ホシガラスが埋めて食べ忘れた種のように、バラバラに芽を出した記事が、枝分かれして他の記事と関連づけられることが多くなった。 これから先も枝葉を出して、それを別の種から出た茎と交叉させ、複雑な唐草に育てて行きたい。
2017/06/06
ヤズド、マスジェデ・ジャーメのタイル2 主礼拝室
マスジェデ・ジャーメのモザイクタイル装飾について『COLOUR AND SYMBOLISM IN ISLAMIC ARCHITECTURE』(以下『COLOUR AND SYMBOLISM』)は、1364年に建立され、最初にタイルで覆われたのが1375-76年で、まだ日干レンガや浮彫ストゥッコのパネルが露出していた。1406-17、1432-33、1457-59、1470-71と再開され、17世紀、そして今日に至るまで続いたという。
『砂漠にもえたつ色彩展図録』で深見奈緒子氏は、シャーヒ・ズィンダーにイランで熟成した植物文のモザイクタイルが出現するのは1372年建立のシーリーン・ビカー・アガー廟が最初であるというが、『中央アジアの傑作サマルカンド』は、1385-86年の建立としている。こういう場合、発行年の新しい文献に書かれている方を選ぶことにしているので、そうなると、シリング・ベク・アガ廟以前のイランで制作された植物文のモザイクタイルが残っている可能性がある。
シリング・ベク・アガ廟のモザイクタイルはほぼ植物文で、そうでないものはインスクリプションか枠の線くらいのものであるのに比べると、マスジェデ・ジャーメは多様なモザイクタイルの技法が見られる建造物である。
そこで、
植物文・インスクリプションのように、色タイルを様々な形に刻んで組み合わせるものをタイプⅠ、
空色嵌め込みタイルのような、素焼きタイルを地にして色タイルが文様として入り込んでいるものをタイプⅡ、
色タイルや素焼きタイルを幾何学形に割って組み合わせたものをタイプⅢ、
矩形の色タイル・素焼きタイルの組み合わせをタイプⅣ、
凹凸を付けたものをタイプⅤ、
浮彫テラコッタと色タイルとの組み合わせをタイプⅥ、
一色の幾何学形タイルだけのものをタイプⅦ、
という風に分類してみた。
ただし、古いイランのモザイクタイルにやっと出会えたとはいえ、どのタイル壁面が1375-76年のものかはわからないのだが。
今回は主礼拝室
ピーシュターク(門構え)のスパンドレル タイプⅢにタイプⅠが入り込んでいる。
6つの五角形が花弁のように囲んだ中に植物文と円文が入り、6点星がそれを囲む。直線なのに曲線的な雰囲気がある。
側壁インスクリプション帯の下 タイプⅠ
主文は矩形にまとめたインスクリプションに8点星と八角形が入り込む。
周囲の文様帯はタイプⅢ
その下の区画
スパンドレルは菱形・変形四角形・5点星の組み合わせ。タイプⅢ
壁龕はタイプⅢだが、凹凸があるのでタイプⅤ
三角形・菱形・変形四角形・五角形に切ったコバルトブルーと素焼きのタイルで地文を造り、白タイルの五角形・菱形と三角形の素焼きタイルで10点星を、変形四角形で小さな10点星を浮き出させてつくり、白とトルコブルーのタイルの組紐を高く浮き出させる。その上浮き出たタイルの輪郭をコバルトブルーの細く刻んだタイルで縁取る。
一番下の段中央 タイプⅤ・タイプⅥ
型成形の浮彫による繊細な蔓草文で装飾した幾何学形のテラコッタをやや浮き出た組紐で繋いでいる。トルコブルータイルの組紐が交差する箇所には、菱形のコバルトブルータイルを配している。
一見タイプⅡ風だが、地文の素焼きタイルではない、浮彫テラコッタが使われている点が特徴なのでタイプⅥとした。
その隣 タイプⅠ
スパンドレルの下の壁龕に生命の樹を表したような趣のある植物文様。
奥行のあるイーワーン
尖頭ヴォールト天井 タイプⅡ
名前を方形に文様化したものが斜めに並ぶ。貴重な色タイルが焼成レンガの間に出現した空色嵌め込みタイルから、大きな壁面を短時間でタイルで飾る工夫として成立したバンナーイへの移行期にも思える。
ドーム タイプⅣ
頂点で16点星をつくり、そこから変形四角形・ロセッタ(変形六角形)・4点星・八角形・5点星・六角形・6点星・砂時計形(変形六角形)・7点星・変形5点星などの幾何学文様を織りなすコバルトブルーに挟まれた白い組紐。
頂点 タイプⅢ
それぞれ8枚の白とコバルトブルーの花弁に捻りを入れるという凝りよう。それを囲む16点星は白とトルコブルーの細く刻んだタイルをヘリンボーン(杉綾織文)状に並べる。白タイルは釉薬の剥がれが見られる。
インスクリプションはタイプⅠ
他はタイプⅣ。矩形に刻んだ素焼きタイルと、白・コバルトブルー・トルコブルーのタイルとで構成されている。
ムカルナスはタイプⅡ
素焼きタイルとコバルトブルー・トルコブルーのタイルを矩形に刻んで文様をつくっている。
移行部 タイプⅡ
ミフラーブ
ミフラーブはマッカ(メッカ)の方向にあるキブラ壁に取り付けられた装飾的な壁龕で、モスクで一番重要なものである。モスクを建造するときにどこから建て始めるかはわからないが、完成したモスクをタイルで荘厳する時、一番先にタイルを貼り付けるのは、大切なミフラーブではないかと、勝手に想像している。
上から
スパンドレル タイプⅠ
2つのスパンドレルの間の半球 タイプⅢ
尖頭アーチの帯状の面 タイプⅠ
ムカルナス タイプⅠ
ほぼタイプⅠの植物文だが、ムカルナスとムカルナスの間を補う小さな面には幾何学文様が入り込むのでタイプⅢ
インスクリプション帯 タイプⅠ
インスクリプション帯から下は3つの壁面で構成されている。
中央上には3段のインスクリプション タイプⅠ
その部分拡大
地の色、文字や渦巻く蔓草の大きさなどが異なる。
中央下 タイプⅠ
側面の区画内の文様 タイプⅠ
それを囲む文様帯 タイプⅥ
浮彫テラコッタと色タイルとの組み合わせ
縦書きのインスクリプション帯、様々な文様帯 タイプⅠ
右端の付け柱 タイプⅢ
側壁
尖頭アーチ窓の周囲の文様帯 タイプⅡ
小さな素焼きタイル辺も使用している。
スパンドレル タイプⅠ
その外側の壁面 タイプⅣ
素焼きタイルを地に、トルコブルーとコバルトブルーで人の名を表しているものと思われる。白タイルはコバルトブルーで四方を囲まれた箇所にのみ嵌め込まれている。
その下
トルコブルーの六角形で構成した壁面に、タイプⅠで植物文を表す。
『砂漠にもえたつ色彩展図録』は、イスラーム建築最古のタイルは、イラクのサーマッラーから発掘された9世紀アッバース朝のもので、正方形や六角形の単色タイルと正方形や八角形のラスター・タイルがあるという。
六角形の単色タイルは、色タイルの最初期からあって、それだけで壁面を装飾するという伝統が続いていったということかな。
ドーム室とイーワーンを隔てる尖頭ヴォールトの壁面
上の大画面 タイプⅠ・タイプⅢの組み合わせ
下の腰壁 タイプⅦ
六角形のトルコブルーのタイルだけで構成している。ウズベキスタン、シャフリサブスにあるコク・グンバズ・モスク(1434-35年)の腰壁にも見られる。
もう一方の壁面
インスクリプション帯 タイプⅠ
ほぼ矩形の色タイルで構成された花文のようにも、幾何学文のようにも見える。 タイプⅣ
ただしオレンジ色のタイルは、矩形を組み合わせたというよりは、基本的には1枚のタイルから削り出しているようだ。中にはそれが割れたり、足らずに呼び次いだりしているものもある。その周囲にも異形色タイルが組み合されている。
こんなにも多様な文様、技法で荘厳されたヤズドのマスジェデ・ジャーメは、表門のドゥ・ミナールがペルシアで最も高いという特徴もあるのに、『GANJNAMEH6』『GANJNAMEH7』にも採り上げられていないのは残念である。同シリーズでは、平面図や三次元投影図だけでなく、紀年銘が細かく記されているので、タイル装飾の年代も、少しはわかったかも知れないのに。
マスジェデ・ジャーメのタイル1 表門← →マスジェデ・ジャーメのタイル3 オリジナルと修復
関連項目
シャーヒ・ズィンダ廟群6 シリング・ベク・アガ廟
ミナレットの空色嵌め込みタイル
※参考文献
「ペルシア建築」SD選書169 A.U.ポープ著 石井昭訳 1981年 鹿島出版会
「COLOUR AND SYMBOLISM IN ISLAMIC ARCHITECTURE」 1996年 Thames and Hudson Ltd.London
「砂漠にもえたつ色彩 中近東5000年のタイル・デザイン展図録」 2001年 岡山市立オリエント美術館
「中央アジアの傑作 サマルカンド」 アラポフ A.V. 2008年 SMI・アジア出版社