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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2026/02/03

アナトリア文明博物館 オルトスタット


アナトリア文明博物館の中央の広い展示室には石彫遺物がずらりと並んでいて、各地のオルトスタットの本物が展示されてる。

アナトリアのヒッタイト古王国時代から後期ヒッタイト時代までの遺跡群 Google Earth より 
❺アラジャホユック Alacahöyük ➓アスランテペ Arslantepe ⓫カルケミシュ Karkamış 

アラジャホユック スフィンクス門前左側のレプリカオルトスタット 前1399-1301 安山岩
『古代都市1 ヒッタイトの都ハットゥシャ アラジャフユクとシャピヌワ』は、アラジャフユクに残るヒッタイト時代の層(前1660-1200)から当時の繁栄ぶりが偲ばれる。石の土台に日干しレンガを積んだ城壁が町全体を囲んでいた。 正門は南側にあり、巨大な一枚岩に彫ったスフィンクス像が門を守っていた。
両脇の腰壁にはヒッタイト帝国時代、前14世紀の浮彫で飾られた安山岩製のオルトスタットが残されているという。

スフィンクス門に近いものから
祭具を担ぐ人々の前に供犠の動物が連れられている。間に人がいて写せなかったが浮彫欠損、王と女王が祭壇の前で祈りの身振りをしている。右端は台座に立つ牡牛が嵐の神を象徴しているという。

牡牛
説明パネルは、嵐の神の聖なる動物である。上下に割れた台座の上に鎮座している。ずんぐりとした体格で、脚は短い。大きな角を持ち、筋肉は発達しているという。
祭壇の前に立つ王と王妃
国王は右手に王国の王笏(リトゥス)を持ち、左手を前に伸ばして礼拝している。王妃は床まで垂れ下がる豪華な衣装を身にまとい、二人とも大きな輪の耳飾りを着けているという。



犠牲の動物を運ぶ人物
後ろ側が長い裾の衣装をまとった人物は、右手に背後から伸びる山羊の角を持っているという。
羊や山羊だろうが、なんと上の家畜の頭部が切れている。これではどんな角か分からへんがな。レプリカの方も角は残っていないが。

犠牲の背後で祭壇に向かって移動する3人の人物像
長い裾の衣装をまとった人物は、左手に曲がった先端を持つ笏のような物を持っているという。
上の王の持物である王笏ほど長くないし先端がカールしていないのでホッケーのスティックのよう。王に近い装備なので神官か高位の人物だろう。


つづき軽業師、楽士たち、不明

曲芸師と軽業師
左を向き、長い髪で短衣を着た曲芸師は短剣を飲み込み、その後ろにいる小柄な軽業師たちは、つかまることなく梯子を上っている。皆ノメアの頭飾りと、大きな輪が付いた耳飾りを着けている。曲芸師たちは異なる国の人物であると考えられており、そのため小さく描かれているという。

後方を向く楽士たち
ギターに似た楽器を演奏する人物像の後ろには、動物を抱えた人物像が続いている。左側は未完成という。
動物は犬のよう。

牡牛 未完成

そしてアナトリア文明博物館では右壁の宗教儀式のオルトスタットがあるが撮影し損ねた。右側側面のオルトスタットには楽士たちの行進が浮彫されていて、宮殿というよりも神殿の入口のようだ。


ヒッタイト帝国の各都市ではオルトスタットは発見されておらず、アナトリア文明博物館に収蔵されているのは新ヒッタイト時代(皇帝とも、前1200-700年頃)のものになる。

『アナトリア文明博物館図録』は、ヒッタイト帝国は前1200年頃、いわゆる海の民の侵入によって滅亡し、生き残った人々はタウロス山脈の南や南東部に逃げた。彼らが新ヒッタイトと呼ばれる。この出来事の後、彼らは中央集権的な国家を建設する事はもはやできなかった。アッシリアからたびたび攻撃され前700年、ついに完全に歴史から消え去ったが、ヒッタイトの伝統は最後まで守られていた。
新ヒッタイトの中心地、カルケミシュの他数多くの遺跡からこの時代の文化を示すものが出土されている。これらの小都市は、前1000年代の初期、アナトリア北部及び西部のフリギア王国、東部のウラルトゥ王国、メソポタミア北部のアッシリア帝国などの政治的強国と共存していた。
新ヒッタイトの町は城壁で囲まれ、行政や宗教寸この大事な建物は一番高い地点の守りの固い所に、さらに別の壁に囲まれた城砦のように置かれていた。町は王宮、記念道路、広場などを中心に設計されていた。王宮はたいてい中庭を囲んで建物が並ぶ形だった。このヒラニと呼ばれる形はこの時代特有の建築様式である。方形の建物で、入口には円柱が立っていた。
他に新ヒッタイトの芸術の特徴として、彫刻と建築の混合したものがある。城壁の門と王宮のファサード(正面)はレリーフ飾りのブロック(オルトスタット)で覆われていたという。


カルガミシュ Karkamış(カルケミシュ Carchemish)出土のオルトスタット 前900-700年 新ヒッタイト時代
HITTIE MONUMENTS の Karkamış によると、最初の本格的な発掘調査は1911年から1914年にかけて、D・G・ホガース、R・C・トンプソン、C・L・ウーリー、T・E・ローレンスらによって行われました。これらの調査では、新ヒッタイト時代およびアッシリア時代の重要な遺跡が発見され、防御施設、寺院、宮殿、そして多数の玄武岩の彫像、レリーフ、碑文などが発見されましたという。
T・E・ローレンスは、映画にもなったアラビアのロレンス。
その時に命名された箇所の名称が今も引き継がれていて、日本語に訳しにくいので、そのまま使う言葉もあります。同ホームページの City Plan の左から二番目の図を拡大すると、どの辺りのオルトスタットかが分かります。

カルケミシュ遺跡主要部  地図はGoogle Earth より
❶王の門 King's Gate ❷行列通りProcession Way  ❸王家のバットレス Royal Buttress ❹ヘラルドウォール Herald's Wall ❺水の門 Water Gate ❻長い壁 Long Wall ❼城塞への大階段 Great Staircase to the Citadel ❽嵐の神の神殿 Storm-god Temple(平面図では The Tmple ですが勝手に嵐の神の神殿と思っているので、間違いかも知れません) 


❶王の門のオルトスタット

狩猟用馬車の行進 石灰岩
説明パネルは、狩猟用の馬車。2名の人物が乗り、一人は馬車を操縦し、もう一人は矢を放っている。どちらの人物像も、頭蓋骨の形をした頭飾りをかぶっている。矢を放つ人物の腰についた短剣が目を引く。馬の脚の間には動物が描かれているという。

彫像の台座 初期の発掘調査中に組み立てられたアトリスハ像 L.ウーリー卿の発掘


行列の道は HITTIE MONUMENTS の Karkamış では椅子に坐った女神へ奉納品を運ぶ人々の行進のようだが、残念ながら撮影していなかった。ひょっとするとガズィアンテプの考古学博物館に展示されているのかも。


王家のバットレスのオルトスタット 

ヤリリス王の家族
アッシリア新ヒッタイト様式を最もよく反映した浮彫。頭部、顔、腕の丸みを帯びた輪郭が特徴で、顔と首のラインは巧みに表現されているという。
右端のオルトスタットは、王妃は息子を膝に抱きながら、もう一方の手で後ろから来る子馬の綱を握っているという。

ヤリリス王の10人の子供のうち8人
説明パネルは、上には、動物の骨の遊び道具(またはマメ科の花)を持った人物が3人、棒に寄りかかって歩いている人物が1人いる。下には、骨を弾いたり、くるくる回したりする人物が2人ずついるという。

ヤリリス王は息子カマニスの手首を支えている。王は手に笏を持ち、腰に剣を下げている。王子は杖に寄りかかり、肩に剣を担いでいる。ヒエログリフには「これはカマニスとその兄弟たちだ。私は彼の手を握り、彼がまだ子供であるにもかかわらず、神殿で彼を見付けた。これはヤリリスの像である」と記されているという。
ヤリリス王の頭部が剥落している。

兵士たちの行進

兜をかぶった3人の戦士の像
背中には盾、手には槍を持っている。

像の台座 2頭のライオンを制する勇者
背後は兵士たちの行進の続き

柱礎 何故正面から撮影しなかったのだろう。

楽士たち 
説明パネルは、2人の楽士は、長衣と幅広のベルトを着用している。1人は柄に房飾りのついたサズ(弦楽器)を演奏し、もう1人はフルートを演奏している。3人目の小さな人物はカスタネット(?)を手に持っている。右側の人物は、他の人物とは対照的に短いスカートを履いて、両手を頭の上に上げて指先を動かしながら踊っているという。


❹ヘラルド壁のオルトスタット

獣の主(ギルガメッシュ?)
説明パネルは、中央には、髭を生やした人物がひざまずき、左手で雄牛の角を、右手でライオンの後ろ足を持っている。このライオンの下には、胸と頭を失ったもう一頭のライオンがおり、さらにその下に小さなライオンがもう1頭いる。ライオンの頭の後ろには鹿が立っている。このレリーフは、動物の王ギルガメシュを描いたものと考えられているという。

ライオン狩り
右側の短いスカートに髭を生やした人物は、短剣でライオンを刺し、左手でライオンの尾を掴んでいる。左側は角のある頭飾りをつけ髭を生やした神で、斧を頭上に掲げながらライオンの後ろ足を掴んでいるという。

翼は一対だけの鳥頭人身の精霊が向かい合って両腕をあげている。
アッシリアの守護聖霊(ニムルド北西宮殿I室 前875-860年頃)の影響だろうか、

人面のスフィンクス
両側で後ろ足で立つ2体のスフィンクスが中央で後ろ足で立つ有翼の馬を攻撃しているという。

キメラ(キマイラ)
三つの頭を持つスフィンクス。有翼のライオンは、尾の先に猛禽類の頭を持ち、また、三つ編みの髪と円錐形の頭飾りを持つ人間の頭も持っている。足の細部は非常に鮮明であるという。

生命の樹と牡牛
生命の樹の両側には、一対の牡牛がひざまずいている。片方の足は樹の上にあり、もう片方の足は腹部に向かって曲げられているという。
一対の草食獣が生命の樹に前肢をあげているという場面を描いたものはこれまでにもあったが、それが重量級の牡牛とは。

獣面人身と人面獣身の守護神たち
ライオンの頭を持つ男たちの両手は、人間の拳の形をしている。中央の2人の牛男は手に槍を持っている。牛男はクサリック、獅子男はウガルとして知られているという。

ライオン男と牛男

ラクダ乗りの場面
歩くラクダの上には短いスカートをはいた男性がいるという。


❺水の門のオルトスタット 石灰岩

有翼のライオンが行進している。

木の幹を支える2人の牛男
木の幹は生命の樹ナツメヤシではないのかな
左:両こめかみに鎖の房飾りを持つ牛男の顔は正面から描かれているという。
長い顎髭しかわからない。
右:牡牛のような耳と脚を持つ角のある牡牛男の体は人間の体であるという。
角が二対ある神では。

同じような牛男がもう一人萎びそうな木を支えている。

祝宴の場面(31年前に行った時にたまたま写していた)
左から二番目の人(王または神)だけが坐り、テーブルの上には双手壺(カンタロス坏)が置かれている。給仕する人物の後方には楽士がいる。

不明の有翼獣


❻長い壁のオルトスタット 石灰岩

4枚続きの狩猟用馬車の行進 

その1枚

説明パネルは、ヒエログリフには、「私はウィナティス、我が主スヒの愛妻。夫がいつどこで名を尊ぶ時でも、夫は私の名をも慈しみをもって尊ぶであろう」と記されている。ヒエログリフの下には2人の女神像があり、一人は椅子に坐し、もう一人は立って翼と角のある頭を持っているという。

その続きの神々

別の女神
上図の女神と着衣や顔は同じだが、時物が異なる。


❼城塞への大階段のオルトスタット

ライオンの上の太陽の神と月の神
ライオンが台座のように低く表される。

どちらが太陽の神だろう。


❽嵐の神の神殿のオルトスタット

行進する有翼のライオン


同じく新ヒッタイト時代(後期ヒッタイト時代とも 前1200-700年頃)のアスランテペ遺跡出土のオルトスタットはこちら


ヒッタイトの双手杯(カンタロス) 


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参考サイト

参考文献
「古代都市1 ヒッタイトの都ハットゥシャ アラジャフユクとシャピヌワ」2013年 URANUS
「世界美術大全集東洋編16 西アジア」 2000年 小学館