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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2006/06/25

これも庚申塔?

大分は国東半島にある真木大堂に付属する古代公園には多くの五輪塔や国東塔、板碑と共に、「庚申塔」という札のある石造物が2つあった。浮彫にされているものが面白いなと思ったくらいだったが、三度目にしてやっと「庚申塔」とは何だろうと思い、検索してみた。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』は、庚申塔(こうしんとう)は、中国より伝来した庚申信仰に基づいて建てられた石塔のこと。庚申講を3年1818回続けた記念に建立されることが多い。塚の上に石塔を建てることから庚申塚、塔の建立に際して供養を伴ったことから庚申供養塔とも呼ばれる。庚申講(庚申待ち)とは、人間の体内にいるという三尸虫という虫が寝ている間に天帝にその人間の悪事を報告しに行くのを防ぐため、庚申の日に夜通し眠らないで天帝や猿田彦や青面金剛を祀って宴会などをする風習である。庚申等の石形や彫られる神像、文字などはさまざまであるが、申は干支で猿に例えられるから、「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿を彫り、村の名前や庚申講員の氏名を記したものが多いという。
そのように見ると、4匹の鬼の上は「見ざる言わざる聞かざる」だとわかる。その上の六臂の像は青面金剛なのだろう。

こちらの方は4匹の鬼の上には「見ざる言わざる聞かざる」と言うよりは、「言わざる聞かざる」以外は鳥につつかれているカエルのように見える。そして、その上の青面金剛は着飾って地蔵を脇侍にして立っているように見える。
では、その日同じく国東半島の武蔵町にある、国東塔で有名な照恩寺にほど近い集落の端で見かけたこの妙な板碑も庚申塔だったのか?
青面金剛と思われる六臂の像の下にいる3人は、供養者かと思ったが、「見ざる言わざる聞かざる」なのだろうか?
それにしても、真木大堂の2点とはかなり作風も異なるし、彩色が子供の落書きのようだ。味わいはあるのだが。