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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2007/07/25

太原郊外の晋祠は大木がいっぱい



太原を出発して汾河を渡り約1時間で晋祠に着く。『山西古建築通覧』によると、太原の西南25Kmの懸瓮山麓にあるということで、これがその山。山腹にある建物は道教の修行をしていたところらしい。下に赤い塀が続いていて、晋祠はかなり広い敷地のようだった。 
ガイドブックによると、晋祠は周の武王の次男唐叔虞を祀るため、北魏代に創建された。その後もしばしば修理が行われ、北宋代に唐叔虞の母である邑姜を祀るために聖母殿が建立されたところだが、殷の後の周(前1046頃-前771年頃)という遙か昔の人物を北魏時代(386-534年)になって祀ったり、北宋時代(960-1127年)にその人物の母を祀ってみたりと、それが寺院なのか何なのか、行くまでよくわからなかった。人気のない駐車場に車を停め、歩いていくと広場の向こうに赤い山門があった。 アーチ形の門にも驚いた。 山門をくぐると見えてくるのが水鏡台であるが、それよりも大きな木々に目がいってしまう。ガイドの屈さんが、樹齢数十年の古木はレンガで囲ってありますと言っていた。中国でも大きな木を大切にするのだなあ。
水鏡台のそばを通りながら、屈さんは水鏡台は四方それぞれ異なったものに見えます。横から見ると四阿、裏は晋劇をする舞台になっていますと説明してくれたが、正面が何に見えるのか覚えていない。 水鏡台の裏が舞台になっているのはわかった。その裏から、聖母殿へはまっすぐに順路がのびている。階段があり堀を渡った。流れは浅いが堀は深い。
その向こうは金人台で、四天王のような鉄製の像、すなわち金人が四隅に置かれていて、奥に祠のようなものがあった。祠をさけて進むと、屋根の跳ね上がった山門がある。日本でいうと鳥居のような感覚だろうか。
山門をくぐるとすぐに壁のない建物があった。聖母殿に献げるものを置く場所です。この建物には壁がないですね。柱だけで建ててあります献殿です。
気がつかなかったが、献殿の軒(壁がないので透けている)にも翼角斗栱があった。晋祠の中にも聖母殿のような細い翼角斗栱もあれば、献殿のように大きく直線的なものもあるのだ。
屈さんは続けた、献殿と書かれた額がありますね。額の回りには亀の頭と足があります。へえー、中国の扁額はおもしろいなあ。上を見上げると天井がなく、化粧屋根裏になっている。日本でも化粧屋根裏はあるが、白く塗ってある。新薬師寺もそうだった。そして垂木に丸木が使ってあるのも共通している。日本は中国にいろんなものを倣った。寺院建築もそうだが、新薬師寺は天平19(747)年の創建当初の建築なので、献殿よりも古いが、こういうのを見ると化粧屋根裏は中国から伝わったものだということがわかる。 
内部の組物にも翼角斗栱が見える。『山西古建築通覧』によると、金代の建築らしい。 献殿を出ると魚沼があった。中国では昔、沼は四角で池は丸でした。魚が棲んでいるので魚沼という名前がつきました。その上を十字に橋が渡してあります。飛梁といってすばらしい技術です、と屈さんの説明は続く。ここにもまた幹の太い立派な木があった。  下の写真のように上から見ると飛梁と名付けられたのがわかるが、通っているだけでは普通の橋だった。同書によると宋代の建造らしい。聖母殿は『図説中国文明史7 宋』は、太宗の在位期間(976-997年)に建てられた。殿前の柱には龍が精巧に彫刻されている。
宋代の建物は装飾が重んじられ、家屋の建築部材は、唐代のものよりもはるかに精巧で美しい外観を呈し、その上変化に富んでいます
という。

『山西古建築通覧』によると、晋祠内では最古の遺構らしい。聖母殿は龍の巻き付いた柱と本殿の間が前廊となっていて、そこから内部をのぞき込む。中央にはどっしりとした聖母像が置かれ、両側の部屋にはそれぞれ21人の侍女像があって、宋時代の俑で素晴らしいです。世界遺産に申請してます、と屈さんは説明した。ガイドブックには晋祠三絶の1つめが計42体の侍女像だという。
そういえば大同の下華厳寺には遼代の塑造の仏像があったなあ。同じような時期に、あまり遠くないが違う国で造られた塑像。侍女像という世俗的なものと、仏像とでは違って当然だが、どちらも誇張のない、まとまった表現だろう。
どうも聖母像は少し時代が下がるらしく、本にも詳しく解説されないし、屈さんも問題にしていないようだった。
中でも素晴らしいのがこの侍女像。当時の漢族の服装着ているのだろうが、ほとんどの像の首のあたりが、丸首に広く浅い襟が回っているようなものが見える。 聖母殿の左側に周柏が倒れかかっていた。これが晋祠三絶の2つめ。 いままで中国は乾燥したところばかり旅行したので、このように大木がそこかしこにある場所は新鮮だった。緑の下を歩くのは気持ちいい!

※参考文献
「山西古建築通覧」  李玉明主編 1987年 山西人民出版社
「図説中国文明史7 宋」 劉煒編・杭侃著 2006年 創元社
「地球の歩き方05-06 中国」 2005年 ダイヤモンド社

※参考ウェブサイト
中国百科の晋祠の話