ホシガラスが埋めて食べ忘れた種のように、バラバラに芽を出した記事が、枝分かれして他の記事と関連づけられることが多くなった。 これから先も枝葉を出して、それを別の種から出た茎と交叉させ、複雑な唐草に育てて行きたい。
2018/02/23
イランガラス陶器博物館でラスター彩の制作年代を遡ると
ガラス陶器博物館2階にはラージュヴァルディーナと名付けられた展示室が2つあって、どちらにもラスター彩陶器が多数置かれていた。
『砂漠にもえたつ色彩展図録』は、ラスター彩陶器は、白色不透明釉の上に酸化銀または酸化銅を含む絵具で着彩したもので、上絵付のための2度目の焼成には酸素を著しく減少させた特別な環境を作り出す窯が用いられ、酸化金属を還元させることによって焼き上がった図柄が金属的な輝きを示す陶器である。「ラスター」とはこの金属的な「輝き」を指す英語で、現代の美術用語であり、当時は「2度焼きされるエナメル」と呼ばれていた。イランでは12世紀後半から生産され、14世紀半ばまで続けられた。ラスター彩の技法は特定の陶工集団が独占していたようで、広く普及することはなく、陶工集団が移住した地で一定の期間だけ隆盛を誇るという傾向にあった。この時代のイラン・ラスター彩陶器では多くの場合、白釉に中絵付が施されており、ラスター彩の色彩だけでなく、ターコイズ色や藍色のハイライトを帯びているという。
タブリーズのアゼルバイジャン博物館では12世紀のラスター彩陶器を多く見たが、テヘランのガラス陶器博物館で最も多いのは13世紀の作品だった。
製作時期、器形、出土地で分けて見ていくと、
13世紀の作品
鉢 カーシャーン出土
『世界美術大全集東洋編17イスラーム』は、錫白釉の地に酸化銀、酸化銅などを主体とした複雑な呈色材料で絵付を行ってから低火度で還元焼成させるという。このように赤っぽい発色は酸化銅だろう。
渦巻あるいは蔓草文様の他にはアラビア文字、そして横向きのカモのような鳥が描かれている。カモは飛べるのかなと思うほど重そう。
コバルトブルーの線が映えるが、その釉は器壁と見込みの境目でにじみがある。
鉢 カーシャーン出土
見込みには人面の鳥が二羽、背を向けて顔だけ合わせている。器壁には人物とアラビア文字が描かれるが、大きなメダイヨンのある広い区画に描かれているものは不明。
この人面鳥はギリシア神話のハルピュイアだろう。
『世界美術大全集東洋編17』は、頭部の後ろの円光は、セルジューク朝美術の人物像表現の常套手段であったが、特別の意味はなく、背後から頭部を際立たせるためにつけられたという
側面(ピンボケ)
おそらく、内側を描いた陶工ほど技量のない者が描いたのだろう。
鉢 カーシャーン出土
小さな見込みには二人の人物、器壁にはクーフィー体の文字のようなものの間に蔓草が描かれる。
見込み描かれているのは女性だろうか。大抵は座った姿で表されるのに、どうも立ち姿のようだ。
碗形鉢 カーシャーン出土
左向きの騎馬人物を中心に、5名の騎馬人物がやはり左向きで描かれる。その枠となる樹木(またはナツメヤシ)が石畳文様に表されるのも面白い。
イランでラスター彩が製作された時期は、イランが異民族に征服されていたセルジューク朝~イルハン朝の時代だった(『砂漠にもえたつ色彩展図録』より)が、それ以前の東イランでつくられた黄白地多彩陶器(9世紀)に既に騎馬人物は描かれている。
その頃の人物は顔も丸くなく、盾や剣を振りかざして戦闘場面のようだが、ラスター彩に描かれるのは、顔は丸く(支配者がテュルク系やモンゴル系だった)、武器も持たない平和な暮らしが描写されている。
鉢 型成形 カーシャーン出土
広い見込みいっぱいに草花が描かれている。口縁には幅広にコバルト釉が掛けられた、厚手の作品。
碗形鉢 ソルタナバード出土
2種類の蔓草文様が青い線12に区画された中に交互に描かれる。青い線も、コバルトブルーとトルコブルーの色があり、それを交互にひいている。
盤 カーシャーン出土
大きな見込みに3人物が大きく描かれている。丁寧に描かれているが、衣装の蔓草文様なのか、人物の手足の膨らみを表しているのか分からないところもある。
盤 カーシャーン出土
こちらも意匠や間地の文様などを細密に描いている。
凹凸のある小さな見込みを避けるように、器壁に3人物が描かれている。右の人物は髭があるので男性、左の二人は女性とわかる。すると上の作品は3人の女性かな。今まで男性か女性かよく分からないでいた。
盤 ゴルガーン出土
石畳文様の樹木と横向きの坐した女性が交互に描かれ、現在でも見られる木陰に憩う場面である。小さな見込みには騎馬人物が描かれる。
上の2作品に比べるとかなりラフな描き方で、ずっと上で紹介したカーシャーン出土の碗形鉢の描き方によく似ていて、同一工房で製作されたことを思わせる。
盤 サヴェーフ(テヘランから南西にある町)出土
これまでの作品は赤っぽい発色で酸化銅によるものだろうが、この作品は薄い発色で酸化銀が使われたものらしく、描かれたものが見えにくい。
樹木(ナツメヤシのような生命の樹)を中央に、左右に右向きの騎馬人物が配されている。
把手と注口付き水差し ゴルガーン出土
アゼルバイジャン博物館蔵のラスター彩水差しと形はよく似て頸部が太いが、細い注ぎ口が肩部から出ている。共蓋が残っているのは貴重。
肩部もよく張って、座った人や騎乗の人物が描かれている。
動物形水差し 型成形 カーシャーン出土
頭部は虎面を描き、頸から下には座る人物や騎馬人物が蔓草の間に描かれている。人物は他の作品と比べてかなり省略されて描かれている。
把手付き嘴形水差し 型成形 カーシャーン出土
あちこちが凹面になった器。型成形とはいえ、どんな風に製作したのだろう。轆轤でひいて、柔らかいうちに幾つかに分かれる型を当てたのだろうか。
注ぎ口が上を向いている方が、器体を深く傾けずに注げるのかも。
把手付き水差し 出土地不明
同じようなくぼみのある器。上の作品は鳥のような注ぎ口だが、本作品ははっきりと鶏を象っている。おそらく上の作品と同じ工房で製作されたものだろう。
鶏冠部分で容器は閉じられているように見えるのだが、短い嘴の穴から液体を出すとしても、どこからその液体を入れるのだろう。実用品ではなく飾り壺だったのかも。
高台にはコバルトブルーのアラビア文字が巡る。
水差し カーシャーン出土
チューリップのように開いた口縁に人面が4つほど並ぶ。頸部は細く、胴部は膨らみ坐した女が向かい合わせで描かれる。
轆轤成形の3つの部品を接合して造っているのだろう。
瓢形水差し 轆轤成形 ゴルガーン出土
頸部の小さな膨らみには七曜文が散らされ、大きな胴部には人物とその間に水差しや高坏形の鉢などが描かれ、宴の場面を表している。
高台にはコバルトブルーが掛かっている。
水差し 出土地不明
注ぎ口は一つなのに、水を貯める部分は6つの角筒に分かれている。特注品なのか、陶工の遊び心なのか・・・
その中央に小さな器状のものもあって、そこに炭を置くか火を点して暖めていたのかな。
水差しの形は多彩で、驚くような形のものもあった。13世紀を通してカーシャーン出土の作品が多く、カーシャーンは製作地であると共に大消費地でもあったのだ。
13世紀初頭の作品
鉢 酸化銀 カーシャーン出土
十字に区切る白い帯にはアラビア文字が、その間には女性がすわっていて、背景のはずの植物文様が女性の胸元で、前に描かれている。いや、女性ではない。人面の動物が、後ろ肢の上に前肢を置いて坐しているのだ。文様からすると豹ということになる。
鉢 ゴルガーン出土
上下逆に置かれているが、見込みには座った女性が一人、器壁には横並びに座った3人や、上下で合計3人となるなど、空間にうまく女性を配置している。
鉢 ゴルガーン出土
口縁部と見込みの間の白い帯にはアラビア文字の銘文が、葉文(樹木)の間に描かれる。
見込み
人物の衣装の文様や地文様がそれぞれ入念に描かれている。
12-13世紀の作品
混合用容器 ゴルガーン出土
料理と共に各種のスパイスやハーブを入れて出したか、ナッツやドライフルーツなどをお茶請けに出したのか。
一つ一つのくぼみに2人の女性が描かれる。全員が水玉模様の衣装を着けているというよりも、それぞれの文様を省略して豹柄のようになったのだろう。
盤 カーシャーンまたはゴルガーン出土
器壁には二人が座る場面が8つコバルトブルーの円の中に描かれる。
拡大
見込みには珍しく3人が登場する。子供を中央に置いた家族の行楽図だろうか、下方には絨毯の端が表され、その下には魚が4匹泳いでいる。
鉢 タロム出土?
ラスター彩で女性を描いた4場面とコバルトブルーで塗りつぶした区画を交互に配した大胆な作品である。
しかも、よく見るとコバルトブルーの下には太い筆による文様らしきものがありそうだ。
蔓草と共に描かれた女性の頭上には、人面の太陽のようなものが部分的に顔をのぞかせている。
水差し 型成形 レイ出土?
チューリップ形の口縁部を持つ水差しは13世紀にも作られているが、本作品はコバルトブルーの器体にラスター彩の女性像が埋め込まれるようなできあがりだ。
12世紀の作品
イランでラスター彩の生産が始まるのは12世紀後半ということだった(『砂漠にもえたつ色彩展図録』より)。
水甕 カーシャーン出土
太い頸部にはアラビア文字と渦巻く蔓草が描かれている。
紫に近い発色。向かい合って座る2人の女性という平穏な場面が器壁に繰り返されているのだろう。
下部には中心に点のある円文を簡略に描いていて、上部の主場面とは陶工が違うよう。
鉢 ゴルガーン出土
馬上の人物は足が見えず、正座しているみたい。女性を描いているのだろうか。
器壁には何を表したのかわからない文様が描かれる。
イランでラスター彩の生産が始まる以前の作品も出土している。アッバース朝で製作されたものが将来されたのだろうか。
容器 10-13世紀 ゴルガーン出土
文様は太い筆で描いている。
制作時期に幅がありすぎる。後半ならイランで作られたものになるし。
鉢 10世紀 ニーシャープール出土
くっきりと発色したラスター彩である。
下から映えた植物の枝が分かれる様子を描いてそれが器面を五等分する。左右の区画には同じ植物文様を左右対称に描き、頂部の区画には蔓草が伸びる様子をほぼ左右対称に整えている。
鉢 10世紀 レイ出土?
右手を上げ、左手は体に沿わせて座る人物が、鳥と共に、内面いっぱいに大きく表されている。
その顔はラスター彩に特徴的な丸顔ではない。
鉢 9-10世紀 出土地不明
器面いっぱいに大きな旗を持って走る人物が描かれる。旗にはわ2羽の鳥が横向きに描かれ、前方には別の種類の鳥が大きく描かれている。
大きな目と通った鼻筋の人物は、体は横向きなのに顔は正面向き。いったいどんな場面を表しているのだろう。
次回は初期ラスター彩陶器について
イラン国立博物館 サーサーン朝のストゥッコ装飾←
→初期のラスター彩陶器はアッバース朝とファーティマ朝
関連項目
ファーティマ朝のラスター彩陶器
イランガラス陶器博物館 2階
アゼルバイジャン博物館 ラスター彩
ラスター彩の起源はガラス
ペルシアの彩画陶器は人物文も面白い
参考文献
「砂漠にもえたつ色彩 中近東5000年のタイル・デザイン展図録」 2001年 岡山市立オリエント美術館
「世界美術大全集東洋編17 イスラーム」 1999年 小学館