お知らせ

忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2024/07/19

描かれたスレイマン大帝


スレイマン一世は46年間(1520-66)という長い治世で領土を拡大していったが、それだけではなく、タイルや陶器はイズニックの最盛期、ミマールスィナンというイスタンブールの建築大学の名にもなっている、素晴らしい、そして長命の建築家が現れて数多くのモスクとその複合施設を建て、イラン(タブリーズ)より連行された芸術家も新たな絵画をもたらすという、芸術面でもオスマン帝国の最盛期だった。

『世界美術大全集東洋編17 イスラーム』(以下『東洋編17』)は、オスマン帝国の絵画が全盛期を迎えたのは、スレイマン一世とムラト三世(在位1574-95)の時代であった。スレイマン一世は、オスマン帝国の最盛期を築いたスルターンであったが、自らの偉業を後世に伝えるために歴史書の制作に力を注いだという。

少しではあるが、スレイマン一世の治世を細密画でみると、

スレイマン一世の即位式 『スレイマンの書』第17葉 1558年 制作地イスタンブル 着彩 紙 31X20㎝ トプカプ宮殿博物館蔵
『東洋編17』は、『スレイマンの書』は、スレイマン一世の歴史書の代表作である。歴史書は、官職として設けられたシャーナーメジ(『王書』執筆官)が執筆し、宮廷工房の画家と書家の共同作業で制作された。本文のみでなく、挿絵も史実に制作されたので、これらの作品は歴史資料としても高く評価されているという。
『オスマン帝国外伝』の第一話は確かマニサにいたスレイマンのもとに使者が来てセリム一世の死を伝えるところから始まったが、イスタンブールの宮殿での即位式は覚えていない。
この絵はイスタンブールへ戻って即位式が行われた場面。場所はトプカプ宮殿の中庭のよう。現在では巨木が林立しているが、この頃はまだ木も若かった。
トプカプ宮殿博物館蔵 スレイマン一世の即位式 世界美術大全集東洋編17 イスラームより

『図説イスタンブール歴史散歩』は、1494年誕生。1520年セリム一世没し、第10代スルタンとして即位という。
26歳の若きスレイマンは玉座に坐している。その前でひれ伏しているのは誰だろう。
屋内を描いたらしく、壁面や床の文様も凝っている。
トプカプ宮殿博物館蔵 スレイマン一世の即位式 世界美術大全集東洋編17 イスラームより



ロードス島を攻める若きスレイマン トプカプ宮殿博物館蔵 写真大村次郷
『図説イスタンブール歴史散歩』は、25歳で即位したスレイマンの第2回目の親征の目標は、ロードス島であった。1522年のこの遠征で、東地中海航路の安全を確保するのに成功した。本図上方の城内では、聖ヨハネ騎士団が防戦につとめている。右下、羽飾りのついたターバンをかぶった若きスレイマンが、馬を進めている。左手中程では、イェニチェリたちが、城兵に銃撃を加えている。左下では、地下道を掘って城内に突入すべく、作業が進められつつあるという。
トプカプ宮殿博物館蔵細密画 ロードス島を攻める若きスレイマン 図説イスタンブール歴史散歩より

若きスレイマンは丸顔で、他の兵士たちと似たような顔に描かれている。
トプカプ宮殿博物館蔵細密画 ロードス島を攻める若きスレイマン 図説イスタンブール歴史散歩より


モハーチの戦い ナッカシュ・オスマン画 トプカプ宮殿博物館蔵
『望遠郷』は、オスマン帝国の細密画家はスルタンをたたえる式典や大遠征の祝賀会、豪華な宮殿の様子などを思うままに描いた。メフメット二世の時代には面家の数は少なかったが、シュレイマン一世の時代(16世紀)には有名な画家だけでも 28人もおり、17世紀には100ほどのアトリエがあり、そこで働く画家の数は数えきれないほどまでになっていた。
細密画の画風は画一的ではあるが、その時代ごとに何人かの個性ある画家が現れた。彼らは協力して、まさしくオスマン風といえるスタイルを生み出したという。
トプカプ宮殿博物館蔵ナッカシュ・オスマン画 1526年のモハーチの戦い 望遠郷2イスタンブールより

仏伝図などでも釈迦が他の人よりも大きく表されたが、このスレイマン大帝も他の人よりも大きく描かれている。これは「ロードス島を攻める若きスレイマン」との違いでもある。数あるアトリエの特徴か、それともナッカシュ・オスマンだけのものなのか、それがわかるほど『スレイマンの書』を見てみたい。
トプカプ宮殿博物館蔵ナッカシュ・オスマン画 1526年のモハーチの戦い 望遠郷2イスタンブールより

スレイマン一世の肖像画 インスブルック芸術史美術館蔵
ハセキ・ヒュッレムの肖像 ジャック・カイヨール画 『望遠郷2イスタンブール』より
インスブルック芸術史美術館蔵スレイマン一世の肖像画とジャック・カイヨール画ハセキ・ヒュッレムの肖像 望遠郷2イスタンブールより


壮年のスレイマン 画家不明 写真 大村次郷 
『図説イスタンブール歴史散歩』は、スレイマン大帝は、黄金時代の君主であったばかりでなく、容姿の上でも、オスマン朝歴代中屈指の好男子であった。若年時には、色白でふっくらした貴公子であったらしいが、壮年期から老年期に入ると、面長で厳しい風貌をそなえるようになった。晩年のスレイマンは、公式の席ではほとんど表情を変えることもなく、顔色は青白かったという。
若い頃は色白でふっくらしていたのだったら、即位式の図はスレイマンの顔を良く描いていることになる。
トプカプ宮殿博物館蔵細密画 壮年のスレイマン 図説イスタンブール歴史散歩より


その後は老齢のスレイマン一世
スレイマン一世立像 16世紀中頃 ニギャーリー画 着彩 紙 約26X20㎝ トプカプ宮殿博物館蔵 
『東洋編17』は、スレイマン一世の治世に肖像画家として活躍したハイダル・レイス(雅号ニギャーリー、1494-1572)は、オスマン帝国海軍の軍人であったが、絵画にも才能を示した。簡潔な描写法で巧みに写実性を追求した肖像画法は高く評価された。「スレイマン一世立像」や「オスマン帝国海軍大提督ハイレッディーン・バルバロス像」はその代表作であるという。
ハイレッディーン・バルバロス像は何時の日にか。
スレイマン一世の背後に控えている赤い帽子を被った若い二人は小姓である。
トプカプ宮殿博物館蔵ニギャーリー画スレイマン一世立像 世界美術大全集東洋編17 イスラームより

スルタンの私室つき小姓 
『オスマン帝国の時代』は、彼らは一般の小姓のなかから選択され、将来のエリート候補であった。多くのミニアチュールで、赤い被りものをつけた私室長と太刀持ち(シラフタール)の二人がスルタンのそばにいるのが描かれているという。
トプカプ宮殿博物館蔵「スレイマンナーメ」より小姓たち 世界史リブレット19 オスマン帝国の時代より  
 

ステファン王子との会見図 ハンガリー遠征記挿絵 1568-69年 『トルコ・トプカプ宮殿秘宝展図録』より
『東洋編17』でヤマンラール水野美奈子氏は、オスマン帝国では、スルターンの業績を記述した歴史書の編纂が盛んであったが、この『スィゲトゥヴル遠征記』は、アフメト・フェリードゥーン・パシャ(1583没)が著した。この戦記は、スレイマン一世の13回目にして最後の遠征となったハンガリー南部のスィゲトゥヴル要塞攻略と、スレイマン一世のスィゲトゥヴルでの病死、皇子セリムの即位など、1569年までの歴史を含んでいる。
という。
 トプカプ宮殿博物館蔵ステファン王子との会見図 トルコ・トプカプ宮殿秘宝展図録より

同書は、この接見の場面で、スレイマン一世は、陣営用のスルターンの豪華なテントの前に置かれた、黄金の玉座に座し、オスマン帝国の庇護下にあったエルデルの皇子を接見している。
スレイマン一世は、遠征出発時にはすでに馬に跨ることもままならないほど病に冒されており、無理を押しての遠征であった。王座のスレイマン一世は、特色ある大きな頭衣をかぶり、右手には最高権威者の象徴であるハンカチーフを握り、威厳に満ちた姿で描かれている。しかし、目は落ちくぼみ、その顔や首筋には深い皺が克明に刻まれ、死期の迫ったスルターンの姿が、過酷なまでに写実的に描かれている。オスマン帝国の画家が、スルターンの写実的な肖像画を歴史書の場面に表現する伝統は、後世に継承されたという。
トプカプ宮殿博物館蔵ステファン王子との会見図 トルコ・トプカプ宮殿秘宝展図録より

この遠征先でスレイマン大帝は亡くなった。
どの本の記述か失念してしまったが、1566年にスレイマン大帝が死去すると、大宰相ソコル・メフメト・パシャは死去の知らせを隠し、遺体をイスタンブールに運び、スレイマニエジャーミイの複合施設内に埋葬した。墓は後に息子のセリム二世がミマールスィナンに建設させ、スルタンの死後2年で完成したという。
スレイマニエジャーミイの中庭にスレイマン大帝の棺を運び、テントを張って墓穴を掘っている細密画が残っている。その絵の片隅にはミマールスィナンもえがかれている。
それはムスリムの墓廟にある棺に掲載した。


関連記事

参考文献
「図説イスタンブール歴史散歩」 鈴木董 1993年 河出書房新社
「世界美術大全集東洋編17 イスラーム」 責任編集杉村棟 1999年 小学館
「トルコ・トプカプ宮殿秘宝展 オスマン朝の栄光図録」 編集:東京国立博物館・中近東文化センター・朝日新聞社 1988-89年 発行:中近東文化センター・朝日新聞社
「世界史リブレット19 オスマン帝国の時代」 林佳世子 1997年 山川出版社
「イスタンブール 旅する21世紀ブック望遠郷」 編集ガリマール社・同胞舎出版 1994年 同胞舎出版