ミフラーブはマッカ(メッカ)のカーバ神殿に向かって礼拝する方向を示す大切なもの。アンカラのアスランハネジャミイではモザイクタイル、そのほかにも全面タイルで覆われたり、大理石で造られるなど、荘厳されてきたのだが、この礼拝室のミフラーブは漆喰装飾でさまざまな文様を表しているのだが、それが和紙のようなな、柔らかな質感の漂うものだった。
SIVRIHISAR BELEDIESI の Sivrihisar Great Mosque UNESCO World Heritage は、建設に使用された材料を考慮すると、14世紀から15世紀のオスマン建築に属することがわかる。ミフラーブは、成形技法による漆喰装飾が施されているという。
同ページは、1440年にヒズルベイによって行われた修復で設置されたこのミフラーブは、表面にムカルナスを施した漆喰でできているという。
ということは、アナトリアセルジューク朝期ではなく、オスマン帝国第6代皇帝ムラト二世(1453年にコンスタンティノープルを攻略するメフメト二世の父)の治世につくられたものだ。
ミフラーブは頂部が5段のムカルナス、その下が7面の壁龕になっている。
5段のムカルナスも複雑で装飾的な浮彫になっているが、ムラト二世がエディルネに建立したムラディエジャミイの入口上のムカルナスにやや似ていると言えるかも。
頂部の開花した花のような突起は何だろう。
上部も浅浮彫の文様で荘厳されている。漆喰なのに和紙のような柔らかな風合いに見えるのは、その中に植物文様が浅く彫られているからだろうか。
ミフラーブの中は組紐文による幾何学文の中に植物文様が彫られていて、まるでアスランハネジャミイ(アンカラ、13世紀末)のミフラーブのタイル装飾や説教壇のキュンデカリでつくられた組紐文による幾何学文に似ている。
続いてキュンデカリの説教壇(ミンバル)
Sivrihisar Great Mosque UNESCO World Heritage は、アナトリア・セルジューク朝時代の最も傑出した説教壇の一つと言える。ホラサンル・イブン・メフメトが釘を一切使わず、キュンデカーリ技法を用いて手作業で製作した。クルミ材で作られたこの説教壇は、セルジューク朝時代の木工技術の貴重な作品の一つであり、幾何学的な断面の中に突き出したルーミーとパルメットの精緻な象嵌細工、透かし彫りの手すりや格子が特徴。この説教壇は1924年にクルチ・メスジト・モスクから移設されたという。漆喰装飾のミフラーブよりもずっと古いものだが、他のモスクにあったものだった。
説教壇上部
一見木材を幾何学的に組み合わせただけに見えるが、それぞれが薄い板を重ねたキュンデカリの部材だ。
階段の手すりのところには、透彫による六角形と六点星だが、その裏側は大きな六角形が繋がっている。
世界のモスクのモスクの特徴。建築や装飾からモスクを読み解くでは、トルコでは、接着剤や釘などを一切使用せず、木片ピースを組み合わせるキュンデカリ Kündekari と呼ばれる技法で作られたミンバルがある。その技法は、日本の伝統技術でもある組子と通じるところがあるという。
階段部の対角線のある八角形と四点星
キュンデカリの組紐文の間の三角形と変形四角形は左右対称の蔓草文様の浮彫。
キュンデカリの部材が八方から交わったところ。
変形四角形の部品が剥がれてしまった箇所
その変形四角形の部品 逆方向
説教壇の扉にも丁寧な細工が施されている。
同ページは、扉にはアヤテル・キュルシ(コーラン第2章「牡牛の章」第255節)が彫られている。アブジャド暦に基づいて1245年に建造されたものと理解できるという。
一番外のコの字形の部分にインスクリプション
頂部のコの字形の帯にカリグラフィー。扉にもカリグラフィーが彫られている。
参考にしたもの
現地説明パネル



























