エディルネのセリミエジャーミイについて『トルコ・イスラム建築』は、ミマール・スィナンが自ら「熟達者の作」と自慢しているように、オスマン建築の最高傑作である。
直径31m余、高さ42m余の主ドームと、それを囲んで聳えている高さ71mの4本のミナレットが遠くからも良く見えるというが、残念ながら修復は続いており、夜間のライトアップもなく、昼間はミナレット2本が足場で覆われているのが見えるのだった。そして内部も見学はできたが、修復作業は続いていて、養生の幕で覆われて、1/3も見ることはできなかった。
ミマールスィナンの像とセリミエジャーミイ、そして現地ガイドのギュンドアン氏。
全体像
『イスタンブール 旅する21世紀ブック望遠郷』(以下『望遠郷』)は、建物を補強する控え壁の代わりに翼壁と回廊が多くつけられ、礼拝者たちやコーランの朗唱のための多様な空間が生まれた。
比類なく豪華なファサードの手の込んだつくりと、これらの空間が共鳴し、響き合っている。4基のミナレがモスクを囲み、建物を際立たせているという。
モスク平面図 『Architect Sinan His life, Works and Patrons』より
①主ドーム ②主ドームのムカルナス ③大アーチ ④半ドーム ⑤ミフラーブの半ドーム(祈りの壁龕) ⑥支柱 ⑦斑岩のアーチ ⑧斑岩のアーチ間のヴォールト ⑨公衆扉のヴォールト ⑩スルタンのマッフィル ⑪図書館 ⑫女性用マッフィル ⑬ミフラーブ ⑭ミンバル(説教壇) ⑮ムアッジンのマッフィル ㉒ミナレット
礼拝室前のシャドルヴァン(清めの泉亭)に至っては全く見ることができなかった。鳩がとまっている半球のものは噴水?
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セリミエジャーミイ中庭のシャドルヴァン THE ARCHITECT AND HIS WORKS SİNAN より |
『トルコ・イスラム建築』は、この建物の最も優れているところは、礼拝室の空間の一体化が完璧に近く実現されていることである。主ドームは8本のピアの上に据えられている。ピアは切石積みで、断面が12角形で、縦に12本の溝を付けて装飾としている。ピアの上に架けた8個のアーチから、ムカルナスによるペンデンティブ風の措置を介して、ドームの裾に移行しているという。
①礼拝室の大ドームとそれを支える⑥8本の支柱は、縦溝のある円柱のようだが、実際は壁の付け柱だったりして大ドームの荷重によく対応できている。下図版はそのうちの6本。
大きなムカルナスによるペンデンティブ風のものは、白地に赤の輪郭線がくっきりと描かれていて、その上のドームには細い窓が無数に開かれている。これもドームを軽くするミマールスィナンの工夫だろう。この図版ではドームは明るい配色で軽く見えるが、ミマールスィナンが建てた時はどうだったのだろう。修復後はこのドームがどんな色の壁画で飾られるのだろう。
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セリミエジャーミイ礼拝室キブラ壁側 トルコ・イスラム建築紀行より |
ミフラーブの壁龕付近。ミンバル(説教壇)は⑬ミフラーブの半ドーム(祈りの壁龕)ではなく⑥円柱風の付け柱の前、礼拝室に設置されている。⑦斑岩のアーチの上の段に③大アーチがあって、それが八つで①主ドームを支えている。
左の③大アーチの向こうに見えるのは⑩スルタンのマッフィル
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エディルネ セリミエジャーミイのミンバル Architect Sinan His Life, Works and Patrons より |
⑮ムアッジン用マッフィル
礼拝室中央に大きなムアッジン用マッフィルがあるのは他にないので、是非とも見たかったのだが、養生の幕の中だった。礼拝室の真ん中にあるのは、礼拝室内が広すぎて、偏った場所だとムアッジンの声が届かないことを考慮してのことだったのかも。
右上には⑩スルタンのマッフィル
⑮ムアッジン用マッフィルの下側には花のような形の装置があるが、これはシャドルヴァンだろうか、まさか水飲み場ではないだろう。自分の目で確かめたかった。
⑩スルタンのマッフィル
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セリミエジャーミイ ムアッジン用マッフィル THE ARCHITECT AND HIS WORKS SİNAN より |
⑩スルタンのマッフィル
『望遠郷』は、スルタンは、最も美しいタイルで飾られた特別のマッフィルで礼拝したという。
その姿が他の礼拝者たちに見えないような仕切りがあるが、完成前に亡くなったセリム二世は、実際に足を運んだのだろうか。
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エディルネ セリミエジャーミイ スルタン用マッフィル トルコ・イスラム建築紀行より |
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エディルネ セリミエジャーミイ スルタン用マッフィル下のタイル装飾 トルコ・イスラム建築紀行より |
ここはマッフィルの前室だろうか、スルタンは右手のアーチの向こう、仕切りのある場所で礼拝するはず。
スレイマニエジャーミイのスルタンのマッフィルは、タイル装飾も仕切りもない。シェフザーデジャーミイのスルタンのマッフィルには仕切りはあるがタイル装飾はない。
イズニクタイルをふんだんに使ったマッフィルだが、ミフラーブ左のタイルパネルはかなり傷んでいる。
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エディルネ セリミエジャーミイスルタンのマッフィル THE ARCHITECT AND HIS WORKS SİNANより |
出入口上のタイル装飾
極彩色のイズニクタイルで覆われている。例外的にあっさりした白地に水色でギザギザが描かれた文様帯があるが、同じ文様帯が最下部を巡っている。
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エディルネ セリミエジャーミイ スルタン用マッフィルのタイル装飾 トルコ・イスラム建築紀行より |
修復中の礼拝室にはほとんど入れなかったが、養生の幕には写真パネルがいろいろとあった。
以下はその写真パネルを撮影したもの。
ミフラーブの壁龕から撮影した④半ドームと①主ドーム、そして主ドームの下には入口上の
二段の窓のあるティンパヌン(カーテン壁)と二つの④半ドーム。
その下側もカーテン壁が三つ並ぶが、入口上だけは三連の窓になっている。
セリミエジャーミイの構造
『望遠郷』は、ドームとミナレの平面図、断面図、投影面をひとつにまとめたもの。ドームは統一を象徴し、ミナレは言葉の力を象徴している。
平面図を書き、そこに各部分の断面図を投影する方法は、スィナンの時代によくとられていた。この図面の作者 P. カルネルッティは、モスクのドームと、下の空間に対するドームの位置を表すのに、この手法を用いているという。
これは平面図に断面図を投影するのはミマールスィナン独特のものだったのだろうか。
断面図
同書は、この図では、アーチ部分と、八つの支柱をもつドームを青く塗ってある。スィナンによって大小のアーチ列が生み出すリズムともいえるものが初めて取り入れられた。ドームにかかる圧力は八つの控え壁に吸収されている。正面には、対になった窓がいくつも取りつけられた構成となっている。四つのミナレが、モスクの角にそびえているという。
ミナレット断面図
同書は、中庭側から見たミナレの断面図。ミナレは礼拝の呼び掛けを行う塔である。セリミエ・ジャミイのミナレには螺旋階段が三つあり、それを上るとそれぞれ別の階のバルコニー(シェレフェ)に出る。オスマン建築において、この例はほかにないという。
造っている間にもいろんなアイデアが浮かんできて、楽しみながらそれを採り入れていったのですね、スィナンさん。
参考文献
「Architect Sinan His Life, Works and Patrons」 Prof. Dr. Selçuk Mülayim著 2022年 AKŞIT KÜLTÜR TURIZM SANAT AJANS TIC. LTD. ŞTI.