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忘れへんうちに 旅編では、中央アジア各地、イランの旅に続いて、フランス南西部のオクシタニー地方の旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2018/02/27

初期のラスター彩陶器はアッバース朝とファーティマ朝


イランでラスター彩陶器の生産が始まるのは12世紀後半という(『砂漠にもえたつ色彩展図録』より)が、イランからはそれ以前のラスター彩陶器が出土している。
『世界美術大全集東洋編17』は、ラスター彩陶器は、9世紀頃からイラクやエジプトで制作され始めた。鉛釉に酸化錫を加えて造られた錫白釉の技法が確立したことによって、ラスター彩の技法も発展した。ラスター彩は、白釉陶器の上に、銀や銅の酸化物あるいは硫化物で絵付けをして、再度低火度の還元炎で焼成する彩画技法で、表面に金属的な光沢をもった被膜ができることによって、金属的な輝きを発する。金属的な発色は黄色に近い金色から、銅褐色の茶色までさまざまである。また初期ラスター彩には金、黄、茶などの複数のラスター彩が一緒に用いられた多色ラスター彩と、金または銅褐色1色を用いた単色ラスター彩があるという。
同書には12世紀第4四半期とされるイランで制作された作品が載っている。

人物文壺 セルジューク朝(12世紀第4四半期) 高34㎝ 製作地イラン 大英博物館蔵
同書は、アッバース朝時代にイラク、イランとその周辺で盛んになった陶器の制作は、イラン・セルジューク朝に受け継がれた。さらに新たな器形、技法、装飾が加わり、著しい発展を見せたセルジューク朝の陶器は、イスラーム陶器史上重要な位置を占めているという。
座って左手だけを衣装から出す女性が蔓草文様の帯の間に描かれる。顔も衣装の文様も似通っている。

同書には初期のラスター彩陶器が幾つか紹介されているが、12世紀前半のものはなく、11世紀の作品は、ファーティマ朝時代のもので、10世紀以前のものがアッバース朝時代のものだった。
同書は、赤みがかったやや粗い胎土に白釉をかけ、その上に黄色みを帯びたラスター彩で絵付けを施した典型的なファーティマ朝ラスター彩陶器である。
ファーティマ朝のラスター彩陶器には帝王主題のほかに、格闘図や闘鶏図のように従来とは異なった側面、つまり日常生活からとられたテーマが数多く選ばれているのである。また、人物像ばかりではなく、兎などの鳥獣類も非常に好まれたモティーフである。斬新なテーマに加えて、様式面でも写実性豊かで動勢に富んだ表現が多いことも、この時代の特色に数えられるという。


チーター使い図鉢 ファーティマ朝(11世紀初期) 径20.4㎝ 製作地エジプト アテネ ベナキ美術館蔵
『世界美術大全集東洋編17』は、補修がかなり加えられている。この作品には、跪くようなポーズをとる老人と豹に似たチーターが向き合って表現され、背景を充塡するように表された樹木やパルメット唐草もともに白抜きで表現されている。両手を前に出してチーターを宥めるような仕草を見せているチーター使いの顔には補筆の跡がうかがわれるものの、真剣そのものの表情がうまくとらえられている。アーモンド形の大きく見開いた眼は、ファーティマ朝時代の図像表現の特徴である。
中東イスラーム世界の王侯貴族に好まれた狩猟のなかで、カモシカ猟にはチーターが使われ、狩猟図に表されている事例がいくつか知られている。裏面には伝統的な円文が白地にラスター彩で表されているという。
地面から生えてチーターの背後を通って延びる大柄な蔓草は、枝分かれすることなく、葉や巻きヒゲを出しながら、器体に広がる。人物の背後にも繋がらない葉が描かれる。 
あまり光沢の感じられない焼き上がりとなっている。
鷹狩り図皿 ファーティマ朝(11世紀) 製作地エジプト スイス リッギベルク アベック財団蔵
犬を連れ、渦巻で鷹狩りに向かう人物の素手の左手に鷹が留まっている。鷹狩りを見たことのない陶工が描いたのだろうか。
ここでも蔓草が各所に描かれる。口縁部の白い輪は轆轤を回さずに描いたのか、幅が一定しない。

饗宴図皿断片 ファーティマ朝(11世紀) 制作地エジプト カイロ、イスラーム美術館蔵
ラスター彩に白抜きという作品が多いなか、この作品は白地にラスター彩で文様を描く。
衣装や髪型などを細かく描写している。コップや水差しは液体が透けて見えるので、ガラス製である。

饗宴図皿断片 ファーティマ朝(11世紀) 最大径39.2㎝ 制作地エジプト アテネ、ベナキ美術館蔵
白抜きで、中央に生命の樹(ナツメヤシには見えない)、その左右に楽人とガラス製の水差しからコップに液体を注ぐ人物が描かれている。楽人の外側には蓮の蕾を2輪挿した把手付き水差しが置かれて、優雅なひとときを表している。

やっとアッバース朝期のものが出てきた。

鳥文壺 アッバース朝(10世紀) 製作地イラク 高28.2径23.2㎝ ワシントンD.C.フリーア・ギャラリー蔵
白地にラスター彩で描かれた文様は大きめ。
頭と嘴に飾りをつけた鳩が2段に描かれる。鳩小屋の描写かも。縦枠の中の文様はパルメット文でもない。肩部には、葡萄の実というよりも目玉のような文様が横並びに描かれている。

鉢 10世紀 レイ出土? テヘラン、ガラス陶器博物館蔵
右手を上げ、左手は体に沿わせて座る人物が、鳥と共に、内面いっぱいに大きく表されている。これは鷹匠を描いたものだろうか。

鉢 10世紀 ニーシャープール出土 テヘラン、ガラス陶器博物館蔵
くっきりと発色したラスター彩なので、新しいものかと思った。文様も斬新で、完成度が高い。
下から映えた植物の枝が分かれる様子を描いてそれが器面を五等分する。左右の区画には同じ植物文様を左右対称に描き、頂部の区画には蔓草が伸びる様子をほぼ左右対称に整えている。

鉢 9-10世紀 出土地不明 テヘラン、ガラス陶器博物館蔵
器面いっぱいに大きな旗を持って走る人物が描かれる。人物の体は横向きなのに顔は正面向き。開いた足の下はその人物の影?
旗には2羽の鳥が横向きに描かれる。その旗の先端も鳥の目と嘴が表されているらしい。前方に大きく描かれている鳥は鷹だろうか。ひょっとしたら、鷹狩り大会で最も多くの鳥を仕留めた鷹が表彰される場面かも。

パルメット文鉢 アッバース朝(9世紀) 多色ラスター彩 径29㎝ 制作地イラク クウェート国立博物館蔵
同書は、このパルメット文鉢は多色ラスター彩で、銅褐色と金が効果的なコントラストを形成している。
主要文様は、見込み部に十字に大胆に配された大きな四つの半パルメット文である。パルメットの小葉は、金色のラスター彩で輪郭がとられ、その中は銅褐色のラスター彩で充塡されている。残ったわずかな空白部と口縁部は、銅褐色を基調としたラスター彩と金色の不規則な葉文で充塡されているという。
初期にはさまざまなラスター釉の掛け方が試みられたのだ。
大きな半パルメット文や小さな葉文の隙間にはより薄い色の地があり、そこにも文様が線刻されていて、それがパルメットの葉の曲線を強調して、まるで4枚羽根が旋回してるような躍動感さえ感じる。
どんなものでも草創期の作品は興味深く、味わいもあるが、その後ラスター彩はどのようになっていくのだろう。

双耳壺(アルハンブラの壺) ナスル朝(14世紀初期) 高117㎝ 制作地スペイン エルミタージュ美術館蔵
『世界美術大全集東洋編17』は、翼形の把手のついたラスター彩の大壺は、その大きさと器形はラスター彩陶器としては比類がない。その名称の起源は18㎝にこの種の陶器がグラナダのアルハンブラ宮殿で発見されたことに基づいている。頸部は面取り状になり、特徴ある翼のような陶器には、象徴的な「ファーティマの手」が表されている。
器面は、アラベスク、組紐文のほか、「祝福」「健康」「悦楽」などを内容とするクーフィー体のアラビア文字の銘文で飾られている。ラスター彩は濃い黄色を呈しているが、イランやエジプトのラスター彩に比較して虹色の光彩が顕著に見られる。
ラスター彩陶器は、13世紀初期からマラガで焼かれたとされている。確証はないが、ナスル朝におけるラスター彩陶器の起源は、おそらくファーティマ朝が1171年に滅亡した後に、移住してきたエジプトの陶工にあると考えられるという。
でも、宮殿にはラスター彩タイルは使われていなかったと記憶している。
ラスター彩がスペインに伝わっていることは、世界のタイル博物館で下の作品を見て知ってはいたが、こんなに早い時期だとは思わなかった。

ラスター・コバルト彩タイル クエンカ技法 16世紀 413X413 世界のタイル博物館蔵
そしてこの色彩と文様。ラスター彩の金属的な光沢の組紐がコバルト色の輪っかをつなぎ、間地にコバルト色の花十字がある。輪っかの中には双方を組み合わせた花文が配される。
『聖なる青 イスラームのタイル』は、光の角度によって玉虫色のように微妙な輝きをみせるラスター彩は9世紀から13世紀の間に中近東地域でのみ生産された。幻の名陶である。
一見、金彩のように見えるが釉薬や顔料の金属酸化物が表面に皮膜をつくって虹のような光彩をつくりだしているという。

イランガラス陶器博物館でラスター彩の制作年代を遡ると
                     →ファーティマ朝のラスター彩陶器

関連項目
ラスター・ステイン装飾ガラス

参考文献
「世界美術大全集東洋編17 イスラーム」 1999年 小学館
「世界史リブレット76  イスラームの美術工芸」 真道洋子 2000年 山川出版
「聖なる青 イスラームのタイル」 INAXBOOKLET 山本正之監修 1992年 INAX出版