ホシガラスが埋めて食べ忘れた種のように、バラバラに芽を出した記事が、枝分かれして他の記事と関連づけられることが多くなった。 これから先も枝葉を出して、それを別の種から出た茎と交叉させ、複雑な唐草に育てて行きたい。
2017/06/09
ヤズド、マスジェデ・ジャーメのタイル3 オリジナルと修復
マスジェデ・ジャーメの壁面装飾は変化に富んでいたが、それぞれがモザイクタイルの技法だった。
『COLOUR AND SYMBOLISM IN ISLAMIC ARCHITECTURE』は、1364年に建立され、最初にタイルで覆われたのが1375-76年で、まだ日干レンガや浮彫ストゥッコのパネルが露出していた。1406-17、1432-33、1457-59、1470-71と再開され、17世紀、そして今日に至るまで続いたという。
建物は1324年に着工し、40年わたって整備され(『ペルシア建築』より)、1364年に完成したが、タイルを貼り始めたのが1375年ということになる。
着工した頃はイルハン朝時代で、建物が完成した時にはムザッファル朝期になっていた。その後3回のタイル貼付はティムール朝期、17世紀はサファヴィー朝期と王朝も異なる。
現在見られるタイル壁面がいつの時代のものか分かるほどの知識もないが、タイルは傷みやすいので、後世の修復によるもの(後補)はある程度はわかった。
表門一番下の文様帯
あまり古いもののようには見えなかった。
『COLOUR AND SYMBOLISM』にもこのパネルを部分的に紹介している。自分で写した画像をできるだけ同書のものに合わせて比較してみると、
まずトルコブルーの色合いが違う。同書の図版の方が、色タイル一片一片の色に深みがある。そして植物文様の蔓や、蔓を図案化した文様の太さが違う。同じように造り直しても、その技術が当初のものに追い付かなかったということもあるだろう。
そして、細い文様帯の蔓の伸びる方向が反対である。ひょっとすると、写した左側と、写していない右側では蔓が逆向きに伸びていて、同書の図版は右側のものかも知れない。
葉か花の後を表したオレンジ色のタイル片の形などはよく似せているのだが。
同パネル中心部分 オリジナル(同書より)
写した写真
5点星は1枚のタイルからうまく削り出している。
主礼拝室イーワーン側壁一番下
『COLOUR AND SYMBOLISM』ではチャクマク・モスク、1437年とされていたが、マスジェデ・ジャーメにあった。従って、1437年はチャクマク・モスクの建造年。
型成形の浮彫による繊細な蔓草文で装飾した幾何学形のテラコッタをやや浮き出た組紐で繋いでいる。トルコブルータイルの組紐が交差する箇所には、菱形のコバルトブルータイルを配している。
自分の写真
写した時は、浮彫テラコッタが黒ずんで古そうだと思ったが、
同書の図版はそんな汚れはないが、色タイルは古びている。
自分の写真のタイルは新しいものが多そう。
別の箇所で比べると、浮彫テラコッタは彫りが浅いというか、風化が見られるというか、
自分の写真の浮彫テラコッタは凹凸がくっきりしている。
また、一目で後補のものと見分けられるものもある。
古い空色嵌め込みタイルは、矩形のタイルとタイルの間に隙間がないほどきっちりと造られているが、補修された部分では、タイルの間が黒くなっている。
表門の複合柱のインスクリプション帯・各文様帯などは後補のようだ。
タイルは時代を経ると割れたり剥落したりするので後補のものに取り替えられるのは仕方がないことだ。しかし、古びていたり、壊れていたりしていても、オリジナルは保存されていることを願う。
ヤズド、マスジェデ・ジャーメのタイル2 主礼拝室←
関連項目
ヤズド、マスジェデ・ジャーメのタイル1 表門
※参考文献
「COLOUR AND SYMBOLISM IN ISLAMIC ARCHITECTURE」 1996年 Thames and Hudson Ltd.London