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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2024/02/02

オーヴェルニュの楣石


今回の旅では「オーヴェルニュ地方の楣」と呼ばれる楣石を思わぬところで見かけた。


ルピュイの サンクレール礼拝堂 Le Puy La Chapelle Saint-Clair 
現在の開口部
説明パネルは、サンミシェル岩のふもとに位置するサンクレール礼拝堂は、財産のない巡礼者を受け入れるためにセギュレ修道院を引き継いだサンニコラ病院に属していた。12世紀末に建てられ、17世紀からサンクレールに捧げられた。
女神ディアナ(ダイアナ)の天文学的属性である月の満ち欠けを表現した楣石が飾られているため、「ディアナ神殿」とも呼ばれているという。
タンパンにはキリスト教の題材はなく、丸く成形した黒い玄武岩が規則正しく並んでいる。


その対角にある扉口の楣石も傾斜の少ない切妻型。
小さなタンパンの黒石の菱形と白石の4点星の組み合わせはイスラームの幾何学文様を思わせる。


ノートルダムデュピュイ司教座聖堂 Le cloître de la cathédrale du Puy の一角にある扉口は、フィレンツェだより番外篇では、北側翼廊にある聖ヨハネの扉としていて、平面図では聖ヨハネのポーチとされるところだ。
ノートルダムデュピュイ司教座聖堂回廊平面図 cloître de la cathédrale du Puy より

そこにもオーヴェルニュ地方の楣と呼ばれる楣石があった。左隣は南の装飾もないが、その楣石も同じ切り妻屋根型の楣石だった。この辺りは改築が行われたようで、右にもアーチの痕跡がある。

タンパンは白石と黒石を三角形に切りそろえたモザイク装飾、その中に玉座のキリスト、そのキリストの頭部にはギリシア十字あるいは四弁花が、左右には五弁花が嵌め込まれている。これが穴なのか、黒石なのかは不明。
その下の切り妻屋根型の楣石には中央にキリスト、その両側には6人ずつ、十二使徒が並んでいたようだ。現在ではタンパンとオーヴェルニュ地方の楣の間の隙間と、楣石の右端には、使徒の半身の外側の隙間に、同じ色の石が嵌め込まれている。いつの時代かはわからないが、破壊活動のために、像が削られたりしたために、このような修復が行われたのだろう。


クレルモンフェランのノートルダムドラソンプシヨン司教座聖堂近くのグラ広場 Place 
des Gras の建物の一つにもオーヴェルニュ地方の楣が嵌め込まれている。
フィレンツェだより番外篇によると、フランス革命で破壊されたサン・ピエール教会の12世紀の楣石なのだそう。

『異形のロマネスク』は、クレルモンフェランのグラ広場にある《弟子の足を洗うキリスト》の中で長い椅子に座る使徒たちなどは、三角形の枠組に固執し、その枠組を明らかにしているという。

この洗足という行為について、以前に行ったトゥールーズのオーギュスタン美術館の説明パネルは、捕縛の前の最後の晩餐の時、キリストは使徒たちの足を洗いながら、謙遜という最後の教訓を与えた。キリストは手を挙げて拒むペテロの前に跪いているという。

ペテロの背後の5人。ペテロのすぐ後ろの弟子はすでに靴を脱いでいる。その後ろには、キリストの方を向いて坐っている弟子、文字の帯を持っているが体はほぼキリストの方を向く弟子、そして文字の帯を持って正面向きに坐る弟子二人。


右端から三人はキリストの方を向いて坐っているが、その前の二人あるいは三人がどうなっているのか分からない。


クレルモンフェランのノートルダムデュポール聖堂南扉口上の楣石
楣石ではなく切り妻屋根型というか、五角形というか、これまでにも見てきた形である。
このタンパンと切り妻屋根型の楣石について詳しくはこちら


シャンパーニュのサンピエール修道院タンパン Abbaye Saint Pierre de Champagne
『異形のロマネスク』は、シャンパーニュでは(ここでは「オーベルニュ地方の楣」といわれる中央部が高くなった三角形の相である)、テーブルと座った人物の足は、同じ方法で置かれている。しかし、人物は、もはや同じ比例関係ではない。会食者たちは、両隅にいる人物より高い中央のキリストに近づくに従い、大きくなっている。それは、象徴的な重要度の尺度に関係しているのではない。人物を大きくしたり、人物を棒磁石のように押し上げるのは、枠組の誘惑なのである。福音書を表現した主題の中にさえ、形式を重視している態度が感じられる。人物たちは、山形になった楣の中で、自然に伸びたり、短くなったりするという。
このシャンパーニュは発泡ワインで有名なシャンパーニュではなく、リヨン南方薬50㎞ほどのアルデシュ川に沿った小さな集落にある。
ヌイイアンドンジョンの浮彫に比べると、格段に人物の動きがある。テーブル前に並ぶキリストを含めて13名だが、左端には男性と子供を抱いてうずくまる人が描かれている。
オーヴェルニュ シャンパーニュ サンピエール修道院タンパン 『異形のロマネスク』より


モザ サンピエール・サンカプレ修道院タンパン Abbaye Saint-Pierre-et-Saint-Caprais de Mozac
フランス・ロマネスク散策 Balade dans l'Art Roman en Franceモザは、この楣石は「栄光の聖母マリア」を表していて、聖母は王座に座り、膝に幼子キリストを抱いています。オーヴェルニュの黒い聖母像によく見られるように、その手はとても長いです。キリストは右手で祝福のポーズをし、左手には旧約聖書を抱えています。
聖母の右側に、天国の鍵を手にした聖ペテロ、聖オストルモワヌ、祈る姿をしているモザの修道院長スミュールのユーグの姿があります。このロマネスクの修道院教会創設者であるユーグは、聖母とキリストに対する「オマージュ」を表現しており、このことからこの楣石は「オマージュの楣石」と呼ばれます。
聖母の左側には、聖ヨハネと杖を手にした2人の司教の姿があります。この2人は、聖オストルモワヌ同様、モザの修道院教会に聖遺骨が納められていた聖カプレと聖カルマンと思われますという。
ノートルダムデュポール聖堂南扉口上の楣石の彫刻には三つのテーマがあり、その中央の一番高い場所にはキリストの神殿奉献の神殿が浮彫されているのだが、この楣石では中央に玉座の聖母子が正面を向いている。その左右には二人の使徒と後世に列聖された人物たちが、段々と小さくなって登場するという、もはやキリスト伝ではなく、幼子キリストよりも、聖母マリアを慕う場面のようになっている。
オーヴェルニュ地方 モザ サンピエール・サンカプレ修道院タンパン Vierges romanes より


『異形のロマネスク』は、ロマネスク造形美術においては、空間恐怖が、枠組の法則(ロマネスク美術発展の最初の法則)を直接作り出している。流行した古典的主題、すなわち人物を水平的に並べる主題は、ヌイイアンドンジョンや、シャンパーニュの《最後の晩餐》のように、異なったタイプの楣の上で、明らかにこの法則を見せているという。
よく解説に使われるが、この空間恐怖という言葉は好きではない。


                 →オーヴェルニュの聖母子像

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参考サイト

参考にしたもの
サンクレール礼拝堂の説明パネル

参考文献
「石に刻まれた中世の奇想 異形のロマネスク」 ユルギス・バルトルシャイティス著 馬杉宗夫訳 2009年 講談社
「Vierges romanes」 2018年 Éditions DEBAISIEUX