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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2026/07/28

絵巻物の異時同図


同一場面のなかに時間的経過を表現する数場面が描かれることを異時同図と呼ばれている。

有名なものでは、信貴山縁起絵巻(12世紀)の「尼公の巻」に異時同図の場面がある。
命蓮の姉が弟を探して東大寺に辿り着き、大仏殿の前で祈ったり寝っ転がったりしている場面だ。
超 国宝-祈りのかがやきー展図録』は、本巻に描かれる東大寺大仏は、光背・蓮台の形式や、大仏の背を支える築山の存在、大仏殿の右側の扉からのぞく脇侍菩薩の姿形などから、治承四年(1180)に兵火で焼失する前の創建当初の姿であることが明らかにされている。その制作には、信貴山にたびたび参詣するとともに、東大寺大仏・大仏殿の再興にも尽力した後白河法皇が深く関与した可能性がある。時空を超えて奈良時代の大仏にまみえることができる、まさに奇跡の絵画作品といえるだろうという。
朝護孫子寺蔵信貴山緣起絵巻尼公卷 超国宝一祈りのかがやき一展図録より

この場面では東大寺の大仏殿の開いた扉辺りで尼君が5人描かれている。
同書は、「尼公巻」は、命蓮の姉である信濃国(現在の長野県)出身の尼公を主人公とする。詞書によれば、東大寺で受戒するために故郷を出た弟の命蓮を捜し尋ねて旅立った尼公は、長い旅路の末に大和国に至り、東大寺大仏の夢告を受けて信貴山へと向かい、ついに弟との感動の再会を果たしたそうな。
朝護孫子寺蔵信貴山緣起絵巻尼公卷 超国宝一祈りのかがやき一展図録より

右より、
弟に会えるよう大仏に祈願する姿、外に出て自分の荷物に寄り掛って眠る姿、堂内部で横になって大仏を眺める姿、祈りながら弟がやって来ないかと振り返る姿、夢に大仏のお告げがあり、信貴山の方を眺める姿。そして絵巻にはもう一度尼公が描かれる。それは階段を下りて信貴山へ向かう姿である。
朝護孫子寺蔵信貴山緣起絵巻尼公卷 超国宝一祈りのかがやき一展図録より


華厳経入法品・華厳五十五所絵巻」では善財童子が善知識に勧められるままに長い年月をかけて旅をして、55もの場面を絵巻に描写し、詞書きも添えられている。

10 勝熱婆羅門
勝熱婆羅門を探すと、大山の断崖絶壁を背に激しい苦行をしていたという場面。
勝熱婆羅門に「善男子よ、この剣の山に登り、この火の海に身を投げられよ。さすればお前の菩薩行は即座に浄められるであろう」と言われて、燃え盛る岩山から飛び降りた場面。
その二つが一つの場面として描かれている。
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華厳五十五所絵巻 10勝熱婆羅門 新・善財童子 求道の旅より


11 慈行童女
ビルシャナ蔵宮殿の前で娘の慈行童女はどこにいるか訪ねると、宮殿内で多くの侍女たちにかしずかれ、教えを説かれているとのこと。
王の娘の慈行童女はいずこにと、宮門の前で尋ねる場面と、宮殿の縁側に坐って、「この宮殿をよく御覧なさい」と言われて宮殿のさまざまなところに菩薩や如来たちが見えたという場面。
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華厳五十五所絵巻 11 慈行童女 新・善財童子 求道の旅より


18 無厭足王
右から無厭足王のところにやって来ると、大勢の仕置人たちが罪人たちを恐怖に陥れて刑を執行しているのを目撃した善財くんが、こんな人物にどうして菩薩道のことを尋ねられようと自問自答する
左上では、無厭足王は善財くんを自分の傍に座らせて、これらの衆生を教化し、平安な暮らしを得させるために、化作した幻の死刑執行人に処刑を行わせ、激しい苦痛にゆがむ様子を示すことによって、罪深い行いを思い止まろうとさせているという。
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華厳五十五所絵巻 18 無厭足 新・善財童子 求道の旅より


41 瞿婆女人
カピラ城にやってきた善財くんは、無憂徳女神に迎えられ、頭上に天上の華を散らして祝福された。
善財くんは宮殿に入ると瞿婆女人に合掌した。 最後に釈迦世尊の母后摩耶夫人を訪ねるよう言われた。
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      旅する善財童子 34-44


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参考文献
「新・善財童子 求道の旅-華厳経入法品・華厳五十五所絵巻より-」 森本公誠 2023年 朝日新聞社
「超 国宝-祈りのかがやきー展図録」 奈良国立博物館編集 2025年 奈良国立博物館・朝日新聞社・NHK奈良放送局・NHKエンタープライズ近畿図録