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忘れへんうちに 旅編では、南イタリアの旅を再開しました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2019/12/24

ポンペイ 泉水のある家が気になる


色石による舗床モザイクも好きだが、ガラス・モザイクも気になる。いつから金箔ガラスが使われるようになったかが知りたい。

小泉水のある家
A:玄関ホール D:執務室 E:列柱廊 
午後から開かれるらしく、入れなかったのでA:玄関ホールより撮影。
『完全復元2000年前の古代都市ポンペイ』は、家の奥の小さな庭園にあるモザイクの泉水にちなんで、「小噴水の家」と名づけられた。家の建物は、まったくことなる二つのエリアで構成される。前2世紀後半にはじめて建てられたときには別々の家だった。それが、アウグストゥス帝時代に2本のせまい通路でつながれたのである。壁画やモザイクといった装飾が一新されたのも、この時期であるという。
アウグストゥス帝は在位が紀元前27-紀元14年。ポンペイの壁画では第3様式(装飾的様式、前25-後35)にあたる(『同書より』)。
この家でも、ひとつづきの部屋、つまり、玄関ホール、天窓つきアトリウム、執務室、列柱廊が一直線上に並び、光と影が交互になったレイアウトが表の通りから見渡せる。その視線の先の、列柱廊のいちばん奥の壁にあるのが、美しいモザイクの泉水であるという。

と、とおすぎる・・・
それでもガラス・テッセラだけでなく、貝殻も嵌め込まれていることや、泉水堂の背後壁にフレスコ画が描かれていることくらいはわかる。
金箔ガラステッセラが使われているのかどうか、これではわからないが、ガラス・テッセラが小さく、薄いものであることは三角破風に残るテッセラでわかった。
半ドームには脚が左右に分かれて蔓草になった女性が表されていたり、水の出口が卵形に貝殻を巡らせていることなどはわかる。

一方、大泉水のある家は見学不可だった。
建物も床もほとんど残っていないが、小泉のある家よりも規模が大きい。
ここも玄関ホールからアトリウム、もう一つの部屋(執務室?)、列柱廊と一直線の軸線が通っているが、
泉水堂が円柱に隠れているのは、外から見られることを意識したものではないからだろう。
水の出口の上には、やや斜め向きの男性あるいは男神が登場し、水は大理石?のカスケードを流れ落ちるようになっている。
やっと写せたのがこれなので、金箔ガラステッセラが嵌め込まれているのかいないのか見分けることができない。
『ポンペイの遺産』は、豊かな水はポンペイに新しい流行をもたらした。涼を求め夏は庭を中心に生活するのを好み、そこに噴水をつくったりしていたが、さらに色鮮やかなモザイクのニンファエウム(泉水堂)で飾りたてた。
こうした噴水は、成功した富裕層の庭園にかける新しい楽しみとなった。それぞれの家で競うようにしてつくられ、いっそう洗練されていったという。

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関連項目
壁面モザイクはポンペイの泉水堂(nicchie dei ninfei)が最初?

参考文献
「完全復元2000年前の古代都市 ポンペイ」 サルバトーレ・チロ・ナッポ 1999年 ニュートンプレス
「ポンペイの遺産 2000年前のローマ人の暮らし」 青柳正規監修 1999年 小学館