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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。
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2026/07/21

旅する善財童子 45-55


『新・善財童子 求道の旅-華厳経入法品・華厳五十五所絵巻-』(12世紀末、以下『新・善財童子』)の図版と本文、時には梵文和訳 華厳経入法界品(下)などから引用して作成しています。

遍友童子にカピラ城内にいる善知衆芸覚童子に会いに行くよう勧められて訪ねていった。

45 善知衆芸覚童子(長者の子シルパービジュニャ)
カピラヴァストゥ城において、「工巧に通じた」という菩薩の解脱を得、四十二字門に通暁している(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

「善財君、自分は様々な学芸に通じたという菩薩の解脱を会得している。それによって般若波羅蜜門に入れるのだが、それには一つひとつ根本の字母を唱えることだ。
たとえば、阿字を唱えると無差別の境界という般若波羅蜜門に悟入する・・・
というように、善知衆芸覚童子は梵字のもつ神秘性を説いた。
二種の木にあるのは花だろうか、紅葉した葉だろうか、地面にも散っている。
華厳五十五所絵巻 45 善知衆芸覚童子 新・善財童子 求道の旅より

しかし自分は他の学問のことは何も知らないのだ。このマガダ国はヴァルタナカという都城に賢勝という優婆夷が住んでいるからその信女に聞いてみたらどうかね」
この絵で見る限り、善知衆芸覚童子は善財くんよりも年長のようだ。
華厳五十五所絵巻 45 善知衆芸覚童子 新・善財童子 求道の旅より

マガダ国内のヴァルタナカに行くことになった。


46 賢勝優婆夷(バドローッタマー)
マガダ国のケーヴァラカ(有義)地方のヴァルタナカ(婆吧那)城において、「無依所の輪」という法門を知って、無礙三味を体得する(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

善財童子はまた旅に出た。マガダ国のヴァルタナカ城に着くと早速賢勝優婆夷に会った。温容という言葉がよく似合う信女であった。善財童子の問いかけに彼女は要点をかみ砕いて答えた。
これまでもそうだったが、どの葉も赤く染まっていて、その中で賢勝優婆夷は三曲の屏風に囲まれて坐っている。小鳥はいないけれど。
華厳五十五所絵巻 46 賢勝優婆夷 新・善財童子 求道の旅より

「善財よ、私は無所依の輪という法門をよく知っていて人にも説くのですが、無礙の三味にも通暁しております。
だけど私がお話できるのはこれだけです。 
行きなさい、善男子よ。かの南の地方にバルカッチャという都城があり、そこの堅固解脱長者に菩薩行の実践について尋ねてごらんなさい」
屏風にはなだらかな山々が描かれている。
華厳五十五所絵巻 46 賢勝優婆夷 新・善財童子 求道の旅より

南の地方にあるバルカッチャという都城に行くことになった。


47 堅固解脱長者(金細工師ムクターサーラ)
バルカッチャ(沃田)城において、「無礙の憶念の荘厳」という菩薩の解脱を知り、十方の如来の足下で法を探求する(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

堅固解脱長者のおられるバルカッチャ城を目指し、善財はまた南に向かった。聞くと長者は金銀細工師だという。
都城に着くと、長者は床几の上に安坐し、瞑想にふけっていた。善財童子の問いかけに長者は答えた。
華厳五十五所絵巻 47 堅固解脱長者 新・善財童子 求道の旅より

「善財よ、儂は無礙臆念の荘厳という菩薩の解脱に通達しておる。それからというもの、儂は一切の如来のもとで、正法を求めて休むことなく、ただ浄らかな念いを懐き続けるだけじゃ。
華厳五十五所絵巻 47 堅固解脱長者 新・善財童子 求道の旅より

この同じ城内に妙月という長者が住んでおる。その住居は輝くばかりじゃ。この方に尋ねてみるとよい」
近くでよかった。


48 妙月長者(スチャンドラ)
同じバルカッチャ城において、「汚れなき智の光明」(浄智光明/)という菩薩の解脱を体得する(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

善財童子は急ぎその住居を訪ねた。なるほど立派なお屋敷だ。庭にはいずれからともなく花の香りが馥郁とただよい、孔雀や瑞鳥が遊んでいる。
「善財よ、感心じゃのう。儂は無垢な智の光明という菩薩の解脱を知っているだけじゃ。
華厳五十五所絵巻 48 妙月長者 新・善財童子 求道の旅より

儂には無量の解脱を体得した菩薩たちの功徳など、語りようがないのじゃ。この南にロールカという都城があるからそこの無勝軍という長者を訪ねるとよい」
長者はそう言って更なる旅を勧めた。
華厳五十五所絵巻 48 妙月長者 新・善財童子 求道の旅より

『華厳五十五所絵巻』は淡彩ながら、自然描写も豊富で美しいし、鳥が描かれていることもあって、見ていて楽しい。
華厳五十五所絵巻 48 妙月長者 新・善財童子 求道の旅より

また南へ行くことになった。ロールカ城が近くにあるといいね、善財くん。


49 無勝軍長者(アジタセーナ)
ロールカ(出生)城において、「無尽の相」という菩薩の解脱を得、仏にまみえる無尽の蔵を体得する(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

善財童子はロールカ城を目指し、また南への旅に出た。無勝軍という長者に会うためである。城内に入り、しばらく行くと、長者は大きな木の下に佇んでいた。誰かを待っている風であった。
華厳五十五所絵巻 49 無勝軍長者 新・善財童子 求道の旅より

「善財よ、儂は尽きることのない姿、無尽相という解脱を会得しているのみじゃ。これで無量の仏にまみえることができる、そうした無尽の蔵をもっている。ただそれだけのことよ。行かれよ、善男子。この南のダルマ村に住む最寂静という婆羅門僧のところへ」
華厳五十五所絵巻 49 無勝軍長者 新・善財童子 求道の旅より

やっぱり南へ行くんだね。最後には善財くんのふるさとに戻ったりして。


50 最寂静婆羅門(シヴァラーグラ)
悟りへはただ真実にかけての誓いあるのみ(『新・善財童子』より)

善財童子は南に向かい、ダルマ村にいる最寂静婆羅門を訪ねた。
「善財よ、儂は真実の決断によって行動する。
真実にかけて、真実語にかけてと、過去、現在、未来のいずれの菩薩も、この語をもって誓えば、無上の悟りから退転することがなかろう。儂も真実語の決断にかけてと誓うので、どんな願いもかなえられるのじゃ。善財よ、儂はこの真実語の決断を知るのみじゃ。
最寂静婆羅門は床几ではなく、地面に敷いた毛氈の上で寛いでいた。
華厳五十五所絵巻 50 最寂静婆羅門 新・善財童子 求道の旅より

行かれよ、善男子。南にスマナームカという都城があり、そこに徳生という童子と有徳という童女が住んでいる。菩薩行について尋ねられるがよいぞ」
華厳五十五所絵巻 50 最寂静婆羅門 新・善財童子 求道の旅より

南のスマナームカ都城へ


51 徳生童子と有徳童女
幻住という菩薩の解脱を得ている。一切世間は幻のごときもの(『新・善財童子より』)

善財童子はまた南へ南へとの旅に出て、ようやく最寂静婆羅門のいうスマナームカ城にたどり着いた。目指す徳生童子と有徳童女はと城内を探すと、二人はとある木立から現われた。
「私たち二人は菩薩の解脱を得ております。幻住とでも言いましょうか。
一切世間は夢、幻のごときもの。すべては幻の因縁から生じた幻なのです。
華厳五十五所絵巻 51 徳生童子と有徳童女 新・善財童子 求道の旅より

ただ私どもはこのことを知っているだけなのです。やはり弥勒菩薩さまにお聞きになるのがよろしいでしょう。この南にサムドラカッチャという国があり、そこの大荘厳園にビルシャナ荘厳蔵という楼閣があって、そこに住んでおられます。きっとあなたの善根を法水で潤し、菩提心を育て、あなたの求道の心をしっかりとしたものにして下さるでしょう」
弥勒菩薩は今は兜率天に住んでいて、五十六億七千万年後に現れるという未来仏ではなかったかな?
華厳五十五所絵巻 51 徳生童子と有徳童女 新・善財童子 求道の旅より

こうして善財は二人の教えに得心して去った。


52 弥勒菩薩1
海岸国は、4番目の善住比丘(スプラティシュティタ)では、ランカー島への途上にあるサーガラ・ティーラとされていたが、ここではサムドラカッチャになっている。

今度はサムドラカッチャ、すなわち海岸国を目指し、さらなる旅を続けた。

未来の果てまで菩薩の願いを宿す、菩薩の道を究めて衆生に教えを説き、如来にまみえて仏法をしっかりと身につけ、あらゆる仏国土を経めぐって説法者に仕え、すべての善知識にまみえて仏徳を会得する、そうした菩薩としての願いと智慧を宿す身体ともなりうるのだ。そう思念するのであった。するとそのとき、善財童子には不可思議な善根がいっそう強く根づいていたのである。
すべての菩薩と同じ衆生を思う心、すべての菩薩が住まう如来の家への思い、すべての仏と菩薩は威神力と菩提を示して一毛端においても遍在していないところはないという想い、そうした諸々の思念を深めて歩き続け、ついにビルシャナ荘厳蔵という大楼閣の前に到った。善財童子はその心のまま、門前で五体投地の礼をした。
五体投地を繰り返すうち、すべての如来の足下に、すべての菩薩の面前に、すべての善知識の住居に、すべての聖者、すべての師、父母の面前に、みずからの威神力によってみずからの姿を現わすことができた。ビルシャナ荘厳蔵大楼閣の前で行っていると同じように、これらすべての、遍満するありとあらゆる法界において五体投地の礼を行っているおのれの姿を現わしたのである。

このように思惟を重ね重ねて行くうちに、善財童子の全身には歓喜がみなぎり、その境地のまま、目の前の大楼閣に住まいする人々のことを合掌して思った。とりわけ弥勒菩薩のことを思った。かの大楼閣は、空、無相、 無願の境地にある人、法界に区別なきことを知る人、一切法の不生を知る人、いかなる世間にも執着しない人、いかなる群れ集いにも頼らない人、あらゆる煩悩を離れて無念無想の境地にある人、一切の分別の業を断じた人、深遠な智慧波羅蜜に入れる人、方便をもってよく普門の法界に住まいする人、禅定、解脱、三昧、正定、神通力、明智のいずれをも自在にこなして遊ぶ人、いかなる菩薩の三味の境地をも修習できる人、一切諸仏の足下に安住する人、そうした人々の住居であると。善財童子はさらに念ずる。 
かの大慈大悲の光輝を具えた弥勒菩薩、世間の人々を救わんと励み来たりて灌頂 の位に到り、如来の境界に思いをはせてここ大楼閣に住まいせん。
華厳五十五所絵巻 52 弥勒菩薩1 新・善財童子 求道の旅より

されど今我は無礙なる境界を楽しまれている方々のこの住居に合掌し、かの諸仏のなかの長子、比類なき智慧に恵まれた弥勒菩薩に恭敬して思いを凝らさん。願わくは顧を垂れて我を念じ給え。
この大楼閣の中に住まう人たちの姿が透けて見える。
華厳五十五所絵巻 52 弥勒菩薩1 新・善財童子 求道の旅より


53 弥勒菩薩2
毘盧遮那仏とは華厳経において中心的な存在。

善財童子はビルシャナ荘厳蔵大楼閣に住まいする菩薩方を讃嘆し、合掌し、そのうえで、弥勒菩薩にまみえ、おそば近くに仕えたいと念じた。すると、大楼閣の向こうの方から、突如、幾百千もの天王、龍王、それに夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽といった異形の神々のそれぞれの王たちに取り巻かれ、梵天、婆羅門衆その他無数の眷属たちを従えて、かの弥勒菩薩がこちらに来られるではないか。善財童子は狂喜して五体投地の礼をした。 
弥勒菩薩は眷属たちの方に振り返り、右手で善財童子を指し示すと、厳かな声で讃えた。
見よ、この善財は心浄く、至高なる菩提を求めて我がもとに来たれり。
華厳五十五所絵巻 53 弥勒菩薩2 新・善財童子 求道の旅より

善財童子は諄々と告げられる弥勒菩薩の言葉を聞いて、喜びのあまり感涙にむせび、体を震わせ深く深く合掌した。
「弥勒菩薩さま、あなたはこの一生だけ輪廻に縛られてはいるものの、次には悟りを得て仏になられるお方だと聞いております。どうかお教え下さい。どのようにすれば偉大な菩薩行を成し遂げ、諸々の如来方にかなう法眼を得られましょうや」

「善財よ、汝はその清浄なる徳により、深信なる道心により、一切の仏たちによってよく見守られている。汝は無上の悟りを求めて誓願を立て、菩薩行を修めて無量の功徳を積んできた。汝はさらに菩薩行の完成について問うた。
行け。ここなるビルシャナ荘厳蔵大楼閣に入り、そのことを観察するがよい」
弥勒菩薩はそう告げるや楼閣の門前に立ち、右手で弾指の音を立てた。すると門はゆっくりと開いた。善財童子が入る。途端に門はぴたりと閉じた。

善財童子はじっと目を凝らした。なんと大きくて広い堂内だろう。まるで虚空界のようである。なかには無数の幢幡、無数の瓔珞で飾られ、無数の真珠や宝石が燦然ときらめく。色とりどりの絹の帯、絹の幕、金糸の網も掛けられている。無数の鐘、無数の鈴が妙なる響きを奏でて、天上の華が雨あられと降りしきる。

善財童子は歩く。宝石の樹木が、宝石の円柱が、宝石の欄楯が、宝石の通路が、宝石の宮殿が現われ、無数の蓮池には宝石の赤蓮華、宝石の白蓮華が咲き乱れる。宮殿は一つだけではない。大楼閣のなかには、同じようにして荘厳された楼閣が整然と立ち並んでいる。善財童子はビルシャナ荘厳蔵大楼閣の不可思議な神変を見て喜びに心が溢れ、ひたと額ずいて五体投地の礼をした。すると、無数の楼閣のなかのすべてに自分自身がいるのが見えた。弥勒菩薩の威神力によるのであった。 

善財童子はさらに進む。中央にはこれまで見たどの楼閣よりも広大無辺な大楼閣が立っていた。善財童子はそのなかに三千大千世界を見、幾百千の兜率天の宮殿を見た。弥勒菩薩が生まれて蓮華のなかにおられ、梵天に見守られて七歩踏み出し、成長して出家し、苦行を重ねて菩提道場に近づき、菩提樹下で魔を降し、悟り、大梵天に勧請されて法輪を転じておられる。善財童子は弥勒菩薩のそのすべての場面にみずからの姿を見出し、その足下にいるのに気づいた。善財童子は弥勒菩薩の行くところ、弥勒菩薩の説くところ、弥勒菩薩の禅定するところ、そのすべてに身近く接し、耳を傾け、目の当たりにし、ときには弥勒菩薩の荘厳を手にし、香りを感じている。

すべての場面を、善財童子は弥勒菩薩の威神力によって瞬時に悟ったのである。そのとき、すでに大楼閣のなかに入っていた弥勒菩薩は、ふたたび弾指の音を立てた。善財童子が三味から出てわれに返ると、弥勒菩薩が励ましの声を掛けた。

我はこのビルシャナ荘厳蔵大楼閣に住し、兜率天に住して、あるときは衆生を教化し、あるときは天人を教化し、あと一生だけ輪廻に縛られた他の菩薩たちとともに、いまや悟りへの道を成就せんとする者を讃嘆して、諸相を示現するのである。我は時到って願いがかない、一切智を悟るであろう。 
華厳五十五所絵巻 53 弥勒菩薩2 新・善財童子 求道の旅より

善財よ、汝は悟りを得た我を、文殊師利菩薩とともにふたたび見るであろう。行け、文殊師利菩薩のもとへ」
文殊菩薩って、最初に善財くんが出会った菩薩だったね。
シュラーヴァスティー(舎衛城)の郊外にある大荘厳重閣におられたシャカムニ世尊のもとを去って、遊行のため南方へと向かわれた。そしてダニヤーカラで「どうか私に解脱の門を開き、悟りへの乗物をお与え下さい」と嘆願した善財くんに、普賢行を教示してくれる南にいる善知識を教えてくれたのだが、一人の善知識を探し当てると、別のもっと南にいる善知識を教えてくれるということを繰り返して、やっと弥勒菩薩に会うことができたのだった。
それなのにその文殊菩薩に再び会えとは。


54 再見文殊師利
弥勒菩薩のもとを辞して善財童子はふたたび遊行をはじめた。およそ百十の都城を訪れたであろうか。普門国のスマナームカ城に到り、文殊師利菩薩にはいつお会いできるだろうかと、思慕も深く佇んでいた。
華厳五十五所絵巻 54 再見文殊師利 新・善財童子 求道の旅より


突如、文殊師利菩薩がはるか千里のかなたから、するすると手を伸ばし、スマナームカ城にいる善財童子の頭をなでて声を掛けた。
「でかしたぞ、善財童子。並の者ではこの法性は理解も分別もできないであろう」 
そう褒めるや、善財童子のところに来って、無数の法門、無限の智の光明を得させた。そして最後に童子のもとに普賢行願輪を置くやそのまま立ち去った。普賢菩薩に会うようにとの暗示であった。
華厳五十五所絵巻 54 再見文殊師利 新・善財童子 求道の旅より


55 普賢菩薩

善財くんはすべての善知識の教えを受け入れ、一切智を悟れる者となるために、艱難辛苦をものともせず、大悲の願いを秘めてこれまでやって来た。弥勒菩薩は言われた。そのすべては文殊師利菩薩の威神力のお蔭なるぞと。その文殊師利菩薩が突如現われ、私を褒めて下さった。なんと有難きこと。そのうえ、ついに普賢菩薩にお会いするようにとお許し下さった。普賢菩薩さまとはどのようなお方であろうか。
善財童子はいつのまにかあの金剛蔵菩提道場のビルシャナ如来の獅子座の前にいた。

毘盧遮那如来(中央)、獅子座の普賢菩薩(向かって右)、文殊師利菩薩(同左)の釈迦三尊
華厳五十五所絵巻 55 普賢菩薩 新・善財童子 求道の旅より

一心に普賢菩薩を念じ、普賢菩薩の境界を求め、普賢菩薩にまみえたいと不退転の決意をもって念じ続けた。すると、まるで霧が晴れるかのように、ビルシャナ如来のかたわら、宝蓮華の獅子座に坐り、菩薩衆に囲まれ、説法されている普賢菩薩のお姿が善財童子の眼前に現われたのである。
華厳五十五所絵巻 55 普賢菩薩 新・善財童子 求道の旅より

善財くんは、普賢菩薩の境界はなんと広大無辺、多種多様であろう。感歎しながら、さらに幾度も 普賢菩薩のお身体を観想した。すると一々の分身、一々の毛孔から三千大千世界の風輪、水輪、地輪、火輪、大海、大河、大州、須弥山、鉄囲山が次々と現われ、まるで俯瞰図を見るかのように、村里、町並み、都市、宮殿、林苑が目に映った。ついで空中から降り地上に迫ると、街道には衆生の往来が、衆生の生業の喧噪が、衆生の悲喜こもごもの声が聞こえてきた。それだけではない。地獄や餓鬼畜生の世界、死をつかさどる閻魔大王の世界など、冥界のことごとくが見え、さらに諸々の天界が見え、欲界、色界、無色界の領分、日月星宿、風雲雷電、森羅万象のことごとくが、普賢菩薩のお身体から化現するのを見たのである。
そのように観想するや否や、善財童子はすでに十種の智波羅蜜住を体得していた。
一刹那のうちに普賢菩薩行を直証するという智波羅蜜住を善財童子は体得したのである。そのとき、普賢菩薩が右手を伸ばし、善財童子の頭をなでられた。その途端、善財童子は一切仏国土の微塵数に等しい三味門を得て、その微塵数に等しい世界海に悟入した。着財童子には、一切智を得るためになくてはならない資質が、いまだかつてないほどに具わったのである。
華厳五十五所絵巻 55 普賢菩薩 新・善財童子 求道の旅より

善財童子は一心に普賢菩薩の色身を観想した。すると、その一々の毛孔中に、み仏の出現せる不可説数の仏国土が見えてきた。そこに現われた世界は、もはや筆舌に尽くし難いものであった。善財童子は普賢菩薩の教えに導かれて、普賢菩薩の身中にあるすべての世界に悟入し、衆生たちを教化した。自分はこれまで多くの善知識にまみえ、教えを受けて功徳を積んできた。だが、普賢菩薩により得られたものに比べれば、なんと微々たるものか。

善財童子は、普賢菩薩の毛孔中の仏国土を歩みはじめた。
次第に進み行きて、善財童子はついに普賢菩薩の行願海に達した。普賢菩薩と等しく、また一切如来と等しく、善財童子の一身は一切世界に充満し、行も神通も、法輪も弁才も、言葉も音声も、大悲も不可思議なる解脱の自在も、ことごとく相等しい域に達したのである。

そして普賢菩薩は、お傍に仕える諸々の菩薩たちに、「汝ら諦けく聴け。余はまさにみ仏の功徳海を説かんとす」と告げて、
「世尊は十方世界に遍満し、衆生の一切の業、衆生の一切の煩悩を観察し、自在力をもって済度して清浄ならしめ給う。汝らまさに聴くべし。世尊は仏道を成じてすでに不可思議の永劫を経る。・・・世尊の功徳海は説き尽くすことあたわず。汝らもしこの法の功徳を聞き、歓喜して信解の心を生ずる者あらば、讃えるところのままにまさに心中に刻むべし。慎みて疑念をいだくことなかれ」と毘盧遮那世尊の素晴らしさを蕩々と説かれた。

というところで終わっている。善財くんはその後どうなったのかは記されていない。



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参考文献
「新・善財童子 求道の旅-華厳経入法品・華厳五十五所絵巻-」 森本公誠 2023年 朝日新聞社


2026/07/14

旅する善財童子 34-44


『新・善財童子 求道の旅-華厳経入法品・華厳五十五所絵巻-』(12世紀末、以下『新・善財童子』)の図版と本文、時には梵文和訳 華厳経入法界品(下)などから引用して作成しています。

彦坂周氏の印度學仏教學研究第41巻第2號「華厳経入法界品と南インドの地名について」は、第三十師が南方堕落鉢底城 Dvaravatin でそこが南端となっており、そこより南方は大海であるため、第三十一師以後は再び釈尊の教化された地である北インドの摩蜴提国に戻っている。
華厳経入法界品における善財童子の南行は南インドの新興商業都市に大乗仏教が広まっていった跡付けを象徴的に表わしているのではなかろうか。そしてこの大乗の教法を正統づけるためにインド最南端まで行った後、再び仏教の聖地北インドに戻っているのであるということで、長い年月をかけてインドの南端まで辿り着いたのに、第三十師の大天神(マハーデーヴァ)にインド北部のマガダ国へ行くように言われ、善財くんはマガダ国を巡ることになった。

同じマガダ国の菩提道場のすぐ隣へ。
第二の夜の女神の勧めに従って、善財童子は喜目観察衆生という夜の女神に会うために、世尊の説法会の方へ向かった。

34 喜日観察衆生主夜神(第三の夜の女神プラムディタ・ナヤナ・ジャガッド・ヴィローチャナー)
第二の女神のすぐ横にいて、「普く優れた喜びの広大で無垢の勢いの幢」という菩薩の解脱を得、あらゆる衆生を教化し成熟させる(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

喜日観察衆生主夜神はそこに臨んでおられるとのことであった。女神の方ではすでに善財童子がやって来ることに気づいており、童子が一歩でも二歩でも無上の悟りに近づけるようにと、みずからもしっかりと心構えをして待った。
善財童子が近づくと、女神は立派な蓮華の獅子座に端坐し、喜びが無限に溢れる大勢力普喜幢という菩薩の解脱に入っていた。
華厳五十五所絵巻 34 喜目観察衆生主夜神 新・善財童子 求道の旅より

善財が合掌しもうくてよく見ると、女神のあらゆる毛孔から妙なる雲気が立ち昇っている。しかも、それは様々な形をなす雲となってあらゆる衆生を喜ばせ、楽しませながら何事かを語り、何事かを説いているようであった。雲に照らし出されているのは波羅蜜行の教えか。
夜の女神の喜目観察はこのような十種の波羅蜜の行を説き明かしたのであるが、しかしこれだけに止まらなかった。

華厳五十五所絵巻 34 喜目観察衆生主夜神 新・善財童子 求道の旅より

布施、持戒、忍辱、精進、禅定、般若、方便、願、力、智の十種の各波羅蜜であって、善財童子はこの女神の会得していた広大無辺な智波羅蜜と結びつく、さらにありとあらゆる菩薩の法までをも目の当たりにしたのである。
「女神よ、あなたは無上の悟りに安住されてからどれほどの時が流れ、あなたがこの大勢力普喜幢という菩薩の解脱を得られてからどれほどの時が過ぎたのでしょうか」 
華厳五十五所絵巻 34 喜目観察衆生主夜神 新・善財童子 求道の旅より

「・・・・、私はこうしてこの大勢力普喜幢という菩薩の解脱を会得したのでした。
善財よ、私はただこの菩薩の解脱を知っているだけです。私のすぐ隣、やはり如来の説法会に普救衆生妙徳という名の夜の女神が来ておられますから、尋ねてみられるとよいでしょう」
如来の説法会に来ている普救衆生妙徳の元へ。


35 普救衆生妙德主夜神(第四の夜の女神サマンタ・サットヴァ・トラーノージャッハ・シュリー)
第三の女神のすぐ隣にいて、「一切世間に現前して(如来が)世の衆生を教化する様子を示現する」菩薩の解説を得、無数の仏に奉仕する(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)
童子は、このとき究竟清浄輪という三味を体得していた。

第三の夜の女神に教えられた通り、善財童子は次なる夜の女神、普救衆生妙徳に近づいた。すると女神は、完全な相好を具えたみずからの姿を現わすや、眉間の白毫から一条の光をささっと放った。それはあまねき智慧が焰となって一切世間を照らし出す、無垢そのものの光であった。眉間から放たれた光は善財童子に届き、童子の全身はその光に包まれた。
華厳五十五所絵巻 35 普救衆生妙德主夜神 新・善財童子 求道の旅より

その途端、善財童子は目の前に広がる山野の、すべての微塵のなかの一々の微塵において、仏国土の微塵の数に等しい世界が生成し、消滅するのを見た。
童子は、このとき究竟清浄輪という三味を体得していたのである。
華厳五十五所絵巻 35 普救衆生妙德主夜神 新・善財童子 求道の旅より

「善財童子よ、あの折の私の父、転輪聖王はビルシャナ宝蓮華蔵妙吉祥髻といい、その王妃は具足円満吉祥面というのですが、実は転輪聖王は弥勒菩薩その方であり、王妃は私のすぐとなりに坐っておられる寂静音海という夜の女神、主夜神なのです。王女の私は普賢菩薩のお導きでを目の当たりにしたとき、調伏一切衆生という菩薩の解脱を会得しました。私はこの調伏一切衆生という解脱を知っているだけなのです。 
何と、この普救衆生妙德主夜神は弥勒菩薩と寂静音海という主夜神との娘だった。
華厳五十五所絵巻 35 普救衆生妙德主夜神 新・善財童子 求道の旅より

行きなさい、善財よ。まさにこの菩提道場に寂静音海主夜神がおられます。この方に尋ねてごらんなさい。いかにして菩薩行を実践すればよいかを」
善財くんは菩提道場を歩いて普救衆生妙德主夜神の母寂静音海主夜神のもとへ向かった。


36 寂静音海主夜神(第五の夜の女神プラシャーンタ・ルタ・サーガラヴァティー)
第四の女神のすぐ隣にいて、「広大な歓喜の衝動を生じる心刹那の荘厳」という菩薩の解脱を得、一切衆生に法を説き、彼らを防護する(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

「善財よ、自分は一念一念に広大な歓喜が溢れくる荘厳という菩薩の解脱を体得しておる。
善財よ、自分はこのように、一切衆生を法施によって導き、様々な苦に満ちた悪趣への道から抜け出させ、法楽の喜びを味合わせてきた。それは自分にとって、大いなる歓喜の光明の海を体得することでもあったのだ。
なんと普救衆生妙德主夜神の母寂静音海主夜神が髭面の女神とは。見上げた時に笑いそうになりませんでしたか善財くん?
華厳五十五所絵巻 36 寂静音海主夜神菩薩 新・善財童子 求道の旅より

「どのような修行によってその解脱を成就されたのですか」
私のようなええ加減な人間ではない善財くんにとって、主夜神に髭があるかどうかなどどうでも良いことだった。
華厳五十五所絵巻 36 寂静音海主夜神菩薩 新・善財童子 求道の旅より

「それは十種の広く無限に広がる大法蔵を修したからだ。
善財よ、もし菩薩がこれらを成就し安住できれば、自分のような解脱を体得して浄らかに成長し、堅固に出現し、大いなる完成へと持続できるというものだ。
だがそれでも、菩薩行について語り尽くせたとは言えない。
華厳五十五所絵巻 36 寂静音海主夜神菩薩 新・善財童子 求道の旅より

この菩提道場におけるビルシャナ世尊の説法会に、守護一切城増長威徳主夜神という夜神がおられる。その方に菩薩の実践について尋ねるとよい」
そこで善財くんは、寂静音海主夜神を讃嘆する詩頌を唱えてそのもとを去った。


37 守護一切城増長威徳主夜神(第六の夜の女神サルヴァ・ナガラ・ラクシャー・サンバヴァ・テージャッハシュリー)
同じ菩提道場の毘盧遮那仏の説法会の中の獅子座において、「心に適った音声の深遠な神変に入る」という菩薩の解脱を得、無上の法を摂取し、法を説く(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

近づくと、獅子の大蓮華座に坐った容貌魁偉な夜神が、 髪を逆立て睨むようにして待っていた。周りを取り囲む異形の神々も鋭い目付きをして身構えている。蓮華座の獅子さえ、今にも吼え出しそうに見える。
華厳五十五所絵巻 37 守護一切城増長威徳主夜神 新・善財童子 求道の旅より

「善財よ、よくぞ参った。儂は菩薩の甚深自在の妙音という解脱を体得しておる。
儂はあらゆる衆生にこれらの法を施し、金剛力士の如き仏力と善知識を頼りとして、一切の煩悩、一切の惑障の山を打ち破ってきた。そのようなとき、儂は十種の観察によって法界に通暁できたのじゃ。
華厳五十五所絵巻 37 守護一切城増長威徳主夜神 新・善財童子 求道の旅より

行かれよ善財、ここなるビルシャナ世尊の足下に、開敷一切樹花主夜神という夜神が来ており、菩薩は衆生をどのようにして真理に目覚めさせればよいか尋ねられよ」
華厳五十五所絵巻 37 守護一切城増長威徳主夜神 新・善財童子 求道の旅より

善財童子はこの夜神が説き明かす菩薩の解脱を聞くうちに、この甚深自在の妙音という解脱を体得して、無辺の三味門の海に入り、広大な陀羅尼門の海に入り、菩薩の大神通の光輝を得て、全身が喜びに満ち溢れて来るのを感じた。その喜びのまま、善財は守護一切城增長威德主夜神を讃嘆する詩頌を唱えて主夜神に頂礼し立ち去った。
ビルシャナ世尊の足下に来ている開敷一切樹花主夜神の許に行くことになった。


38 開敷一切樹花主夜神(第七の夜の女神サルヴァ・ヴリクシャ・プラプッラナ・スカ・サンヴァーサー)
毘盧遮那仏の足下、 第六の女神の隣で、「広大な喜びを産みだす大満足の光明」という菩薩の解脱を得、 如来の徳により衆生を包容する智慧と方便の光明をもつ(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

獅子座の礼盤上に一枝の花を手にして坐っておられた。楼閣の周りには、花開いた樹木が立ち並び、その下に異形の天部衆が合掌しながら、あるいは跨り、あるいは目を爛々と輝かせながら夜神の説法に聞き入っている。善財童子は夜神に向かって恭しく合掌した。
儂の本領は広大な喜びを生み出す歓喜の光明という菩薩の解脱を会得したことじゃ。この解脱に入れば、如来の福徳によりよく衆生を導く方便智を知ることができる。
華厳五十五所絵巻 38 開敷一切樹花主夜神 新・善財童子 求道の旅より

儂はこの世尊の威神力に支えられて、衆生たちの願いを清浄なものに、善根を修めた衆生たちが心堅固にして自在にことが運ぶようにと、そのように欲して法を説くことができるのじゃ。儂もこの境地に至るには長い長い過去世を経ねばならなかった。
華厳五十五所絵巻 38 開敷一切樹花主夜神 新・善財童子 求道の旅より

善男子よ。儂はこの出生広大歓喜光明という菩薩の解脱を知っているのみじゃ。
華厳五十五所絵巻 38 開敷一切樹花主夜神 新・善財童子 求道の旅より

行きなされ。まさにこの菩提道場に大願精進力救護一切衆生という夜神がやってきて、世尊のもとにいる。その夜神に尋ねられるとよかろう」
善財くんは続いて大願精進力救護一切衆生夜神の許へ。


39 大願精進力救護一切衆生主夜神(第八の夜の女神サルヴァ・ジャガッド・ラクシャサー・ブラニダーナ・ヴィーリヤ・プラバー)
同じ説法会の獅子座において、「あらゆる衆生を願いに応じて成熟させ、善(根)を産み出すように勧告する」という菩薩の解脱を得、一切法の自性の平等性に目覚める(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

善財童子は、開敷一切樹花主夜神から同じ菩提道場の世尊のもとにやって来ていると聞いた大願精進力救護一切衆生主夜神を訪ねた。夜神はあらゆる衆生の宮殿を映し出すという立派な獅子座に安坐し、その頭上には侍者がもつ不思議な天蓋が掛かっていた。
この女神も髭がある
華厳五十五所絵巻 39 大願精進力救護一切衆生主夜神 新・善財童子 求道の旅より

善財童子はそのような夜神の姿を見てぴたりと跪き、やおら合掌して夜神を仰ぎ見た。そうすることしばらく、突如善財童子には十種の思念が湧き上がり、善知識とあい通じる心を得たのである。
善財童子はこれら十種の浄らかな思念を得たことによって、この夜神の解脱に通じるものを仏国土の微塵数だけ得たのである。
善財童子は、そのような菩薩たちに通じあうものを数え切れないほど得たのである。童子はまさに身も心も浄らかに澄みきり、夜神に尋ねた。
「夜神よ、あなたは菩薩の不可思議な解脱を私に解き明かして下さいました。どうかお教え下さい。あなたの解脱は何と言われるのでしょうか。あなたが無上の悟りを求めて発心されてからどれほどの時が経ったのでしょうか」
華厳五十五所絵巻 39 大願精進力救護一切衆生主夜神 新・善財童子 求道の旅より

「善財よ、これはあらゆる衆生に、願いに応じて善根を生じさせるよう教化するという解脱だ。儂はこの解脱を修得したことによって、すべての法の自性の平等なることを悟り、あらゆる法の本性に入って無依の法を依り所とすることができた。もはや世間に煩わされることがないのだ。
儂が解脱を得ようと発心してからどのくらい時が経ったか、どのくらい劫が過ぎたかということじゃが、善財よ、実は菩薩たちの智の日輪はそうした分別を超えているのじゃ。
華厳五十五所絵巻 39 大願精進力救護一切衆生主夜神 新・善財童子 求道の旅より

儂はこの教化衆生令生善根という菩薩の解脱を知っているが、あらゆる世間の境涯を超越し、あらゆる言語道の方便の海をことごとく理解する菩薩たちの行についてはよく知らないのだ。よければルンビニーの森に妙徳円満という女神が住んでいるから菩薩行について尋ねられるとよい」
ルンビニーって、釈迦牟尼が生まれたところ?


40 妙徳円満主夜神(森の女神ステージョー・マンダラ・ラティシュリー)
ルンビニーの森(嵐毘尼林)の中の楼閣で、「無量劫に亘り一切の境界における菩薩誕生の神変を示現する」という菩薩の解脱を得、毘盧遮那仏誕生の神変の海に悟入する(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

ルンビニーの森にたどり着いてしばらくすると、目の前に立派な高殿が現われ、そのなかの宝蓮華獅子座に森の女神、妙徳円満が坐っていた。森の精たちが女神を取り囲んで説法を聞いている。善財童子は自分も説法を聞こうと、急ぎ石段を上がり、跪いて合掌した。
華厳五十五所絵巻 40 妙徳円満主夜神 新・善財童子 求道の旅より

「善財よ、菩薩が誕生するにはそれなりの縁が要りまする。それには十種あり、それぞれ受生蔵と言います。
善財よ、実はわらわは、無量劫にわたり一切の菩薩誕生の神変を現わすという菩薩の解脱を体得しておりまする。わらわは一切の菩薩の誕生に親しくお仕えしたい、とりわけビルシャナ如来の尊き誕生にはぜひとも手をお貸ししたいとの誓願を起こし、その昔日の誓願により、わらわはこのルンビニー園に生まれ申した。
摩耶夫人がカピラ城を出られ、ルンビニー園のプラクシャ樹下でご休息なされますると、その光明はいっそうの輝きを増しました。それは摩耶夫人のお身体全体から光明が放たれていたからでありまする。吉兆はさらに続きました。菩薩誕生の瞬間が近づきますると、摩耶夫人の目の前の大地が割れ、大きな摩尼宝石の蓮華が出現しました。それは蓮弁といい、華芯といい、無数の宝石が配列され、まさに見事なものでありました。その後菩薩は摩耶夫人の胎内から無量の光明を放たれながら出現されました。それはまるで、日輪が天空の雲間から幾筋もの光明を四方に放ちながら出現するようなものでありました。
華厳五十五所絵巻 40 妙徳円満主夜神 新・善財童子 求道の旅より

善財よ、わらわはこのように自在受生という菩薩の解脱を知るのみです。行きなされ。 まさにカピラ城に瞿婆という釈迦族の娘が住んでおりまする。菩薩行について尋ねられるとよろしいでしょう。
ルンビニー園の森の女神は別れぎわ、カピラ城は釈迦族の瞿婆女人に会うようにと勧めてくれた。善財童子はルンビニーからカピラ城へとまた旅に出た。


41 瞿婆女人(シャカ族の女ゴーパー)
カピラヴァストゥ城の普現法界光明という菩薩の講堂の蓮華座において、「すべての菩薩の三味の海の真理の観察の境界」という菩薩の解脱を得て、衆生たちの行なうすべての業やその果報を知る(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)
すべての菩薩の三味海を観察するという解脱を会得しております。

カピラ城に入り、菩薩方が集まっておられるという普現法界講堂に近づくと、その講堂の主ともいうべき無憂徳女神が善財童子を出迎え、善財童子の頭上に天上の華を散らして祝福した。 
華厳五十五所絵巻 41 瞿婆女人 新・善財童子 求道の旅より


瞿婆女人にまみえて合掌した。 女人は大勢の侍女にかしずかれ、その清純な面立ちは智の日輪を思わせるものがあった。
ここにも異時同図が見られる。
華厳五十五所絵巻 41 瞿婆女人 新・善財童子 求道の旅より

太子(釈迦牟尼世尊)と私はかの勝日身如来に供養し、その後も次々に出現された如来方に供養して参りました。そして最後に広大歓喜如来が出現され、その如来の法門を拝聴したとき、私には智の眼が具わり、一切の菩薩の三味海の境界を観察するという菩薩の解脱を会得したのです。
華厳五十五所絵巻 41 瞿婆女人 新・善財童子 求道の旅より

ただ私は菩薩方の種々の解脱を会得したものの、普賢なる菩薩の解脱には到りませんでした。それはあまりにも広大無辺な真理だからでありましょう。善財よ、実はこの同じビルシャナ世尊の足下に、世尊の母后摩耶夫人がおられます。尋ねられたらよろしいでしょう」
なんと摩耶夫人に会えるとは。


42 摩耶夫人(菩薩の母マーヤー王妃)
毘盧遮那仏の足下の蓮華座において、「偉大な誓願の智の幻の荘厳」という菩薩の解脱を得、菩薩の生母となる(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

善財童子は瞿婆女人から教えられた菩薩としての心得について、あれこれ思いめぐらしながら摩耶夫人のもとへと向かった。すると天上からはらはらと蓮華の花びらが舞い降り、善財童子の頭上に声が響いた。見上げると宝眼という名のカピラ城の女神が呼び掛けている。
「善財よ、そなたはまず心の城の守りを固めるべきです。それにはこの世の楽しみを貪らないことよ。そして如来の十力で心の城を荘厳し、嫉妬や物惜しみから離れて心の城を浄化し、一切智を求めたいといっそう精進に励んで心の城を増強することです。心を惑わす様々な障害に出会おうとも、守りを固めておればいずれは善知識が眼前に現われるというものですよ」
善財童子は励ましの言葉を聞いてうれしくなり、歩みを進めると、今度は蓮華法徳という名の天女が、摩耶夫人を讃嘆しながら、心の願いを明らかにする光、歓喜をいっそう増す光、苦痛を喜びに変える光、様々な色光の光網を善財童子の頭上に放った。すると善財には広大な仏国土が照らし出され、そのすべてのところに一切の如来がおられるのが見えたのである。
華厳五十五所絵巻 42 摩耶夫人 新・善財童子 求道の旅より

シャカム二世尊の母后、摩耶夫人のもとへと向かう善財童子の頭上でカビラ城の守護神宝眼(鬼形神)が励まし、天女の蓮華法徳が光網を放った。
華厳五十五所絵巻 42 摩耶夫人 新・善財童子 求道の旅より

 「善財よ、五体投地をして善知識への思いを深くし、心を身体に替えて進むことです」 
と守護神スネートラに諭されたとおり、善財童子は五体投地をして瞑想に入った。何時経ったであろうか。突然目の前の大地が割れ、そこから大きな蓮華の蕾がすくすくと現われたではないか。目を凝らすと蓮華は色あざやかな宝石から出来ている。やがて蕾はゆっくりと花弁を花開かせた。
華厳五十五所絵巻 42 摩耶夫人 新・善財童子 求道の旅より

なんと蓮台のうえには宝形造りの楼閣が乗っており、その中央、摩尼宝石の蓮華座に美しい女性が坐っておられた。シャカムニ世尊の母后摩耶夫人であった。
善財童子は摩耶夫人のこの世を超えたお姿を見た。それはすべての衆生の心の願いのままに化現する幻のような姿であり、虚空界のような清浄なる姿であり、生と死に係わりない無尽の姿であった。
華厳五十五所絵巻 42 摩耶夫人 新・善財童子 求道の旅より

ただ私は大願智の幻荘厳という菩薩の解脱を知るのみです。行きなさい、善財よ。この三十三天の宮殿に天主光という天の娘がおられます。菩薩はいかにして菩薩行を実践すべきか尋ねなさい」
善財は摩耶夫人に頂礼し、幾度となく見つめて去った。
三十三天の宮殿にいる天主光という天の娘を訪ねることにした。

43 天主光天女(天の娘スレーンドラーバー)
三十三天の王宮において、「無礙の憶念の清浄なる荘厳」という菩薩の解説を得、無数の如来にお仕えする(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)
無礙念清浄荘厳という菩薩の法門に通達している

善財童子は摩耶夫人から教わった、次なる善知識天主光天女がおられるという三十三天の宮殿へ赴き、天主光天女に近づくと、頂礼して合掌し、 訪ねてきたわけを話した。
三十三天の宮殿は岩山のそこここに点在していて、善財くんは頂上にいる天主光天女のところまで上っていかなければならなかった。
華厳五十五所絵巻 43 天主光天女 新・善財童子 求道の旅より

「善財と言われまするか。よくぞここまで参られましたね。私は無礙念清浄荘厳という菩薩の法門に通達しておりまする。
華厳五十五所絵巻 43 天主光天女 新・善財童子 求道の旅より

お行きなさい、善財さま。カピラ城に遍友という子供たちの教師をなさっている方がおられまする。その方に菩薩行のことをお尋ねになってはいかがでしょう」
善財くんはカピラ城に行くことを勧められた。


44 遍友童子(ヴィシュヴァーミトラ童師)
カピラヴァストゥ城において、次の善知識を紹介する(梵文和訳 華厳経入法界品(下)より)

天主光天女から言われて善財童子は、三十三天の宮殿から降り、カピラ城にやって来た。
すると、子供たちを教えているという遍友は、まだあどけなさの残る若者であった。悟りを得るにはどのような菩薩行を学ぶべきかと、訪ねて来たわけを話すと、
同書の注釈は、善財の瞑想は天上界から地上界に降りてきたとする。
華厳五十五所絵巻 44 遍友童子 新・善財童子 求道の旅より

「ここカピラ城内に善知衆芸覚童子という長者の子がいて、菩薩から文字に関する学問を学んでいる。彼に尋ねたら」
と、童子は言うのみであった。
同書の注釈は、この善知識は子供たちの教師をしており、正しくは遍友童子師(漢訳三種)もしくは遍友童師というべきであろう。また他の善知識のように、みずからが体得した法門、あるいは菩薩の解脱を説くことなく、ただ次の善知識を紹介するのみというのはこの遍友童子だけであるとする。

華厳五十五所絵巻 44 遍友童子 新・善財童子 求道の旅より


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参考文献
「新・善財童子 求道の旅-華厳経入法品・華厳五十五所絵巻より-」 森本公誠 2023年 朝日新聞社