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忘れへんうちに 旅編では、中央アジア各地、イランの旅に続いて、フランス南西部のオクシタニー地方の旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2018/08/24

モワサック、サンピエール聖堂 南扉口


サンピエール聖堂のファサードは南扉口で、そこには珠玉のロマネスク彫刻が鏤められている。
『Moissac porte du ciel』は、大きなタンパンを補強する2つのエブラズマン(ébrasement、隅切り)によって特徴付けられている。
町に向かって南を向いたファサードは、南仏の太陽の光の中で、9世紀以来、来る者を拒まず開かれているという。

まずは玉座のキリストを表したタンパン。
『ロマネスクの教会堂』は、テュンパヌム中央にひときわ高く大きく彫られた御座のキリストは宝石をちりばめた冠をつけ、左膝に封印のある本を載せ右手で祝福する。中央部の周辺は三段に配された24人の長老が冠を被り弦楽器と玉杯を手にし御座のキリストを仰ぐ(ヨハネの黙示録4章2-8)。
「するとたちまち御霊を感じた」という黙示録の幻視の一瞬を石という物質に刻みながら、霊感と神聖をこれほど見事に可視化した作例はモワサックをおいてほかにないという。
同書は、マンドルラを囲み四福音書記者の象徴である鷲(聖ヨハネ、右上)、有翼雄牛(聖ルカ、右下)、有翼獅子(聖マルコ、左下)、有翼人間(聖マタイ、左上)と、その左右で巻き物を垂らす二天使がキリストの顕現を目撃するという。
キリストは十字架とロゼッタ文が巡る頭光と、星形が一列に並ぶ身光(マンドルラ)に包まれて、目を見開いて視線を前方を直視している。
その着衣は二重の衣文線が走り、衣端は直線ではなく、やや煩雑な線でZ字形を繰り返えす。
左下
中段左から3人目
左肩にかかる髪の房が蕨手のよう。カールする髭の先まで丁寧に、立体的に彫り込んでいる。
右下
下段右より2・3人目
それぞれに冠、髪型、髭の形、衣装や首飾りをその文様も違えて彫られているのだが、顔はほぼ一緒。

同書は、精緻な技巧を示す円環葉飾り文のリンテルは幻視の図像全体をいっそう押し上げ、御座のキリストを例外的に高くしている。
大テュンパヌムを受ける長いリンテルを中央柱(トリュモ)と左右の抱きが支えている。抱きは遠目にもくっきりと見てとれる逆スキャロップ形の刳り形の意匠が独特だ。神の家である教会堂の入口を支える柱や抱きに救世主の到来を予告した大預言者や教会の礎を築いた使徒を配置することがよくあるという。
リンテルは日本では楣石と呼ばれ、タンパンの荷重を受けるための構造材。
サンピエール聖堂ではタンパンが大きいので、トリュモ(trumeau)と呼ばれる中央柱(玄関柱)や左右の「抱き」が楣石を支えている。

中央柱の正面はリンテルと同じ円環葉飾り文の地にX状に交差する3対の獅子を示す。リンテルと中央柱はどちらも再利用の白大理石であるという。
この聖堂の前身は9世紀初頭にルイ敬虔王が建立したものとされている(『moissac』より)ので、ひょっとすると楣石と中央柱は創建時のものか、あるいは他の聖堂からの転用材かも知れないが、浮彫は12世紀のものなのだろう。
2段目の獅子たち。左右で毛並みの表現を変え、尾の先も違っていて、鳥頭や蕾のよう。
聖堂の中に入ろうとするとき、中央柱の側面にも彫刻があるのに気付く。
石の表面は平坦ではなく抱きの半円刳形に反響するような凹凸をもつという。
右側面に繙いた巻き物を垂らす大預言者エレミア。
エレミアとパウロの身体は引き伸ばされて石を充填し、頭部、腰、膝、足先が刳形の張りに一致する。身体は外向き、顔だけが会衆を聖堂内に導くように右側へ向けられるという。
エレミアの交差させた前脚と巻き物と頭部は平行の角度をなし、その反対方向に落ちる視線が全体のバランスをとっているという。
預言者エレミアの身体の希薄さ。その希薄に対し預言者の面のたたえる深い静謐な深い精神性という。
外側の獅子は少し口を開いて上を向くが、それと同じ口だけが右側にもあり、その間にはパルメットのこれから伸びようとする葉が一対、大きさを変えて表される。
その下のエレミアは、ジラベルトゥス作とされるトゥールーズ、サンテティエンヌ大聖堂参事会室?の聖アンデレ像(1120-40年)とは全く趣の異なる、情感溢れる表情である。
衣文はペテロのものよりも繊細で薄ものが流れるように脚部にまといつくという。
着衣には文様は彫り込まれていないので、その衣文の凹凸がはっきりとわかる。
なんと、大腿部には浅く幅の広い翻波式衣文が。しかも、衣文と衣文の間に複数みられる。翻波式衣文は、日本へは鑑真さんが将来して、平安前期の仏像の特徴ともされているが、その起源を遡ると、古代ギリシアのクラシック期(前5世紀)、デルフォイの御者像にもあらわれている。
今にも溶け出すのではないかと思うほどの優美さ。

扉口右側で優美なエレミアと相対しているのはイザヤ。
右の抱きに救世主到来の預言者イザヤが見えるが、その預言はポーチの前方にある龕の彫刻で成就される。「キリストの聖誕」と幼児伝サイクル図像がそれであるという。
これが右壁龕のイザヤが預言したというキリストの聖誕と幼児伝サイクルの浮彫。
下段
左:受胎告知 大天使ガブリエルがマリアに告げる場面
右:マリアのエリザベート訪問 エリザベートは洗者ヨハネの母となる
上段
左アーチ:聖母子の元へ急ぐ東方の三博士
右アーチ:ベッドに座った横向きの聖母子 
背後に小さく表されるのはヨゼフ?では奥から伸びてキリストの頭をなでているのは誰の手?いや手ではなく、動物の尻尾・・・!
聖母子の背後に牛が飼葉桶の草を食んでいるのだった。
そういえば、キリスト降誕図には、飼葉桶で眠る幼子を見つめる牛と山羊が表されてきた。これはその名残かも。
降誕図の牛と山羊についてはこちら

上部のフリーズは右から左へ「神殿奉献」「エジプトへの逃避」「偶像の墜落」を配置するという。

中央柱左側面には聖パウロ像。
午後訪れたので、エレミア像が白く写せた反面、反対側のパウロ像は黒っぽくなってしまった。
エレミアとは違い目を開いて教会内を向くパウロ。
同じ彫刻師が彫ったのだろうが、着衣もエレミア像ほど優美だとは思えない。

パウロと対峙するのはペテロ
左には大きな鍵をもち獅子の上に立つ守護聖人聖ペテロを配する。ペテロの右腕と重心のかかる右足の腿から膝までは角の円柱にぴったりついている。肩からはほぼ水平線を描き、小さな頭部が石の右上角を充填する。肩から落ちる衣の規則的な平行線とチュニックに刻まれた曲線が石の表面にグラフィックな効果を生むという。
両者の雰囲気や着衣の表現が少し異なるように感じるのは、ひょっとすると彫刻師の違いかも。
そして左側の隅切りには、同書に記されているように、キリスト幼児伝の図像が整然と示されているのに対し、向かい合う左側の龕は混乱と見るもおぞましい図像で占められている。
上段に金持ちと哀れなラザロ
下側からは犬になめられるラザロは見えない。
『Moissac』は、金持ちは豪華な衣装を身につけ、毎日豪華な食事をしているという。
飽食で肥え太っている。
一方哀れなラザロは、全身が皮膚病で、金持ちの屋敷の前で横たわっている。ラザロは金持ちの食卓から落ちるパン屑を食べたかったが、犬がすでに彼の傷口をなめるためにきている。ラザロの名は「神が助ける」という意味で、飢えで死にかけているという。
ラザロは、衣服から露出した身体一面にぶつぶつが出ている。
ラザロが死んだとき、天使がその魂をアブラハムの胸の中に、つまり、天上の神の心の近くに運んだ。
その左で、モーゼが神の言葉を象徴する巻き物を指で示す。そこで神が我々に示す。モワサックでつくられた「開かれた聖書」の最高の教訓であるという。
中段
右:大酒飲みの死
『Moissac』は、酒飲みが死の床で、悪い金持ちの魂を吐き出している。悪魔がそれを巾着と一緒に地獄に運ぶ。寡婦は跪いて泣き崩れているという。
左:黄泉の国で拷問にあう金持ちの図が錯乱状態の場面をつくっている(『図説ロマネスクの教会堂』より)
下段
右:淫乱と悪魔
左:吝嗇
と、こちらの隅切りは地獄に堕ちるような行いを戒める場面が展開している。

オーギュスタン美術館 サンセルナン聖堂の柱頭← →サンピエール修道院 西回廊柱頭

関連項目
サンピエール修道院 北回廊柱頭
サンピエール修道院 南回廊柱頭
サンピエール修道院 東回廊柱頭
キリスト降誕図の最古は?
翻波式衣文はどこから

参考文献
「中世の街角で」 木村尚三郎 1989年 グラフィック社
「図説ロマネスクの教会堂」 辻本敬子・ダーリング益代 2003年 河出書房新社(ふくろうの本)
「Moissac porte du ciel」 Pierre Sirgant 発行年不明 Jean-Michel Mothes
「moissac ABBAYE SAINT-PIERRE Guide de visite」 Pierre Sirgant 1986年 l’association Montmurat-Montauriol