しかしながら、ビザンティン帝国では蒸し風呂だったようで、その首都コンスタンティノープルを攻略してイスタンブールと名を変えた街では、ハマムとして単独で造られたり、モスクのキュッリエ(複合施設)の一つとして造られて、今でも使用されているところは多い。
ハマムの構造
ベヤズィットハマム文化博物館の説明パネルは、ローマ浴場には、脱衣室(アポディテリウム)、大きな冷水槽がある冷浴室(フリギダリウム)、微温浴室(テピダリウム)、高温浴室(カルダリウム)の4つの独立した部屋がある。オスマン帝国の浴場は、同じ公衆浴場の伝統を継承しているが、ローマ浴場の部屋は3つしか残っておらず、フリギダリウムは廃止されているという。
ところが、オスマン帝国最初期の首都ブルサでは、温泉があちこちから出たため、湯船のある浴場、カプルジャがある。
ブルサ、エスキ・カブルジャ(Eski Kaplıca 古い温泉)
『トルコ・イスラム建築』は、ブルサはビザンツ時代からの温泉地である。525年には皇帝ユスティニアヌス一世(在位527-65)の皇后テオドラが訪れた記録があるとか。
現存する温泉施設で古いものに、エスキ・カブルジャがある。ビザンツ時代からあった温泉施設の基礎の上に、オルハン・ベイによる 1326年のブルサ征服後に建設が始められ、現在の浴槽のある熱浴室と温浴室の部分はムラト一世(在位1362-89)によって建設された。冷浴室兼脱衣室と地下倉庫の部分は、後にスルタン・バヤズィット二世(在位1481-1512)によって増築されている。
一般に、熱浴室は高温を保ち易くするためドーム天井を低くし、逆に冷浴室は清涼な空間にするためドーム天井を高くする。それゆえ、ハマムの外観で一番目立つのは冷浴室のドーム屋根である。
このエキス・カプルジャは、現在高級ホテルの付属施設として使用されているという。
カプルジャもハマムの一種だった。
瓦葺きの中小のドームの上は明かり取りの穴があって、そこには角形のガラスの屋根がある。そして、その一枚は開くようになっている。
➊冷浴室兼脱衣室
同書は、冷浴室兼脱衣室は、温浴室と同じユニットの室を2個並べて、それぞれペンデンティブを介した高いドーム天井で覆い、更に温浴室前のユニットに半ドーム天井のイーワーンを2面に付け加えた、広い空間である。半ドームの隅はトロンプで処理している。壁は切石、アーチとドームはレンガ造りで、屋根は鉛で葺いている。
一般にハマムでは、冷浴室または冷浴室兼脱衣室が最も広く高い天井の部屋で、利用者がゆったりと寛げる空間としているという。
➋温浴室
同書は、温浴室のプランは熱浴室と同じ規模の正方形だが、天井ドームの直径を室の幅にし、ドームを支えている8本の円柱を四方の壁に付けているという。
『望遠郷』は、暑さに慣れるための中間の温度の部屋という。
➌熱浴室
『トルコ・イスラム建築』は、温泉源のすぐ近くにある熱浴室は、四隅に半円形の窪みを持った正方形に近いが凹凸のあるプランで、中央に直径7.0m深さ1.35mの円形の深い浴槽がある。浴槽の周りに立てた8本の円柱でドーム天井を支え、円柱の外側を回廊状にしているという。
どうやらここは男性用、あるいは曜日によっては女性用の日が設けられたカプルジャのよう。
こんな細密画も残っている。
ブルサの温泉の細密画 18世紀 ダハ・レヴニ画
『トルコ・イスラム建築』は、燃料で湯を沸かす普通のハマムでは、熱浴室に浴槽がないのが普通であるが、ブルサでは10箇所を越える温泉源があって湯量も豊富なので、大きな浴槽を備えた温泉ハマムが幾つもあり、いずれもカプルジャと呼んでいるという。
オスマン帝国期になっても、大量の水を加熱するには多量の燃料が必要なので、蒸し風呂の方が一般的だった。
少年たちは、大きな湯船があれば、そこで泳ぎ出したくなるのだろう。
ブルサの温泉の細密画 18世紀 ダハ・レヴニ画 トルコ・イスラム建築より |
ブルサにはもう一つカプルジャがある。
イエニ・カプルジャ(Yeni Kaplıca 新しい温泉)
『トルコ・イスラム建築』は、スレイマン一世が病気治療で滞在し、とても効能があったので、その場所に新しく大きな温泉施設を建設するように大宰相のリュシュテム・パシャに命じて、1552年に完成した。はじめは男性専用に使用されていたが、1621年にスルタンの許可を得て以来、週に1日は女性用に解放された。オスマン朝古典期の代表的なハマム建築で、現在も使用されているという。
ミマールスィナンに造らせたのではないようだ。
カプルジャはハマムの一種だった。
エスキ・カプルジャと同様に、小さなドームまたは半ドームが付属する、複雑な構造で、それぞれが鉛で葺いてある。頂部は鉛と同じ色だが、明かり取りのはずなのでガラスの角錐になっているのだろう。
ブルサ、イエニ・カプルジャ平面図 『トルコ・イスラム建築』より
ブルサ イエニカプルジャ外観 トルコ・イスラム建築より |
➊冷浴室兼脱衣室
同書は、ペンデンティブで移行した直径11mの二つのドームで覆われ、高い天井の広々とした空間であるという。
立面図には下に焚き口のようなものがあるが、温泉のお湯が通せたら必要ないと思うのだが。
➋中間の部屋
同書は、温浴室は直径9mのドームと二つの半ドー ムで覆われた 19m×9mの横長の空間で、ドームはペンデンティブ、半ドームはトロンプで移行しているという。
その様子が見たかったなあ。
その下なら『望遠郷』に図版はある。
➌熱浴室
同書は、熱浴室は直径11m弱のドーム天井の下に直径8mの円形の3段で深くなる浴槽がある。ドームは壁と一体になった8本のピアに架けられた尖頭アーチのうえに据えられていて、移行部はペンデンティヴ状に処理されている。部屋の周囲には、尖頭アーチの浅いイーワーン状の八つの小部屋が取り巻いていて、洗い場になっているという。
➊冷浴室兼脱衣室 ➋中間の部屋 ➌熱浴室 ➍かつての個人用脱衣室 ➎個人浴室
ブルサ、イエニ・カプルジャ平面図 トルコ・イスラム建築より |
ミマールスィナンが設計したヒュレムスルタンハマムは、男性用と女性用が一列に並んだ美しい外観の建物だったが、微温浴室がない。
通常のハマムでは、熱浴室には八角形の発汗石がある(ベヤズィットジャーミイのハマム)。
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参考文献