地輪、火輪、大海、大河、大州、須弥山、鉄囲山が次々と現われ、まるで俯瞰図を見るかのように、村里、町並み、都市、宮殿、林苑が目に映った。ついで空中から降り地上に迫ると、街道には衆生の往来が、衆生の生業の喧噪が、衆生の悲喜こもごもの声が聞こえてきた。それだけではない。地獄や餓鬼畜生の世界、死をつかさどる閻魔大王の世界など、冥界のことごとくが見え、さらに諸々の天界が見え、欲界、色界、無色界の領分、日月星宿、風雲雷電、森羅万象のことごとくが、普賢菩薩のお身体から化現するのを見たのである。
そのように観想するや否や、善財童子はすでに十種の智波羅蜜住を体得していた。
一刹那のうちに普賢菩薩行を直証するという智波羅蜜住を善財童子は体得したのである。そのとき、普賢菩薩が右手を伸ばし、善財童子の頭をなでられた。その途端、善財童子は一切仏国土の微塵数に等しい三味門を得て、その微塵数に等しい世界海に悟入した。着財童子には、一切智を得るためになくてはならない資質が、いまだかつてないほどに具わったのである。
華厳五十五所絵巻 55 普賢菩薩 新・善財童子 求道の旅より

善財童子は一心に普賢菩薩の色身を観想した。すると、その一々の毛孔中に、み仏の出現せる不可説数の仏国土が見えてきた。そこに現われた世界は、もはや筆舌に尽くし難いものであった。善財童子は普賢菩薩の教えに導かれて、普賢菩薩の身中にあるすべての世界に悟入し、衆生たちを教化した。自分はこれまで多くの善知識にまみえ、教えを受けて功徳を積んできた。だが、普賢菩薩により得られたものに比べれば、なんと微々たるものか。

善財童子は、普賢菩薩の毛孔中の仏国土を歩みはじめた。
次第に進み行きて、善財童子はついに普賢菩薩の行願海に達した。普賢菩薩と等しく、また一切如来と等しく、善財童子の一身は一切世界に充満し、行も神通も、法輪も弁才も、言葉も音声も、大悲も不可思議なる解脱の自在も、ことごとく相等しい域に達したのである。

そして普賢菩薩は、お傍に仕える諸々の菩薩たちに、「汝ら諦けく聴け。余はまさにみ仏の功徳海を説かんとす」と告げて、
「世尊は十方世界に遍満し、衆生の一切の業、衆生の一切の煩悩を観察し、自在力をもって済度して清浄ならしめ給う。汝らまさに聴くべし。世尊は仏道を成じてすでに不可思議の永劫を経る。・・・世尊の功徳海は説き尽くすことあたわず。汝らもしこの法の功徳を聞き、歓喜して信解の心を生ずる者あらば、讃えるところのままにまさに心中に刻むべし。慎みて疑念をいだくことなかれ」と毘盧遮那世尊の素晴らしさを蕩々と説かれた。

というところで終わっている。善財くんはその後どうなったのかは記されていない。


       旅する善財童子 34-44

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参考文献
「新・善財童子 求道の旅-華厳経入法品・華厳五十五所絵巻-」 森本公誠 2023年 朝日新聞社