ホシガラスが埋めて食べ忘れた種のように、バラバラに芽を出した記事が、枝分かれして他の記事と関連づけられることが多くなった。 これから先も枝葉を出して、それを別の種から出た茎と交叉させ、複雑な唐草に育てて行きたい。
2014/08/15
ギリシアとヘレニズムの獣足
獣足の椅子というのを見た記憶がある。昨年のギリシア旅行でも、獣足の付いた箱という妙なものを見かけた。
黄金製骨箱 前4世紀後半 ヴェルギナ第2墳墓主室出土 ヴェルギナ考古博物館蔵
四角い金属の箱なのに、獅子の獣足が付いているとは。王の権威の象徴として、骨箱に獣足を付けたのだろうか。それともただの流行か。
せっかくなので、獣足を遡ってみると、
詩人を訪ねるディオニュソス(詩人のみ) 後1世紀(原作前1世紀前半) ローマ出土 大理石 高さ91㎝ 大英博物館蔵
『世界美術大全集4ギリシア・クラシックとヘレニズム』(以下『世界美術大全集4』)は、臥台の上の上半身裸の男はすでに宴会を始めており、臥台下の喜劇の仮面(略)は、男が詩人であることを示唆している。右側には食べ物や酒杯を載せた小卓が置かれている。この小卓の3本の支柱はライオンの脚を象っているという。
かなり写実的に浮彫された壁面だが、円卓の三脚を表現するのはこれが限界だろう。足の先だけが付いているのならすっきりしているのに、このテーブルの脚は全体がライオンの後肢になっている。当時の流行だろうか。
劇場の肘掛け椅子 前2世紀 大理石 幅約70㎝ トルコ、プリエネ
ギリシアやローマの劇場では、一般席と、貴賓席があった。これは後者の方で、ライオンの後肢が足から脛にかけて椅子の脚に表され、それが後方で渦巻になって終わっている。その上に別の石材で腰掛けと肘掛けが作られているのだが、肘掛けの端は何本かの溝のある渦巻になっていて、ライオンの前肢にも見え、席全体でライオンを表しているらしい。
足置き台は獅子の脚の間に設けられている。
アッティカ派赤像式渦形クラテル 前400-390年頃 プロノモスの画家 イタリア、ルーヴォ出土 高さ75㎝ ナポリ国立考古博物館蔵
『世界美術大全集4』は、画面上層中央のクリネ(臥床)に座した演劇の神ディオニュソスとその妻アリアドネを中心にして俳優、楽師、詩人たちがずらりと一堂に会しているという。
そのアリアドネが足を置く台が獣足。左側には短辺の獣足が2本向かい合せに描かれている。長辺では同じ方向に2本あって妙な印象を受ける。左側が後肢、右側が前肢を表していると思えば、納得できる。
犬と猫とで遊ぶ人々(部分) 前510年頃 クーロス像台座浮彫り アテネ出土 高さ32㎝ アテネ国立考古博物館蔵
向かいに坐って犬をたきつける人物は背のない四脚の椅子に坐っているが、このネコを向かわせる人物は折り畳み椅子らしきものに坐っている。その脚の先がネコ科の足になっている。
墓碑浮彫り 前550-540年頃 スパルタ近郊クリュサファ出土 大理石 高さ87㎝ ベルリン国立古代美術館蔵
『世界美術大全集3エーゲ海とギリシア・アルカイック』(以下『世界美術大全集3』)は、死者たる男女はライオンの脚をかたどった豪華なエジプト風の玉座に座っているという。
ライオンの前肢と後肢が玉座の部品に使われている。足置き台は薄い板状のもの。
ヘラクレスの神化 前570-560年頃 アテネ、アクロポリスの破風飾り 石灰岩 高さ94㎝ アクロポリス美術館蔵
『世界美術大全集3』は、アルカイックのアクロポリスには二大神殿のほかに、所在および機能とともに不明ながら、破風彫刻をもつ小建築物が多数存在していたことを、残存の破風そのものが物語っている。
主題はヘラクレスの12の功業を完了した後の「ヘラクレスの神化」である。ひときわ大きく威厳をもった有髥のゼウスが完全に横向きで玉座に座し、左手を上げながら、ヘラクレスを吟味するかのように見据えているという。
玉座の脚は獣足では全くない。パルメット文や小さな渦巻文を切り出している。玉座の前に足置き台がある。
レリーフ・ピトス 前680年頃 ティノス島出土 ギリシア、ティノス考古博物館蔵
同書は、鳥の頭をかたどった背当て付きの玉座にゼウスが座り、その頭頂部から兜と槍で身を固めたアテナ女神が上半身をのぞかせている。 ・・ひげがないからゼウスではなく ・・ 誕生場面にはちがいないという。
アテナはゼウスの頭から生まれたのだった。
玉座の背当ては先が鳥の頭の華奢なつくりなのに、脚はかなり太くて頑丈そうだ。果たしてこれが獣足だろうか?
大鍋の鼎 東方化様式時代(前8世紀末-7世紀) 青銅製 デルフィ出土 デルフィ考古博物館蔵
ギリシアではその前の幾何学様式の時代には、大鍋に直接長い板状の足を取りつけた鼎が作られたが、東方化様式の時代になると、大鍋と鼎が別々に作られるようになった。その三脚の土付きは草食獣の足となっている。
これはアッシリアから出土した三脚台とそっくりの形だった。アッシリアではこのような草食獣の足だけでなく、ライオンの足も出土しているので、ギリシアにも同時に将来されただろう。
ギリシアでは、東方化様式の時代に将来された獣足が、椅子や家具の脚の一つとして生き残っていったようだ。
獣足を遡るとエジプトとメソポタミアだった←
関連項目
仏像台座の獅子4 クシャーン朝には獅子座と獣足
古代マケドニア1 ヴェルギナの唐草文
ギリシア神殿10 ギリシアの奉納品、鼎と大鍋
※参考文献
「ベルギナ 考古学遺跡の散策」 ディアナ・ザフィロプルー 2004年 考古学遺跡領収基金出版(日本語版)
「世界美術大全集4 ギリシア・クラシックとヘレニズム」 1995年 小学館
「世界美術大全集3 エーゲ海とギリシア・アルカイック」 1997年 小学館