南禅寺界隈 地図 Google Earth より
ⓐねじりまんぽ ⓑ何有荘 ⓒ對龍山荘 ⓓ金地院 ⓔ南禅寺中門 ⓕ南禅寺山門 ⓖ天授庵 ⓗ水路閣 ⓘ水路 ⓙⓚ蹴上発電所取水口 ⓛ蹴上放水所 ⓜ蹴上インクライン ⓝ蹴上船溜 ⓞ 蹴上義経地蔵 ⓟびわ湖疏水船 蹴上乗下船場
説明パネルは、史跡琵琶湖疏水のうち「水路閣」。疏水事業は、京都府知事北垣国道の発意により、田辺朔郎工学博士を工事担当者として、明治18年に起工され、同23年に竣工した。
水路閣は、この疏水事業の一環として施工された水路橋で、延長93.17m、幅4. 06m、水路幅2.42m、煉瓦造、アーチ構造の優れたデザインを持ち、京都を代表する景観の一つとなっているという。
そして階段を上がって振り返る。
外国人技師の協力で造られたものと思っていた。
そして階段を上がって振り返る。
Google Map で水路閣からⓙ蹴上発電所取水口まで細い線が見えたので、通路があるだろうと予想して歩くことにしていた。
本願寺水道の水源地
パネルは、「本願寺水道」とは、明治時代に敷設された東本願寺独自の防火用水道です。琵琶湖疏水の水を、埋設された約4.6㎞のベルギー製の鋳鉄管を通して、東本願寺まで運んでいます。水源地と東本願寺の高低差は約48mあり、防火に必要な自然水圧で水を噴き上げるというものです。
これは江戸時代に四度の焼失の歴史が契機になったものであり、現代の社会事情では到底なし得ない斬新で大がかりな近代の防災文化遺産ですという。
ここから東本願寺まで水を通していたとは。
何かの建物が建設中で、
そして自分の下側
これはものすごく長かった。
ⓜ蹴上インクライン
ず~っと歩いて行きたかったが、ⓐねじりまんぽでは下りられないので止めた。
説明パネルは、インクラインは、高低差のある蹴上の舟だまりと南禅寺の舟だまりを結ぶ傾斜地に上下2本のレールを敷き、艇架台により舟を運ぶ施設で、当時の舟運による交通事情がよくうかがえるという。
背後にはⓝ蹴上船溜
ⓞ 蹴上義経地蔵
立て札は、平安時代末期、義経(遮那王・牛若丸)は鞍馬を離れ、平家打倒を胸に秘め金売吉次とともに奥州へ向かう途中、日ノ岡崎に差し掛かりました。
行く手から馬に乗った平家の関原与一ら九人の一団とすれ違った時、一団の人が誤って泥水を蹴り上げ義経の衣服を汚してしまいました。謝ることなく、通り過ぎた一団の無礼に怒った義経は、九人を切り殺したと伝えられます(異本義経記より)。
切り殺した後、我にかえった義経が自分の行為を悔やみ、村人に菩提を弔うよう頼んで旅を続けたとも伝えられます。九体の内、一体がここに祀られています。
「蹴上」の地名は、この馬の蹴り上げか、力を入れてり上げる「蹴り上げ」が由来と伝えられていますという。
地蔵を見た後、歩いて行くと、ⓝ蹴上船溜の反対側が見えて、
その先でⓟびわ湖疏水船の蹴上乗下船場が見えた。すぐ先にトンネルが見え、びわ湖疎水船のホームページで、隣の洋風建築が旧御所水道ポンプ室であること、防火用水として御所に水を送る専用の水道が「御所水道」。 ポンプ室は、御所で一番高い紫宸殿の屋根より高く放水できるよう、背後の山上の貯水池に水を圧送する施設だったこと、設計は京都国立博物館等で知られる建築家・片山東熊で、宮内庁が建設したものであることを知った。
びわ湖乗船場から蹴上下船場まで2時間10分かかり、要予約とのこと。
いつか乗ってみたい。
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参考にしたもの
びわ湖疎水船のホームページ
このページは、びわ湖乗船場から船がいろんなところを通っていくのが見ることができて、結構楽しめます。

























