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忘れへんうちに 旅編では、南イタリアの旅を再開しました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2019/12/10

ポンペイ ファウノの家


オノラリオのアーチ(Arco Onorario)から出てフォルトゥナ通り(Via della Fortuna)を東に行くと、B:玄関ホールだけが残っている邸宅跡があった。これがファウノの家(Casa del Fauno)だった。

平面図(『完全復元2000年前の古代都市ポンペイ』より)
A:店舗 B:玄関ホール C:アトリウム D:雨水だめ E:寝室 F:執務室 G:待合室 H:ひかえの間 I:居間 J:第1列柱廊 K:アレクサンドロス大王のモザイクがある談話室 L:第2列柱廊 M:居間 N:トリクリニウム(食堂) O:裏口 P:浴室 Q:第2アトリウム
A 店舗
『完全復元2000年前の古代都市 ポンペイ』は、ファサードには灰色凝灰岩製の大きな角柱でしきられた店舗が軒を連ね、その柱には中央に浮彫を施した片蓋柱(半円柱ともいわれている)があしらわれていたという。
片蓋柱は付け柱だろう。上の方に柱頭があるので見分けられる。

B 玄関ホール
白い細片をちりばめた溶岩セメントの上に、彩色モザイクで「HAVE(ようこそ)」と書かれ、両わきには凝灰岩の柱頭をいただいた蓋柱が1本ずつ立っている。玄関ホールには第1様式の装飾がほどこされているという。
C アトリウム
同書は、執務室と同軸上にある広大なアトリウム。アトリウムの壁は、建築壁体を模した第1様式の装飾で仕上げられ、まるで2階があるかのようにみせかけていたという。
このアトリウムには雨水だめを囲む列柱がなかったのだろうか。
同書の想像復元図では、高い格天井の中心部分、つまり雨水だめの上部が四角く開いている。

D 雨水だめ
アトリウムの中央には、パロンビーノ大理石に縁取られた美しい雨水だめがあり、水盤の底もダイヤモンド形のスレート、パロンビーノ大理石、色つきの石灰岩を組み合わせたオプス・セクティレで飾られていた。
雨水だめの北側にあった大理石の台座の上で、踊るファウヌス(牧神)のブロンズ小像が発見されたことから、「ファウヌスの家」と呼ばれている。現地にあるのはレプリカだが、誤って雨水だめの縁ではなく中央の台座に置かれているという。
白いのがパロンビーノ大理石、グレーがスレートかな。

Q 第2アトリウム
4柱式で、その円柱はかなり高かった。

F 執務室
奥に見えているのが第1列柱廊
同書は、大理石を模倣した縦溝つきの角柱が、執務室の入り口の両わきと、同じ並びの大きな開口部の両わきにくりかえし用いられ、その場の雰囲気づくりに一役かっていた。
執務室の床は、ダイヤモンド形の色石をならべたオプス・セクティレの彩色モザイクで装飾され、アポロ神殿やユピテル神殿の神室と同様、斜めからみた立方体を並べた模様が描かれていたという。
斜めからみた立方体の文様

G 左待合室
小さなエンブレーマが残っている。
ハトが3羽
本物はナポリ国立考古学博物館に展示されていた。
引きだしから真珠の首かざりをとろうとしているという。

G 右待合室
ひと網の川魚とナイル川のカモ、ニワトリをくわえたネコという。
やはりナポリ国立考古学博物館で撮影。
ハトとは比べものにならないくらい小さなテッセラを埋めていった絵画のようなモザイク画。

H ひかえの間
タコにとらえられたロブスターと、その様子におどろくさまざまな海の生き物がえがかれている。縁取りは帯状のアカンサスの葉かざりという。
どこまでが海中なのだろう。海と空と岩場という風景画に、海の生物を描き込んでいるような、不思議なモザイク。

I 居間
翼をもつ少年の姿をしたディオニュソスがライオンの頭をもつトラに乗っている姿をえがき、
仮面を配した花綱の文様帯の外側に大きな波文の文様帯が巡る。
花輪と演劇の仮面を並べた縁取りで囲ったデザインという。
下のモザイクもファウノの家のものかどうか。

J 第1列柱廊
前2世紀末の改築で、イオニア式円柱が立ち並ぶ第1列柱廊がつくられたという。
家全体の装飾も一新されたが、大邸宅の重厚な雰囲気を強調するかのように以前と同じ第1様式の後期の装飾が採用されているという。
立体的に見えるよう柱を漆喰で浮き出させているのがはっきりと見える。
わずかに残る壁面の装飾が後期第1様式という。
第1様式についてはこちら
壁面の凹凸まで再現し、色分けされている。装飾的なモティーフなどは描かれない。
左隅にも残っていた。

K アレクサンドロス大王のモザイクがある談話室(エクセドラ)
その壁面にも第1様式の壁画の痕跡が。
色石を積み上げた壁面を模している。
ここにあるのはアレクサンドロスのモザイクのコピーで、
本物はナポリの国立考古学博物館の壁面に嵌め込まれている。
『世界美術大全集4』は、カッサンドロス(在位前305-297)のために描いた戦闘図のかなり忠実な模写と推定されているのが、ポンペイで発見された「アレクサンダー・モザイク」である。高さ2071m、幅5.12mの画面に等身大よりもわずかに小振りの人物や馬が描かれているので、モザイク画の大きさもそのものも原作とほぼ同じではないかと考えられている。
文献資料によれば、アレクサンドロス大王がようやくダレイオス3世に追いついたのは両者の戦いを決定づけた最後の会戦ガウガメラの戦いである。しかし、大王が冑もかぶらずに戦い続けたのはグラニコスの戦いであり、長い槍をもって獅子奮迅の活躍をしたのはイッソスの戦いである。これらペルシア軍との3回にわたる戦いの特徴すべてを取り込んでいることから、原作はおそらくアレクサンドロス大王を顕彰するために描かれたものと考えられる。リュシッポスが制作した「グラニコスの戦い」という群像彫刻と同じ目的を担っていたタブロー画であるという。
空間全体は、前景、中景、後景の3景によって構成され、最も手前の前景は、アレクサンドロス大王とダレイオス3世の乗る戦車の大きな車輪とを結ぶ、スクリーンのような面を背景としており、中景はこの面から奥の林立する槍までを含み、後景は左手にみえる裸の大木である。きわめて伝統的な空間構成であるという。
後景の枯れ木の姿がよく似ている。
ヴェルギナの第2墓の狩猟図はこちら
その一方で、前景だけに注目すると、そこにはさまざまな新しい工夫が凝らされているのがわかる。
アレクサンドロスの胸当てにはメドゥーサが。
何故か憂いに満ちた瞳
アレクサンドロス大王の槍の攻撃を受けてすでに転倒している馬という。
戦車の大きな車輪をバックにする後ろ向きの馬という。
ダレイオス3世の乗る戦車には、スポークに動物の文様が並ぶ。
その右脇で盾に映る姿を見ている瀕死のペルシア兵等に、大胆な短縮法と鏡像を駆使しており、その周辺には剣や鞘、槍などの武器が散乱している。ヴェルギナの第2墓の狩猟図に共通する表現であるという。

K 談話室からJ 第1列柱廊を振り返る。
そして通路を通って、

談話室の隣の部屋からJ 第1列柱廊

L 第2列柱廊
前2世紀末には大々的な改築が行われ、かつての果樹庭園(ホルトゥス)はドーリス式円柱の広大な第2列柱廊に生まれ変わったという。
この幅の広さ!
そのドーリス式円柱の並ぶ廊下を通って、
O 裏口から退場。

メルクリオの小道(Vicolo di Mercurio)へ。

ポンペイ 「貝の中のウェヌス」のある家← →ポンペイ ウェッティの家

関連項目
ポンペイの壁画第1様式
ポンペイ 市民広場近辺
ポンペイ 泉水のある家が気になる

参考文献
「完全復元2000年前の古代都市 ポンペイ」 サルバトーレ・チロ・ナッポ 1999年 ニュートンプレス
「世界美術大全集4 ギリシア・クラシックとヘレニズム」 1995年 小学館