『新・善財童子 求道の旅-華厳経入法品・華厳五十五所絵巻-』(以下『新・善財童子』)の図版と本文、時には梵文和訳 華厳経入法界品(下)などから引用して作成しています。
善財くんは同じ南の地方のトリナヤナ(三目国)に向かった。
12 善見比丘(スダルシャナ)
トリナヤナ(三目)国の林の中で、「消えることのない智の燈火」という菩薩の解脱を知り、一発心ですべてを知る(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)
とある林のなかで経行をしておられるのか、歩みを反復されているお方に出会った。若々しく端正で気品があり、髪は紺青、頭頂は傘蓋のようであった。その静かで堂々たる姿の比丘を囲んで、異形の天部の神々がかしずいている。ある者は蓮華を供養し、ある者は鉾を立てて守護し、ある者はいかめしい鎧に身を包んだまま合掌している。またある者は大きな宝石の蓮台を捧げ、比丘が歩を進めると、比丘の足をその蓮台で受け止め、周りの神々もこれに随って歩く。
「善男子よ、私はまだ年少であり、出家としても初心者ですが、生まれてこのかた、一心不乱に数々の如来のもとで禁欲の修行をしてきました。すべての如来から妙法をお聞きし、その教えを身に受け、清浄か、清浄なる誓願を立て、波羅蜜行に励みました。そのお蔭で、如来の成就された境界に入り、如来の正法をどこまでも保持していけるようになりました。
金剛のような志願をもち、如来の家という良き家柄に生まれ、身体は火焰や毒や剣によって損なわれることなく、あらゆる教えの源泉となり、あまねく十方を照らす、そのような菩薩たちの功徳については私は語ることができません。これから南のシュラマナマンダラ国に名聞という都城があり、そこに自在主という名の童子が住んでいます。菩薩行をどのように学べばよいか、その人に問われるとよろしいでしょう」
善財童子は次なる善知識が童子と聞いて、少しくいぶかる思いが頭をよぎった。だが、すぐ様それを打ち消し、菩薩の堅固なる誓願を改めて強く心に刻みつけ、善見比丘のみ足に頂礼して別れを告げた。
善財童子は善見比丘の教えに従ってシュラマナマンダラ国を目指し、南へ向かった。
やっぱり南へ。
13 自在主童子(インドリエーシュヴァラ)
シュラマナ・マンダラ (輸那/名聞/円満多聞)国のスムカ(妙門)城の河の合流点近くで、「あらゆる法の知識である技術の神通を具えた」という菩薩の智の光明を得、菩薩の算法を知る(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)
名聞城に着いて自在主童子はどこかと探すがなかなか見つからない。すると三目国から付いて来た天部の神々が、 
「自在主童子は河原で大勢の童子たちに囲まれて砂遊びをしていますよ」
と天空から教えてくれた。
自在主とはまだそんな子供なのかと、またまたいぶかしく思いながら河原に近づくと、なるほど一万人はいるかと思われる大勢の童子たちにまじって、自在主童子がなにやら話している。善財童子は近づき、礼儀をつくし、菩薩の修行について尋ねた。
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| 華厳五十五所絵巻 13 自在主童子 新・善財童子 求道の旅より | 
「善財君、私はかつて法王子であった文殊師利童子のところで、読み方や書き方、算数などあらゆる学問を学ぶことができましたので、あらゆる工巧の神通智の法門に悟入しました。
私はこれらの知識を衆生たちに教え、わからせ、学習させ、実践させて、彼らの心を清く無垢広大にさせているのです。
私はこの菩薩の算法のように、あらゆる技術に通じていますが、あらゆる法則の数を熟知し、あらゆる仏と菩薩の数を熟知し、あらゆる名称すべてに自在な菩薩の行や三味については知りません。
豹の毛皮の上に結跏趺坐した自在主童子は、善財くんより少し年長に描かれている。
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| 華厳五十五所絵巻 13 自在主童子 新・善財童子 求道の旅より | 
ここから南にサムドラプラティスターナ、またの名が海住という都城があり、そこに具足という名の優婆夷、すなわち信女が住んでいます。そこに行かれて、その方に菩薩行をどうして修めればよいか、お尋ねになられるとよろしいと思います」
善財童子は、大いなる尊敬と喜びを深く感じながら童子のみ足に頂礼し、幾度も童子の顔を仰ぎ見ながら、そのもとを立ち去った。
そしてまた南へ。
14 具足優婆夷(プラブーター)
サムドラ・ブラティスターナ(海住)城の住いにおいて、「無尽の荘厳の福徳の宝庫」という菩薩の解脱を得て、一個の壺ですべての衆生を飽食させる(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)
都城の真中にお屋敷がある。
門をくぐると広々とした庭があって、その向こうに瀟洒な堂宇が軒を列ねている。見ると、天女のような侍女たちに囲まれながら、具足優婆夷が宝座に坐っていた。まだ若く、初々しさを残し、清楚なその姿は、気品に満ちていた。
彼女の面前にはなぜか一つの金銅鉢が台上に置かれている。それ以外に、屋敷内にはこれといった豪華な家具も装飾品や衣裳の貯えもなかった。その代わり立派な食卓がずらりと並んでいる。これは一体何をするためだろう。そんなことより菩薩の修行だ。善財童子は具足に尋ねた。
立派な堂宇がありながら、具足優婆夷は庭に設けられた宝座に結跏趺坐している。
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| 華厳五十五所絵巻 14 具足優婆夷 新・善財童子 求道の旅より | 
「善男子よ、私は無尽荘厳福徳蔵という菩薩の悟りを会得しております。私はこの目の前の金銅鉢から望みのままに種々の食物を取り出し、それによって衆生たちを満腹させることができます。
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| 華厳五十五所絵巻 14 具足優婆夷 新・善財童子 求道の旅より | 
様々な身なりをした大勢の人々が邸宅の入口から入って来て、思いおもいに、ずらりと並んでいる食卓についた。優婆夷に招かれた人たちであった。彼女は客たちの望むままに美味な食物を出して満腹にさせ、かぐわしい香料でうっとりとさせ、種々の宝石、種々の飾り物を与えて喜ばせた。
「善男子よ、わかりましたか。私はこのように、無尽荘厳福徳蔵という菩薩の解脱を知っています。しかし、福徳の海が無尽蔵であることによって無尽蔵の福徳を具え、あらゆる世の衆生の善根を守護することによって大きな福徳を守る菩薩たちの功徳については語ることができません。 
門の外の餓鬼のような者にも食事を振る舞っている。
「ここから南の地方に、マハーサンバヴァ、言い換えれば大興という都城があり、そこに明智という居士 が住んでおられます。その人のところへ行って尋ねてみられてはいかがでしょうか」
更に南へ向かうのだった。
15 明智居士(ヴィドヴァーン) 
マハーサンバヴァ(大興)城において、「心の宝庫から生じる福徳」という(菩薩の)解脱を知り、天穹から無量のものを得て、すべての衆生に与える(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)
具足優婆夷に教えられた大興城に着いた善財童子は、早速明智居士を探求めて城内を見て廻った。中央の大通りに来ると、七宝でできた高殿のうえで、数々の宝石で飾られ、黄金で覆われた、立派な玉座に坐っている明智居士の姿が見えた。後ろから侍者が瑠璃の竿を手に、ジャンブ河産の黄金造りの天蓋を差し掛けている。居士のまわりには大勢の人たちがたむろし、楽人たちが様々な楽器を演奏している。その妙なる調べを縫って、黒香が風にそよぐ。まさに極楽浄土もかくやと思うばかりであった。善財里子は明智居士に向かって合掌した。
「無上の悟りを求めて旅を続けております。しかし菩薩はどのように学べばすべての衆生の憩の場所となれるのか、私にはまだよくわかりません。どうかお教え下さい」
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| 華厳五十五所絵巻 15 明智居士 新・善財童子 求道の旅より | 
天空から種々の味の、色とりどりの飲食物が降りて来て、居士の掌のうえに置かれた。彼はそれらを取って順番に懇願者たちに分け与え、満腹させ、喜ばせ、楽しませた。そして、そのうえで教えを説いた。
なぜ多くの事柄を学ばねばならないか、なぜ貧しさに陥るのか、どうすれば富は得られるのか、どうすれば福徳に与れるのか、迷いの世界の様子を語って心の貧しさを気づかせた。
「善男子よ、見ての通り、私は随意出生福徳蔵という解脱のことは知っている。しかし、全世界を余す所なく手で覆い、色とりどりの宝石や衣や飾り物や宝冠や楽器や香料の法雲で如来の説法会を供養する、そのような菩薩の功徳については語ることができない。これから南にシンハポータ、すなわち師子宮という名の都城があり、そこに法宝髻という長者が住んでいる。その人に菩薩はどのように修行すればよいか尋ねるとよい」
絵巻の二つの場面
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| 東大寺蔵華厳五十五所絵巻 15明智居士・16法宝嚳長者 超 国宝-祈りのかがやき-展図録より | 
南のシンハポータへ。
16 法宝嚳長者(有徳の長者ラトナチューダ) 
シンハポータ(師子宮)城において、「無礙なる誓願の輪の荘厳」という菩薩の解脱に通じ、十層の館に住む(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)
善財童子は明智居士に教えられた通り師子宮城にやって来た。早速计宝髻長者はいずこかと尋ね歩くと、ちょうど市場の中央におられた。長者に合掌して、
「私は無上の悟りに向けて発心致しております。どのようにして菩薩行を修めればよろしいのでしょうか。一切智に向かう菩薩の道をお示し下さい」
と懇願すると、長者は善財童子の手をとって自分の館に連れて行った。それは金色に輝き、七宝に飾られ、目もくらむばかりの高層建築であった。
極めて不安定な高層の建物だ。
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| 華厳五十五所絵巻 16 法宝髻長者 新・善財童子 求道の旅より | 
一階には山海珍味の料理が並べられ、
二階にはあらゆる種類の衣裳が並べられ、三階には宝石をちりばめた装身具や荘厳具が並べられている。人々に布施するためである。さらに上を見ると、四階にはかぐわしい乙女たちが控えている。人々にかしずくためであった。五階では第五地の菩薩たちが経文を朗唱し、衆生済度のための論書を書き上げ、 あるいは禅定に入り、智の光明を成就していた。
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| 華厳五十五所絵巻 16 法宝髻長者 新・善財童子 求道の旅より | 
六階ではやはり菩薩たちが集まって、経文を朗唱し、禅定から目覚め、無礙の行境にひたっているのが見られたが、彼らはもっぱら般若波羅蜜の様々な法門を朗詠しているのであった。
七階にも菩薩たちがいて、こだまのような忍耐力と方便の智をもって演察し、難儀を解き、如来の法を追い求めていた。八階には不退転の神通力をもち、あらゆる世界に遊行し、あらゆる法会に姿を見せて法を説く菩薩たちがいた。九階にはいよいよこの一生だけ迷いの世界に縛られているが、 次の一生には如来になれるであろう菩薩たちがいた。十階では一切の如来たちがそれぞれ初発心、修行、誓願、神変、転法輪を行じ、衆生に対する教化を現じていた。どうやらこの十階建ての館は菩薩の修行の階梯を暗示しているようであった。
「善男子よ、遠い過去世に無辺光明法界普荘厳王という如来が出現され、法自在王の招きで多くの菩薩たちとともに都城に入られたとき、儂はその如来に供養するために、種々の楽器を奏で、一片の香料を薫じましたのじゃ。すると薫香の薄雲が世界を覆い、その雲間から、
『如来は不可思議である。一切如来のために善根として植えられた布施は無量の一切智という果報をもたらす』
との言葉が放たれましたのじゃ。儂は如来の威神力によって示された奇蹟のために善根を、一切の貧困の解消と正法の聴聞、それに、一切の仏、菩薩、善知識との出会い、この三つのことに廻向しましたのじゃ。これによって儂は無礙なる誓願荘厳福徳蔵という菩薩の解脱に通じることができましたのじゃ。だが、儂に教えることができるのはそれだけじや。
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| 華厳五十五所絵巻 16 法宝髻長者 新・善財童子 求道の旅より | 
行きなされ。ここから南の方にヴェトラムーラカ、すなわち藤根国があって、そこの普門城に普眼という名の長者が住んでおられる。その方に尋ねられるとよろしかろう」
更に南へ。
17 普眼長者(香料商サマンタネートラ) 
ヴェートラ・ムーラカ(藤根)国のサマンタムカ(普門)城において、「一切の衆生を満足させ、普き方位の諸仏にまみえ、供養し、奉仕できる香玉」という法門を知り、病の治療など衆生のあらゆる望みを満たす(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)
藤根国の国境に入り、それからまた山越え、 谷越え、野をさまよい、川を渡り、休むことなく歩き続けて、ようやく藤根国のほぼ中央に位置する普門城にたどり着いた。そこは善財童子がいまだかつて見たこともないような大都会であった。
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| 華厳五十五所絵巻 17 普眼長者 新・善財童子 求道の旅より | 
普眼長者は種々の香料や薬草を扱う商人であった。善財童子はこれまでと同様、自分が訪ねてきたわけを長者に話した。
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| 華厳五十五所絵巻 17 普眼長者 新・善財童子 求道の旅より | 
「善男子よ、無上の悟りを求めて発心したとはけなげなことじゃ。儂は衆生のあらゆる病を知り尽くし、その治癒法をわきまえている。
善男子よ、儂のところには各地から病にかかった衆生がやって来る。
善男子よ、儂はこのように、一切衆生をしてあまねく諸仏にまみえさせ、供養し歓喜にひたらせるという法門を知っている。だが他のことは知らぬ。
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| 華厳五十五所絵巻 17 普眼長者 新・善財童子 求道の旅より | 
ここより南の方にターラドヴァジャ、多羅幢という都城があって、そこに無厭足王という国王がおられる。その方に菩薩の修行法を尋ねられるとよかろう」
更に南の方にターラドヴァジャへ。
18 無厭足王(アナラ) 
ターラ・ドヴァジャ(多羅幢)城において、「幻」という菩薩の解脱を得、無法の衆生を調御する(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)
善財童子は旅を続け、いくつもの国を過ぎ、町から町へ、村から村へと遍歴し、ようやくにして多羅幢城に着いた。
宝石をちりばめた立派な獅子座に王が坐っておられる。まわりには大臣や文武百官が侍立し、宝幢がはためき、かぐわしい薫香がたちこめていた。王は見るからに堂々として、容貌魁偉、その威風はあたりを払うばかりであった。
右上には菩薩が雲に乗ってやってきた。
しかし王の前をよく見ると、なんと地獄の獄卒かとまがう大勢の仕置人たちが、恐ろしい顔をして手に手に刀や斧や矛や槍を持ち、醜悪このうえない様子で罵声を発し、罪人たちを恐怖に陥れて刑を執行していた。
見開きで異時同図になっている。
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| 華厳五十五所絵巻 18 無厭足王 新・善財童子 求道の旅より | 
わなわなと、目の当たり阿鼻叫喚の地獄絵を見た善財童子は、
「私はすべての衆生の利益と安楽のために、無上の悟りへの道を歩み続け、善知識たちに、菩薩はいかなる善をなし、いかなる不善をなさざるかを尋ねてきた。ところがこの無厭足王は善法を捨てて大罪業をなし、心中に悪意をもって他人の生命を断ち、他人を痛めつけている。応報来世を意に介せず、まさに地獄、餓鬼、畜生の悪趣に身を落とそうとしている。こんな人物にどうして菩薩道のことを尋ねられようか」と自問自答した。
するとそのとき、天空から神々の声が響いてきた。
「善男子よ、汝は善知識の教えをゆめ疑うではないぞ。菩薩たちの巧みな方便を用いる智は不可思議なるぞ。かの王に菩薩行について尋ねてみよ」
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| 華厳五十五所絵巻 18 無厭足王 新・善財童子 求道の旅より | 
善財童子は決心して無厭足王に近づき、来意を告げて待った。ようやくにして国事を終えた王は獅子座から立ち上がり、善財童子の手をとって宮殿に入り、後宮に導いて玉座に坐らせた。
「予はこれらの衆生を教化し、平安な暮らしを得させるために、大悲のゆえに、化作した幻の死刑執行人に処刑を行わせ、化作した幻の罪人たちに様々な仕置きを加え、激しい苦痛にゆがむ様子を示すのだ。するとそれを見た予の国の住人たちは、動揺し、戦慄し、恐れおののき、恐怖にかられて罪深い行いを思い止まろうとするのだ。予はこうした方便によってこれらの衆生を導き、一切苦のない一切智者の楽しみに立たせるのだ。予はただ一人の衆生といえども何も傷つけたりはしていないぞ。そんなことをすれば自分が来世で無間地獄に堕ちてしまう。
善財くんが結跏趺坐しているのを初めて見た。
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| 華厳五十五所絵巻 18 無厭足王 新・善財童子 求道の旅より | 
善男子よ、このように予は幻という菩薩の解脱を会得しているが、それだけにすぎぬ。行け。これより南にスプラバ、すなわち妙光という都城があって、そこに大光という王が住んでいる。かの王にも尋ねてみるとよかろう」
善財童子は無厭足王の幻の智の不可思議なることに想いを残しながらまた旅に出た。
まだ南へ。
19 大光聖王(マハープラバ) 
スプラバ(妙光)城の王宮において、「大慈の旗印」という菩薩行の智の光明の門を知り、すべての恐怖や災難を鎮める(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)
目指すは妙光城である。近づくとそれはすばらしい都城であった。水を満々と湛え、青や赤や黄や白の蓮華が咲き乱れる七重の濠が周囲をめぐり、金剛宝石からなる七重の城壁が取り巻く。市街は整然と八つの街区に分けられ、その間を大通りが縦横に走っている。各街区には、 美しい摩尼宝石で飾られ、色とりどりに輝く無数の楼閣が高く聳えている。
だが善財童子はその豪華さに心奪われることなく、ただひたすら大光聖王にお会いしたいと、道行く人に尋ね尋ねて、とある十字路に面した塔廟にやって来た。するとそのなかほど摩尼宝石の基壇のうえに、瑪瑙の柱で支えられ、瑠璃の瓦の屋根で覆われた瀟洒な禅堂が建っている。近づくと、ジャンプ河産の黄金で織られた錦地の法座に、大光聖王が結跏して坐って王の身体からは黄金の輝きのような燦然たる光が放たれている。
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| 華厳五十五所絵巻 19 大光聖王 新・善財童子 求道の旅より | 
善財童子が大光聖王の前に進み、合掌して来意を告げると、王は話をしてくれた。
善財くんはきりっとした表情をしている。
「善男子よ、予は大慈の旗印という菩薩行、すなわち大慈幢行を修め、 体得することができた。予は幾百千と知れぬ仏たち、不可説数の仏たちのもとでこの大慈幢行という菩薩の法門について問い、考察し、探求し、浄化し、多様化し、体系化して菩薩行として完成させたのじゃ。そのことによって予は王となり、法による王国の統治、法による恵みの施与、 法による領国の巡行、法による衆生の教導、法による衆生への対処、衆生に対する法の真理の説諭を行って、人々に大慈の心を起こさせ、安楽に導き、輪廻の執着から離れさせ、人々の心の海を鏡の如く澄み切ったものにさせたのじゃ。
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| 華厳五十五所絵巻 19 大光聖王 新・善財童子 求道の旅より | 
かつて予の領国に住む衆生たちは、村といわず町といわず都といわず、ありとあらゆるところで五濁に汚れておった。
そこで予は領民への慈愛から、世間の人々がそれぞれ能力を発揮し、正しい世に迎えるよう禅定に入ったのじゃ。するとこれまで悩み、おののき、口論し、確執に心も錯乱していた衆生諸々の害意を鎮め、寂静に安住するようになったのじゃ。
善男子よ、そのころの予の領国の五濁悪世は、このようにして予の大慈の三味によって消滅したのじゃ。
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| 華厳五十五所絵巻 19 大光聖王 新・善財童子 求道の旅より | 
だが、予はこの大慈を旗印とする菩薩行の法門を知ってはいるが、そのほかの菩薩の三昧については語ることができぬ。行け。これから南の方にスティラー、すなわち安住といろへ行って尋ねてみよ。王城があり、そこに不動という優婆夷が住んでいる」
まだまた南へ。
20 不動優婆夷(アチャラー) 
王都スティラー(安住城)の父母の家において、「無敵の智の蔵」という菩薩の解脱門を得て、不可思議な奇蹟を示す(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)
やがて王城に近づいた善財童子は、不動優婆夷はいずこにお住まいかと、道行く人に尋ねた。すると、「その信女ならば自分の家で両親と共に暮らし、人々に法を説いています」
という。教えられるまま不動優婆夷の屋敷に近づくと、善財童子の心は不思議と軽やかとなり、喜びが湧き上がってきた。屋敷の前に立つとあたり一面が光り輝いている。
善財童子はまだ幼な顔の残る不動優婆夷の美しさを称え、来訪のわけを伝えた。
「善男子よ、よくぞお出で下さいました。私は無敵の智慧蔵という菩薩の解脱門を得ております。
「善男子よ、遠い過去世において、かつてプラランババーフという世尊が世に出現されたとき、私は電授王の一人娘でした。ある夜城門が閉ざされ、楽の音も止み、両親も侍女たちも寝静まったとき、私は眠れぬまま、星空を眺めていました。すると天空に多くの神々や菩薩たちに囲まれたかのプラランババーフ世尊が、大きな光網を身にまとい、妙なる芳香を放ちながら中天に佇んでおられるのが見えたのです。
『娘よ、あなたは諸々の煩悩を除くための不屈の心、諸々の執着を離れるための不敗の心、深遠な法の真理を悟るのに畏縮せぬ心、邪悪な願いをいだく衆生の海に落ちても動じることなき心、あらゆる仏にまみえようと飽くことなく願う心、あらゆる如来の法輪を保持する心、そうした諸々の心を起こしなさい』と。そこで私はプラランババーフ世尊のもとで、一切智を求める心、それもどんな煩悩でも損なわれず、どんな鋭い刃でも傷つけられない金剛のような心を起こしました。
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| 華厳五十五所絵巻 20 不動優婆夷 新・善財童子 求道の旅より | 
「善知識さま、無敵の智慧蔵という菩薩の解脱門とはどのようなものなのでしょうか。堅固なる誓いに支えられた菩薩の行門とは、また一切法の平等地の陀羅尼門、一切法の照明の弁才門、一切法を求めるに疲厭なき荘厳の三味門とは、どのようなものなのでしょうか」
「善知識さま、ぜひともそれを私にお見せ下さい」
そこで不動優婆夷はそのまま、坐ったままで禅定に入り、無敵の智慧蔵という菩薩の解脱門を初め、法の追求に疲厭なき荘厳の三味門ほか、幾百という三昧門を考察し、瞑想した。するとどうしたことか、善財童子に、十方の微塵に等しい世界が瑞兆を現わし、世界が清らかな瑠璃でできいるのが見えたのである。また各々の世界には、百億の四大州があり、 百億の如来がおられるのが見えた。ある如来は兜率天のすばらしい宮殿のなかにおられ、ある如来はまさに涅槃に入ろうとされているのが見えた。輪を転じておられるのであった。深い三味から覚めた不動優婆夷が、夢うつつか、半ば放心したかのように佇む善財童子に声を掛けた。
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| 華厳五十五所絵巻 20 不動優婆夷 新・善財童子 求道の旅より | 
「善男子よ、私はこのように堅固なる誓いに支えられた菩薩の行門を学び、無敵の智慧蔵という菩薩の解脱門に安住して、あらゆる法の平等性、智の光明のすばらしさを説き、それによって衆生を満足させることができます。しかしながら金翅鳥王のように、悟りに近づきながらなお苦海に溺れる衆生を救うために海に潜ったり、日輪のように、衆生の煩悩の汚泥を乾かすために天空に昇られるといったような菩薩たちの功徳については語ることができません」
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| 華厳五十五所絵巻 20 不動優婆夷 新・善財童子 求道の旅より | 
不動優婆夷に「ここより南にアミタトーサラ国というのがあって、そこのトーサラ、都薩羅城に遍行という遊行者が住んでおられます。この方は仏教徒ではありませんが、菩薩行とはいかなるものか教えてくれるでしょう」と教えられ、善財童子はトーサラに向かった。
また南へ。
21 遍行外道(遊行者サルヴァガーミン)
アミタ・トーサラ国のトーサラ(都薩羅)城の北のスラバ(善得)山の経 「あらゆる衆生に合わせる」という菩薩行によって、「あらゆる普門を観察する光明」という三味門を具え、すべての衆生の利益を図る(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)
都薩羅城に着いて、真夜中近く、うっそうとした樹林を抜け、その山に近づいて行くと、まるで太陽が昇ってきたかと紛うほど照り輝いている。もしやと思って急ぎ崖をよじ登り、中腹までやって来た。そこにはまさしく、梵天王にもまさる威光で光り輝く遍行聖者がおられるではないか。聖者の周りには多くの神々が付き随っている。聖者はどうやら経行をされているようである。瞑想しながら反復を繰り返すという歩みを進めておられた。善財童子は邪魔しては失礼かと思いながらも、出会えたことの喜びのままに駆け寄った。 
「善男子よ、私はどんな人に対してもその人に合わせて法を説くという菩薩行を行って、世間のあらゆることを観察する三味門を成就し、無を依り所として業をつくらない神通力を具えることができました。
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善男子よ、このジャンブ州には六師外道といって、96にものぼる異教徒の宗団がありますが、種々の見解に執着した彼らのなかでも、私はそれぞれの見解に合わせて法を説き、彼らを成熟させるのです。いやこのようなことは単にジャンブ州のなかだけではありません。
四大州のすべてにおいても、さらに三千大千世界においても同じことで、種々の方便によってあらゆる衆生に利益をもたらすのです。
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だが私にはそれ以上のことはできませんし、他の菩薩のことについては語ることはできません。行きなさい。ここより南の方にプリトラーシュトラ、すなわち広大という国があって、そこに優鉢羅花という長者がこうだい住んでおられます。その方に尋ねてみて下さい」 
善財童子は仏教徒以外の修行者でも立派な方がおられるものだと感心しながら、繰り返しお礼を述べ、聖者のもとを立ち去った。
やはり南へ。
22 優鉢羅花長者(香料商ウトパラブーティ)
プリト・ラーシュトラ(広大)国において、すべての香料のことを知り、すべての衆生を金色の華で飾る(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)
善財童子は歩き続ける。善財童子は生への楽しみや執着に顧みることなく、ただひたすら衆生の浄化に、尊崇をいだく如来との出会いに、すべての菩薩の功徳にとのみ心を注いで、広大国へと歩を速め、優鉢羅花長者を探し求めた。長者はどんな香料にも通じている有名な商人であった。広大国に着き、やっとめぐり会えると、長者は侍者を控えさせ、大きな礼盤に坐っていた。善財童子はつかつかと進み寄り、教えを乞うた。
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「善男子よ、しかし、儂は香料にまつわるものならともかく、それ以外の菩薩の功徳については語れるほどの知識はもちあわせていないのじゃ。 ここより南の方にあるクータガーラ、すなわち楼閣という名の都城に婆施羅という船師が住んでいる。その方を訪ねてみられてはいかがじゃろう」
同書は、経文には優鉢羅長者その人の描写は何もない。蓮華型の冠は画家の創意によるものであろうという。
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| 華厳五十五所絵巻 22 優鉢羅花長者 新・善財童子 求道の旅より | 
善財童子は、さすがに高名な香料商だけあってよくご存知だ、とりわけ天界の香料の効能には思いも及ばなかったと感服し、香料の世界の奥義に触れた喜びを胸にいだきながら、また新たな旅に出た。
インドという国はよほど広大で、まだ南に国があるという。
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参考サイト
印度學仏教學研究第41巻第2號「華厳経入法界品と南インドの地名について」 彦坂周著 1993年 
参考文献
「新・善財童子 求道の旅-華厳経入法品・華厳五十五所絵巻より-」 森本公誠 2023年 朝日新聞社



































