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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2010/07/20

サッカラのピラミッド複合体8 周壁


ピラミッド複合体の南周壁は、内側は低かったが、外側は場所によっていろんな高さに修復されている。その間には日干レンガではなく切石がほぼ一定の高さに積まれている。 

屋根がついているところは列柱室で、その右側には東周壁が見えている。天井には丸太のような石が並んでいた。通った長さは周壁の厚みの部分だったのだ。 
これが南側から見た東周壁。厚さは4-5mくらい。外壁の下には大きな切石が敷かれていたようだ。
河岸段丘の岩の層の上に建てられたはずだが、その岩盤はあまりしっかりしたものでもなさそうだ。
東南の角を曲がると、東周壁が見えてきた。凹凸のある周壁から入口の部分が突き出ている。
このような高さの周壁が巡っていたら、階段ピラミッドはここからは上の方しか見えなかっただろう。
東周壁の端に行ってみると、列柱廊の屋根が見えた。そして、外壁の上の方には青いファイアンスタイルを貼り付けるための凹みがあるが、下の方にはない。
列柱廊の北側にはいろんな施設が建てられていた。それを復元している様子。
ピラミッド複合体の復原図はこちら   
列柱廊はかなり長かったがいろんな建物を東周壁沿いに集合させるために必要な幅だったのだ。
創建当時、この途中まで復元された列柱が、奥にあるもののような高さだったとすると、この長い空間も真っ暗だったのだろう。
『吉村作治の古代エジプト講義録上』が、それをくぐり抜けると、いきなり明るい光に満ちた広い中庭が目に飛び込んでくる。そして、目を北に向けると、中庭をはさんだ向かいには、好きとぉルような青空を背景に、巨大な階段ピラミッドが、強烈な太陽の日差しを浴びて、さんさんと輝いているというのが想像できる。(絵はがきより)
闇から光へのあざやかな転換。それは、天才イムヘテプによって見事に計算され、演出された効果であったに違いないという。吉村氏はイムヘテプをメソポタミアからの帰化人と考えているのである。


※参考文献
「吉村作治の古代エジプト講義録上」(吉村作治 1996年 講談社+α文庫)