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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2025/02/18

エディルネ ムラディエジャーミイのタイル


ムラディエジャーミイはエディルネ郊外の丘の上にある、コンスタンティノープルを征服したメフメト二世の父ムラト二世(1421-44、46-51)が1425-27年に建てた逆T字型モスクである。その内部はタイルと壁画で荘厳されていた。

ミフラーブはムラト二世の父メフメト一世(在位1414-21)が建てたブルサのイェシルジャーミイ(1414-24)のようにタイルだけで造られている。建造年代が近いのでミフラーブの形もタイルもよく似ている。
16世紀に最盛期を迎えるイズニクタイルも、当時のアナトリアでも、まだこのような多彩色のタイルは造られていなかった。

中央から少し右よりに縦の傷がある。

フィニアルは二、三の型があるようで、その下の細い文様帯も色の違うものがある。幾度もの修復かが重ねられてきたが、妙な改変はなさそう。

カリグラフィーは細長い白い文字と字体の異なる小さな黄色い文字とがある。蔓草文は渦を巻いていない。カリグラフィーを囲む紺と白の絵付けタイルは、キュンデカリ技法の木片ピースのような文様が描かれている。

ところが、イラン、スルタニーエのオルジェィトゥ廟(イル・ハン朝、1307-13)では十点星の浮彫無釉タイルに空色タイルの組紐が放射状に展開して複雑な文様をつくっている(ピンボケ)。

キュンデカリ技法(Kündekari technique)の原点がこのようタイルモザイクにあったのではと思わせる素焼きのタイルが。だろうか。


ムカルナスの両側の蔓草文様が、イェシルジャーミイの細く白い蔓が優美な弧を描いていたのに比べると、ここで目立つのは黄色い線。

弧を描く蔓といよりも、ところどころに結び目のある組紐のよう。紫色やちょっと褪せたオリーブグリーンなどもある。イズニク陶器にこのような色が出現するのは16世紀半ばのことである。

ミフラーブ下部

白い組紐が複雑に結び目を構成しながら左右対称の枠をつくっている。

ここにはまだ花は描かれていないが、やがてイズニクのタイルに描かれるようになるモティーフもある。



外枠には細長い文様帯が幾筋もある。黄地にはペンチ(花を上から見たもの)やハタイ(花の縦断面を表したもの)など、イズニクのタイルにも採用されるモティーフが。そして気になるのが、茶色い部分。壊れて別材で補ったが技術が伴わなかったのかも。

ミフラーブの外周
イズニクで14-15世紀につくられていた陶器は、ムカルナスや右端の細い文様帯のようなくすんだ色だった。


礼拝室腰壁は六角形の日本でいうと染付、中国では青花、英語でいうとブルーアンドホワイトのタイル。『魅惑のトルコ陶器展図録』では白地藍彩という言葉が使われているので、それに従うことにする。

それにしてもタイルが剥がれたままの白い六角形がずいぶんとある。
TDV イスラム百科事典ムラディエ・コンプレックスは、イズニクの染付陶器の品質を示すこれらのタイルにより、エディルネにオリジナルのスタイルが現れる。しかし、これらのタイルの多くは 2001年に破壊され盗まれた。現在は修復が完了し、壊れた部分は取り替えられ、盗まれたタイルの場所は石膏で覆われて白地になっているという。
何とも痛ましい事件が起きたものだ。貼られているタイルにも取り替えられたものとオリジナルのものがあるようだ。

左壁奥のタイル装飾
腰壁には六角形の白地藍彩タイルとトルコブルーの三角形タイルの組み合わせ。

左中程
同じ文様のタイルを規則的に配置するということもなく、六角形の各角に葉や花を配したもの、下の土から出ているものなど、植物文様にもさまざま。

幾何学文様に小さく植物文様が入り込んだものも。
左から二番目の下側の正三角形とその逆向きを重ねた文様、その斜め上は同じ正三角形と逆向きを斜めにして複数並べて、中央に六角形、その周囲に三角形と菱形ができている。
欠けたものや割れたものはオリジナルと考えて良いのだろうか。
左端二つ目や右から2列目上のタイルのような牙白色のものが古そうに思える。


中上
1本の茎から中央に大きなハタイ(花の縦断面を表したもの)は後のイズニクタイルに繋がりそう、と思ったが、15世紀の世界のタイル博物館蔵白地藍彩タイルよりも手の込んだデザインだ。

白地やコバルトブルーのくすんだもが古そうだが・・・


左壁手前のタイル装飾
この壁が一番白い箇所が多い。

中上
光が反射して表面のムラが見えるのはオリジナルのタイルだろうか。現在のタイルでもこうなるのかな。

左下
どのタイルも多かれ少なかれ欠けた箇所がある。中央のタイルや右端下から二番目のタイルなど、薄い青で描かれたものは新しいのかと思ったがやはり欠けたところがある。

拡大
中央のタイルは絡まった組紐文があり、左下と右下のタイルは六角形をずらせた組紐文が上になったり、下をくぐったりと凝っている。組紐文の交差でできた六点星や六角形にも花のペンチが描かれている。


ミフラーブ左窓の上
腰壁の上に並んだフィニアル(頂部飾り)は2種類ある。どちらが古いのだろう。


右壁説教壇に隣接する壁面も剥がされて持ち去られたタイルが多い。

右上は割合状態の良いタイルがたくさん残っている。この箇所では、各角にペンチを並べ、中央にも同じペンチを置いたモティーフが多い。そして蔓がくるくると回転しているように見えるが、その蔓の回転が逆のものや、蔓が太くて花弁状に見えるものもある。一体どれがオリジナル?

右端上
単一の文様ではなく、とりどりの植物文様のタイルが並んでいる。そしてその中には青い色がにじんだものや、白地ではないものと、白色がくっきりしているものがある。白地がくっきりしているのは盗難にあった後の補修タイルかも。

地面の小さな盛り上がりから生えたハタイ状の花やそれを取り囲む細い蔓という組み合わせが、地面ではなく花に変化している。


平らに見えても波打っているようなタイルの表面。

街中から少し足を伸ばしただけで、貴重な初期の白地藍彩タイルをみることができた。




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参考サイト

参考文献
「魅惑のトルコ陶器 ビザンティン時代からオスマン帝国まで 展図録」2002年 岡山市立オリエント美術館
「トルコの陶芸 チニリキョスクより」 1991年 イスタンブル考古学博物館