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忘れへんうちに 旅編では、南イタリアの旅を再開しました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2019/07/16

一遍聖絵と時宗の名宝展 二河白道図


「一遍聖絵」巻1では、信濃国で、善光寺に参詣 一光三尊の阿弥陀如来を礼拝し、二河白道図を描き写し、伊予国に戻って、窪寺で二河白道図を掛け念仏修行したという。
しかしながら、小さな部屋に掛かった二河白道図は白っぽい幅の広い絵という程度にしかわからない。
大きくすると、簾を夢巻き上げたり、板葺き屋根を押さえる様子など細かく描写しているのに、掛け軸だけは白いまま。
左で合掌しているのが一遍だろう。右の薄い色の法衣の僧は、二河白道図について一遍に解説しているのだろうか。

同展では、「一遍聖絵」に辿りつく前に様々な作品が出品されていて、その中に「二河白道図」が4点も並んでいた。
「二河白道図」について同展図録は、唐・善導『観経疏』に典拠をもつが、法然(1133-1212)が『選択本願念仏集』でこの比喩を用いて念仏の意義を説いたことから、浄土宗で生み出された画題である。南北に流れる大河が、大地を東西の岸に分かっている。人は東の岸(現世)にあって、西岸は極楽浄土を象徴する。その大河には、東岸から西岸に至るたった1本の細い白い道(=念仏)が通じている。その細い道の両側は大水と炎に満ちているが、この水は貪愛、炎は瞋恚を表す。東の岸には群賊が満ちて誘惑しようとするが、念仏に堅くすがることで、極楽往生できるというものであるという。 

二河白道図 鎌倉時代・13世紀 143.4X68.8㎝ 絹本著色 京都・清凉寺蔵
同展図録は、本図は鎌倉時代後半の削であるが、注目されるのは現世の描写である。林の中に放置された法華経が描かれている。これは「読誦大乗」という自力の善行にすがる他宗の姿を否定的に描いたものである。初期に弾圧された浄土宗は、他宗の排除を自粛するに至り、二河白道図でもこうした表現は減っていく傾向にある。本図は、初期の二河白道図でもこうした表現は減っていく傾向にある。本図は、初期の二河白道図のありようを偲ばせる貴重な遺品であるという。
水の上に座している女性は誰だろう。
ヒョウの上部に描かれた文台の上に巻物が数巻置かれている。

二河白道図 鎌倉時代・13世紀 89.4X62.1㎝ 絹本著色 京都長岡京市・光明寺蔵
同展図録は、天地を截然と分割し、中央に垂直に白道を配した、正面性の強い対称的な構図をとる。情景性を一部犠牲にして、白道(念仏)の存在が前面に押し出されており、宗教的意義を強調したあまり類のない表現となっている。此土の白道端には送り出そうとする釈迦立像が、彼岸には来迎印で往生者を迎えにくる阿弥陀立像が描かれており、釈迦阿弥陀発遣(はっけん)来迎(または遣仰-けんごう-二尊という)を意識した表現となる。西山浄土宗総本山の粟生・光明寺に伝来していることから西山派で尊崇された当麻曼荼羅を参照したものであろう。現世相の生き生きとした細密な描写が目を引き、13世紀半ば以降の作と考えられるという。
若い頃初めて見た二河白道図はこんな風に縦にまっすぐな白道だった。

二河白道図 鎌倉時代・14世紀 79.4X62.1(含描表装) 絹本著色 島根・萬福寺蔵
同展図録は、本図では、此土における生前の行業の描写が著しく後退し、他宗への対抗意識が希薄となっている反面、遣仰二尊、及び念仏への信仰を強調している点に独自性がある。『一遍上人語録』巻下にも「中路の白道は南無阿弥陀仏なり。水火の二河は我等が心なり。二河におかされぬは名号なり」とあるように、この描写は一遍の思想によりもたらされた変化と考えてよい。時宗寺院にこのような形式の二河白道図が他に伝世することもこれを傍証するであろう。萬福寺本は、墨地白抜蓮華唐草文の描表装を加えることから、14世紀、鎌倉時代の作と見られ、時宗系二河白道図の伝存最古本として重要な位置を占めるものであるという。
阿弥陀如来は来迎雲に乗り、足元には踏割蓮華、釈迦如来は蓮華八重座に座している。
佛教文化研究 第47・48号の「萬福寺所蔵二河白道図について」は、白道の半ばを過ぎたあたりを、まさに今一人の女性が合掌しつつ歩んでいる。上空を振り仰ぎ、大きく見開いた彼女の目は阿弥陀如来としっかりと視線を合わせて揺るぎ無い。 河原由雄は彼女を韋提希夫人としたが、『観経』の悲劇の主人公として、また凡夫の代表として、本図に最も相応しい配役と私も賛同するという。
『日本の美術272浄土図』は、悪逆の子阿闍世太子の父王幽閉と、これを悲しんだ韋提希夫人の阿弥陀仏への帰依を、下から上へ11図に分けて収め、最上段には、本観経が釈尊の霊鷲山説法中に説かれたものであることを述べて、序分義とする。
韋提希の要望により開示された、極楽浄土を観想するための十六の手段(十六観想)のうち、第1日観想より、水、地、樹、池、楼、華座、形像、真身、観音、勢至、普想、そして第十三雑想観に至る十三図を、上から下へ順番に配置する(定善義)。したがってこの十三観は、心静めて観想する法といわれるという。
韋提希夫人(いだいけぶにん)とは、当麻曼荼羅の右端に表された序分義11図に登場し、左端の十六観観想に登場もする人物である。
ということは、清凉寺本で炎の川の上に坐す女性もまた韋提希夫人ということになるのかな。

二河白道図 南北朝時代・14世紀 114.0X52.3㎝ 神奈川・清浄光寺(遊行寺)蔵
同展図録は、時宗総本山に伝来する二河白道図の古本として有名なもの。萬福寺本より、更に時宗の独自性を強めた形式となっている。遣仰二尊を大写しているという。
二尊ともに透彫のこまかな舟形の挙身光を背負い、踏割蓮華の上に立つ。阿弥陀如来と釈迦如来が立っているというよりも、仏像が2体置かれているよう。
二河や白道の役割が著しく低下している点、及び此土に曲録に坐す善導を描く点に一種の形式化が見られ、初期時宗教団の展開とともに表現が整備された様子がうかがえる。彼岸の土坡には金泥を、此土の土坡には緑青を刷く点に、聖俗の描き分けがみられるという。


一遍聖絵巻9-12← →一遍聖絵と時宗の名宝展 十二光筥の格狭間

関連項目
一遍聖絵巻1-4(一遍が善光寺で二河白道図を写し、窪寺で二河白道図を掛けて念仏修行する場面)
當麻曼荼羅5 十三観
當麻曼荼羅4 序分義

参考文献
「国宝一遍聖絵と時宗の名宝展図録」 2019年 京都国立博物館
佛教文化研究 第47・48号の「萬福寺所蔵二河白道図について」 安嶋紀昭 2004年 浄土宗教學院
「日本の美術272 浄土図」 河原由雄 1989年 至文堂