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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2023/09/12

ラヴォデュ サンタンドレ教会 L'Église Saint-André de Lavaudieu


『The treasures of Romanesque Auvergne』は、絵のように美しい村をに花を添えるラヴォデュ修道院は、オーヴェルニュで革命の被害を受けなかった唯一の修道院であり、その回廊はこの地方で唯一のもの。
食堂と簡素な修道院教会の間にあるこの小さな回廊の木造の回廊と不規則な柱はとても魅力的だ。修道院はその控えめな規模のおかげで被害を免れたが、これは「神の谷」の静けさの印象を高めるものであるという。
ロマネスク美術とロマネスク建築というサイトのラヴォデュ(Lavaudieu)<2>に平面図があるので、やっとこの修道院の回廊と付属の教会の形がわかった。

平面図によると、サンタンドレ教会は八角形の鐘楼を持つラテン十字平面で、側廊の南に回廊、さらに南に東西に長い食事室がある。

この平面図によると、小さな聖堂は身廊に北側にゴシック様式の側廊が増築されたらしい。
天井は半円ヴォールトに限りなく近いが、フレスコ画で覆われていた。

頂部がやや尖っている。この天井には白っぽいところがある。玉座のキリストを描いているようだが、

ひっくり返してみると、歪んだマンドルラは尖ったところが尖頭に合っていない。
玉座にすわったキリストだけが、白描画のように描かれている。何時の時代のものだろう。


その次に見たのは身廊奥上部の壁画だった。ピンボケながら、磔刑図らしきことくらいは分かるが、ロマネスクの壁面とは趣が異なる。それに半円ではなく、尖頭である。

『フランス・ロマネスク』は、この教会のなかの一つの特色は、身廊と内陣の間の上部、「勝利のアーチ」の所に描かれた壁画である。復元作業はまだ終わっていないが1315年という年代がついているという。
勝利門か、初期キリスト教会にあるような。そう言えば、ローマのサンタ・プラッセーデ聖堂(Basilica de S.Prassede、9世紀)にも勝利門があったが、聖堂はバシリカ式で木造の平天井の下につくられたものだった。

キリストは、頭部も形も十字架から外れており、それを母マリアと一番若い弟子のヨハネが見つめている。その下には二人の天使が長い羽根を広げ、その間には丸いものがある。

『フランス・ロマネスク』は、左には水平におかれた聖アンドレの十字架があるという。
その下は司教杖を持った司教が二人。しかも、右側は頭にかぶり物を付けていて、修道女かも。

左上はキリストの遺体を寝かせているのだろうか。いや『フランス・ロマネスク』は右に「聖母の最後の眠り」が描かれているという。
その下は十二使徒にしては人数が足りない。
さらに下は前向きの司教の左は司教杖を持っていない。右は小さな子供に手を差し伸べる修道僧、子供の口からドラゴンが出ているように見えるのは私だけかも。


北壁面
キリスト逮捕から磔刑までの3場面


キリストの逮捕からゴルゴダの丘へ十字架を担いで行くキリスト
キリストのかぶり物が天井に描かれたキリストと同じものなので、フレスコ画は同時期に描かれたものだろう。

自分が磔󠄃にされる十字架を担がされてゴルゴダの丘へと向かうキリスト、続いて十字架にかけられたキリスト


南壁面

二人の天使に付き添われる聖母マリア、その両側にはカーテンのようなものが描かれている。


西扉口から入ってすぐの壁
どんな場面を表しているのか不明だが部屋の壁面の文様が細かく描かれ、背もたれのある椅子などもあってどこかの室内を表しているらしい。

西ファサード側の壁面までフレスコ画は続いている。
窓の南側は大天使、北側は白い服の人物。ひょっとすると、2場面で受胎告知を表しているのかも。

北側を見上げると、

カーテンの左にもフレスコ画

これがこの教会の名前になった使徒アンデレ(フランス語ではサンタンドレ Saint-André)? でもアンデレは漁師だったはず。この人物は学者のよう。
『フランス・ロマネスク』は、側廊のアーチの上に4人の福音書史家がいて、両端に2人ずつ机をまえにして福音を書いている図もあるという。ひょっとすると、この西ファサードに近い壁面に描かれたのも、四福音書記者の一人かも。


なぜか赤い五弁花が鏤められている。


食堂のフレスコ画 玉座のキリスト他
ラヴォデュ修道院教会食堂のフレスコ画玉座のキリスト他 『The Treasures of Romanesque Auvergne』より

玉座のキリスト
キリストは、顔は小さく上半身は細身なのに、脚部が非常に量感がある、平安前期の仏像のよう。そういえば、昔思い込んでいた涼州式偏袒右肩のよう(あるときにそれが間違っていることに気がついた。それについてはこちら)。それにしても煩雑な衣褶線だろうか。
ラヴォデュ修道院教会食堂のフレスコ画玉座のキリスト 『The Treasures of Romanesque Auvergne』より

一般的にはどちらかの方向から伸びていく蔓草が、ここでは紺地に二つ一組の渦巻き風の文様になっている。
四福音書記者の象徴は、左下から時計回りに、マルコの獅子、マタイの人、ヨハネの鷲、ルカの雄牛。
ラヴォデュ修道院教会食堂のフレスコ画玉座のキリスト 『The Treasures of Romanesque Auvergne』より

玉座のキリストの下には玉座の聖母
幼子キリストは抱いていない。両側に立っているのは十二使徒だろう。
ラヴォデュ修道院教会食堂のフレスコ画玉座のキリスト下段 玉座の聖母 『The Treasures of Romanesque Auvergne』より


身廊の柱頭彫刻

蛇が肉食獣の足をかじっているのだろうか。

その蛇は角に立つ人に体を持ち上げられ、胴体は側面にまで長々と続いている。


正面の木に蛇がよじ登っている。アダムとエヴァの話のよう。

彫刻というよりも粘土細工のよう。

2羽の猛禽類が何かを銜えている。

その上にパルメットの葉が縁飾りのように彫られていて、鳥の表現は古拙でも。丁寧に仕上げている。この古拙というのが大好きな私。

中にはこんなに簡素なアカンサス由来の葉文様も。

円文繋ぎの楯はアカンサスの葉のように反り返り、その上、2本の槍の間に王冠を被った人物が顔を出す。壁には花の文様が黒線で克明に描かれている。下描きで終わってしまったのだろうか。


回廊
ここにも和める柱頭彫刻があるのだが、残念なことに、回廊と食事室は午後2時からしか見学できない。しかもイタリア徒然というサイトの勝手に退室不可の回廊、初体験。(ラヴォデュ2)によると、ガイド付き visite guidée らしい。
『フランス・ロマネスク』は、この教会の回廊は鄙びていてつつましい。まるで大きな農家の
庭と倉庫のような感すら与える。およそ16m四方の大きさであるが、歩く所に小さな丸石が敷いてあったり、つぎはぎの柱が屋根を支えている。それが1本または2本単位の繰り返しのリズム感をつくっている。
柱頭彫刻は、極めて単純なものが多いが、それはほぼ葉文様である。しかしなかに2つの尻尾をもった人魚、祈っている天使、粒状の眼をした獅子の踊っているような彫刻があり、もう一つは蛇にからまれた女のテーマである。2匹のサンショウウオに乳をやっている女の姿があるが、そのサンショウウオは柱頭の裏側にうずくまっている男のなかから出ているという奇怪な図であるという。
ラヴォデュ修道院教会回廊 The Treasures of Romanesque Auvergne』より

『異形のロマネスク』は独自の視点から柱頭彫刻について解説された興味深い著作で、柱頭彫刻のイラストが満載である。しかしながら、やはり図版や写真の柱頭彫刻とは違っているが、せっかくなので、その中からラヴォデュの回廊の柱頭彫刻を挙げてておく。
ラヴォデュ回廊の柱頭彫刻 『異形のロマネスク』より


ルピュイ ノートルダムデュピュイ司教座聖堂4 回廊
                →ブリウド サンジュリアン聖堂1 後陣のモディヨン


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参考サイト
フランスの美しい村ラヴォデュー/LAVAUDIEU 

参考文献
「The Treasures of Romanesque Auvergne」 Text :Noël Graveline Photographs: Francis Debaisieux Design Mireille Debaisieux  2010年 Édition DEBAISIEUX 
「異形のロマネスク」 ユルギス・バルトルシャイティス 馬杉宗夫訳 2009年 講談社