ホシガラスが埋めて食べ忘れた種のように、バラバラに芽を出した記事が、枝分かれして他の記事と関連づけられることが多くなった。 これから先も枝葉を出して、それを別の種から出た茎と交叉させ、複雑な唐草に育てて行きたい。
2015/07/10
漆喰装飾を遡る
シャーヒ・ズィンダ廟群の浮彫施釉タイルの起源を探っていくと、アイーシャ・ビビ廟の異形煉瓦にいきついた。
アイーシャ・ビビ廟の異形煉瓦 12世紀 カザフスタン、タラス
『イスラーム建築の世界史』は、壁面を覆い尽くす美しい煉瓦積技法に磨きがかかる。サーマーン廟から継承したこの技法は、異形煉瓦やテラコッタを用いて高度になる。煉瓦の形と目地によって文様を編みだすばかりでなく、煉瓦の表面に凹凸のある浮彫のテラコッタが多用された。煉瓦文様積技法の進化は、後述するタイル文化の素地となるという。
サーマーン廟の画像はこちら
8点星と十字形のテラコッタの組み合わせなどは、ラスター彩や青釉タイルなどの組み合わせにも用いられている。
しかし、それ以前では漆喰による浮彫装飾だった。
アル・ジャアファリーヤ中庭 ターイファ時代アラブ系フード朝(1039-1146)、11世紀後半 サラゴーサ
『世界美術大全集東洋編17イスラーム』は、小さな礼拝堂のミヒラーブの馬蹄形アーチ、中庭の周りに配置された多弁形アーチ、植物装飾の浮彫されたパネルなどは、基本的には後ウマイヤ朝のハカム2世時代の様式を継承しているが、絡み合う多弁形アーチのデザインは幾何学的に高度で複雑な構成を示している。それは素材が大理石から漆喰に替わり、造形が容易になったことにもよる。しかし、その一方では、前時代のはつらつとした自由な表現は失われ、ともすれば独創性を欠く様式美に陥ってしまったのも事実であるという。
サロン・リコの浮彫パネル 後ウマイヤ朝、953-57年 コルドバ郊、マディーナト・アッ・ザハラー
『世界美術大全集東洋編17イスラーム』は、コルドバ大モスクのハカム2世増築期に見られる多弁形アーチはまだ登場しておらず、もっぱら馬蹄形アーチが多用されていた。「サロン・リコ」(豪華な広間の意)と通称される広間は、大モスクのミヒラーブやモクスーラと同様に、精緻な植物文様を浮彫した大理石のパネルで壁面全体が覆われているという。
同浮彫パネル 大理石
大理石のためか、アル・ジャアファリーヤの多弁形アーチの漆喰装飾よりも浅浮彫で植物文が表されている。しかも、空白がないほどに文様で埋め尽くされる。左右対称性の強い装飾となっている。
大モスクミフラーブ セルジューク朝、10世紀 ナーイーン
『イスラーム建築の世界史』は、オリエント世界から受け継いだ漆喰細工という。
『イスラーム建築の見かた』は、繁茂する草花、幾何学紋、文字紋がミフラーブに多用される。ただしこれらの紋様をよく見れば、自由自在に線が伸びている訳ではないことがわかる。壁画に中心線が設定され、壁画分割に従って紋様が描かれているという。
同ミフラーブ
葡萄の房らしきものも認められる。このミフラーブ頂部は、壺から伸びる、生命力あふれる葡萄唐草を表したものだろうか。
同円柱
『イスラーム建築の見かた』は、幾何学的な組紐文様の合間を埋めるように葡萄唐草が浮き彫りされる。イスラーム以前のペルシアにあったスタッコ細工の技法がうかがわれるという。
組紐文に葡萄唐草を埋めているため、曲線的ではあるが、すでに様々な幾何学文を組み合わせるという、イスラーム美術の特徴が出現している。
ストゥッコ装飾 アッバース朝、9世紀 サーマッラー出土
『世界美術大全集東洋編17イスラーム』は、アカンサス、パルメット、葡萄、翼など、古代ギリシア・ローマ時代やサーサーン朝など古代西アジアの具象的な文様モティーフが、きわめて抽象化された文様として完成された形態を示している。その抽象化は、傾斜をつけた彫り方や型押しの技法をもって完成された。サーマッラーにおける抽象化された文様は、後に平面的な文様にも応用され、イスラーム文様独特の、複雑に交差しながら無限に広がる蔓草文様の出発点になったという。
ムシャッター宮殿外壁 ウマイヤ朝、8世紀前半 石灰岩 ヨルダン ベルリン国立博物館イスラーム美術館蔵
『世界美術大全集東洋編17イスラーム』は、イスラーム世界で文様は、まず建築の装飾の手段として展開した。初期には、まだイスラーム独自の文様はなく、アカンサス、パルメット、葡萄、石榴、翼など、イスラーム以前の古代ギリシア・ローマ美術、ビザンティン美術やサーサーン朝美術などの伝統文様を借用していた。それらの文様のモティーフは、時には写実的に、時には多少形式化した形態で、蔓草文様、帯状文様、または充填文様として構成された。ムシャッター宮殿外壁は、イスラーム以前の諸美術の文様が共存している典型的な作例であるという。
大きな鋸歯文には、一重の蔓草が渦巻く文様が地文となっている。
浮彫施釉タイルの起源は漆喰装飾や浮彫焼成レンガ←
関連項目
シャーヒ・ズィンダ廟群3 アミール・ザーデ廟
シャーヒ・ズィンダ廟群4 トグル・テキン廟
シャーヒ・ズィンダ廟群5 シャディ・ムルク・アガ廟
※参考文献
「中央アジアの傑作 サマルカンド」 アラポフ A.V. 2008年 SMI・アジア出版社
「砂漠にもえたつ色彩 中近東5000年のタイル・デザイン展図録」 2001年 岡山市立オリエント美術館
「世界美術大全集東洋編17 イスラーム」 1999年 小学館
「イスラーム建築の見かた」 深見奈緒子 2003年 東京堂出版
「イスラーム建築の世界史 岩波セミナーブックスS11」 深見奈緒子 2013年 岩波書店