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忘れへんうちに 旅編では、南イタリアの旅を再開しました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2019/07/19

一遍聖絵と時宗の名宝展 十二光筥の格狭間


同展では遊行に持参する道具類も展示されていて、その中でも十二光筥というものが気になった。

十二光筥 鎌倉時代(13-14世紀)高37.9奥27.3幅39.4㎝ 木製漆箔 愛知 称名寺蔵
同展図録は、遊行の道具を入れる小型の笈。二段の棚のような調度で、背負うときはひもで体にしばった。上段は蓋のある箱型だが、下段は前面を解放し、左右に大きな格狭間を設け、隙間から持ち物がこぼれ落ちそうにみえる。下段に衣類などの軽いものを詰め、歩きやすいように荷物の重心を上にあげたのかもしれないという。
鎌倉時代のリュックですな。重いものは上に置いて重心を高くする工夫も、昔から経験的に行われてきたことなのだ。
『一遍聖絵』巻10には、遊行に携帯すべき12の道具が記されている。一遍はこれらの道具を阿弥陀仏の12の功徳(十二光)になぞらえた(銘文の無礙光もそのひとつ)という。引入(ひきいれ、入れ子の椀)、箸筒、阿弥衣(粗い繊維を編んだ衣)、袈裟、帷(絹や麻で作った夏の衣)、手巾(手ぬぐい)、帯、紙子(紙に柿渋を塗った防寒着)、念珠、衣(法衣)、足駄(履きもの)、頭巾(ときん、帽子)という。
念珠以外は登山道具にも通じる品々。非常食や水筒は持たなかったんだ。
天板の赤白黒は、人の怒りを表す火の河、欲望を表す水の河、そのあいだをまっすぐに伸びる阿弥陀の救いの白い道を示す(二河白道)。『遊行上人縁起絵』でも、時衆のまわりにこの三色を塗った経机のようなものが描かれている。
本品は遊行上人他阿(1319歿)所用と伝えられ、鎌倉時代に遡りうる希少な現存作品のひとつであるという。
こんなものにも「二河白道」が。二河白道図についてはこちら
この筥で気になったのは下段左右の格狭間である。下はお椀のようで、上はぎざぎざと曲線の切り込みがある。

後醍醐天皇像 南北朝時代(14世紀) 95.2X40.2㎝ 絹本著色 神奈川・清浄光寺(遊行寺)蔵
同展図録は、本図は上部から御帳を垂らし、手前左右に獅子・狛犬を配する神殿風の設定の中、暈繝縁の上げ畳みを載せる礼盤に朱色の八葉蓮華を敷いて坐り、冕冠をかぶり袍の上に袈裟をまとう。
画面上部に「天照皇大神」「春日大明神」「八幡大菩薩」の神号を書き付けた短冊形を貼るという。
畳に高さをもたせ、下部は各面に格狭間が開かれ、それぞれに獅子が描かれている。格狭間には椀の高台のようなものまでできている。

格狭間いつ頃からあるものか遡ると、

懸盤 鎌倉時代・14世紀 高13.3幅32.1奥行30.8㎝ 法隆寺蔵
『国宝法隆寺展図録』は、天板の表面を朱漆で、そのほかの部分を黒漆で塗った懸盤である。懸盤は膳の一種で、宴会などの際に料理を載せて客に供された。当初はその名が示すとおり、格狭間を透かした台脚の上に折敷を懸ける形式だったが、しだいに一体化されて、ここに見られるような形になったと考えられる。
素朴な器形からみて、数ある遺例の中でも最古と目されるものという。
天板と床脚の四辺以外は曲線で構成され、特に脚部は可能な限り材の面積を減らした素晴らしいデザイン。それに軽そう。

六角厨子 鎌倉時代・13世紀 高134.5㎝ 木造・漆塗 法隆寺蔵
同展図録は、全体に黒漆を塗った横長六角形、宝形造の厨子である。厨子の内部は仕切板で前後に区切られており、その背面に白土地に補陀洛山を極彩色で描いた板を取り付けるという。
基壇には形の異なる横長の格狭間が2種類設けられている。透かしにせずに、凹んだ空間に彩色、彩画を施している。
上の方はこうもりを思わせ、下の方は太ったうわばみが直進しているみたい。

卓 平安時代・12世紀 高95.5幅134.5奥行55.0㎝ 木造・漆塗・螺鈿 法隆寺蔵
同展図録は、香炉、華甁、燭台などの供養具を載せるための前机で、聖霊院の外陣で使われていたもの。長方形入角の天板の下に格狭間を透かし、優美な曲線からなる鷺脚をつけるという。
古来より椅子の脚はライオンの肢を象られる事が多かった(それについてはこちら)が、鷺脚とはなんとも優雅な名称、そしてデザイン。
天板や框の側面、脚の外面には螺鈿で宝相華唐草と蝶文を表す。全体の木地構成や螺鈿装飾は、天治3年(1126)頃の製作とみられる螺鈿平塵案(岩手 大長寿院)に近く、この卓も保安2年(1121)の精霊院創建時に造られたものと推定されるという。
脚ではなく格狭間でした。
長い辺には2つ、短い辺には1つの格狭間を入れるのが約束事のようで、長い辺のため、横長の格狭間となっている。
目立たない金具には唐草文も。

文欟木厨子 奈良時代・8世紀 高147.0幅174.0奥行50.3㎝ 木造・漆塗 法隆寺蔵
『国宝法隆寺展図録』は、内に二段の棚を収めた箱形の厨子。用材には特に木目の美しい欅材が選ばれており、これを文欟木と称する。本体は床脚付きで、上下端に回縁を廻らし、正面に観音開きの扉を設けるという。
その床脚が横長の格狭間となっている。

密陀彩絵箱 みつださいえのはこ 縦30.0横45.0高21.4 正倉院中倉
『第64回正倉院展目録』は、献物用の箱。長方形、印籠蓋造で床脚が付く。箱組は4枚組接(くみつぎ)で釘を用いて各材を打ち付け、その上から厚さ0.2㎝、幅0.9㎝の薄板を貼り付けて押縁(おしぶち)を形成するという。
低く幅広の格狭間の切り込みが鋭い。

木画紫檀双六局 もくがしたんのすごろくきょく 双六盤 正倉院北倉
縦54.3横31.0高16.7
『第64回正倉院展目録』は、長方形の盤面に立ち上がりをめぐらし、盤の下に床脚を付けた姿で、床脚には長側面に2箇、短側面では1箇の格狭間を開け、脚の下に畳摺を回しているという。
なんというシンプルな格狭間。

桑木木画棊局 くわのきもくがのききょく 寄木細工の碁盤 正倉院中倉蔵
『第61回正倉院展図録』、盤面は、蘇芳染したヒノキの一枚板の上面に、縦横19条の象牙の界線を施し、木口(こぐち)切りしたクワの薄板を寄木風に貼り詰め、美しい木目を意匠に生かしているという。

こちらは少し凝った格狭間が一対並ぶ。

床脚も木目がよく見えると思ったら、金泥で木理文を描いているという。

もっとぎざぎざの多いものも

木画紫檀棊局   
『第57回正倉院展図録』は、宝庫のシタン製木画の器物は、洗練された表現技法に共通する要素が多く、おそらく直接唐朝廷が関わったことを想像させる。なお、トルファン・アスターナ古墓からは小型の棊局や囲碁に興ずる仕女を描いた絹絵が出土している。盛唐の文化が東西に及んだ一例を知ることができるという


玉虫厨子 飛鳥時代・7世紀 総高226.6幅136.7奥行119.1㎝ 木造・漆塗・彩色 法隆寺蔵
『国宝法隆寺展図録』は、厨子は、大棟の両側に鴟尾をあげた単層入母屋造錣葺屋根の宮殿部分と、これを載せる須弥座および台脚部からなるという。
上框下方の反花に、菱形の切金文も確認され、わが国最古の切金遺品として注目されたという。
下框の下は格狭間のように底辺(畳摺)がなく、刳り形のある四脚座とも言える。ひょっとして格狭間の原型ででもあるのかな?


一遍聖絵と時宗の名宝展 二河白道図←    →格狭間の起源は刳り形のある四脚座?

参考サイト
獣足を遡るとエジプトとメソポタミアだった
ギリシアとヘレニズムの獣足
仏像台座の獅子4 クシャーン朝には獅子座と獣足

参考文献
「国宝一遍聖絵と時宗の名宝展図録」 2019年 京都国立博物館
「国宝法隆寺展図録」 1994年 奈良国立博物館
第64回正倉院展目録」 奈良国立博物館編 2012年 財団法人仏教美術協会
「第61回正倉院展目録」 奈良国立博物館編 2009年 仏教美術協会
「第57回正倉院展図録」 2005年 奈良国立博物館