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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2020/05/28

ローマ サンタ・プラッセーデ教会 Santa Prassede all'Esquilino


この目立たない扉口が現在のサンタ・プラッセーデ聖堂 Basilica de S.Prassede の入口である。
『ローマ古寺巡礼』は、この教会の起源は明らかではないが、古文献によれば、491年には教区教会として存在していた。
現在の聖堂は、9世紀の教皇パスカリス1世(在位817-24年)が新たに造営したもので、その際、彼は約2千人の聖者の聖遺物をカタコンベから移転させ、堂内および付設礼拝堂に安置したらしい。聖堂は幾多の改修を受けたものの、当時のモザイク装飾が見事な状態で保存され、来訪者はその輝きにしばし時を忘れるであろうという。
身廊奥から、2つの横断アーチの向こうに勝利の門が照明されている。そこには9世紀のモザイク画が残っているからだ。

当時のローマ教会は、蛮族の侵入に脅かされた沈滞期を脱し、刷新の時代を迎えていた。そこでは栄光に満ちた初期キリスト教時代の聖堂をモデルに聖堂建設がすすめられたが、この教会はまさにその代表作といえる。
建築は、コンスタンティヌス帝のサン・ピエトロ大聖堂をかなり忠実に模倣し縮小したバシリカ式で、内陣部のモザイクも古いモデルにさかのぼる。
キリストを中心に使徒たちと殉教聖人、さらに聖堂献堂者からなる構成は、聖堂の名義聖人、聖女プラクセディスとその姉妹プデンティアナ、その他に虹色の雲、棕櫚の木など。さらに隣接するアーチの黙示録場面(神秘の子羊と24人の長老の礼讃)。
6世紀にはどっしりとした量感で古代風に表現された人物が、9世紀になると肉体的な存在感を失い、簡潔な線と強烈な色彩で抽象化されてゆく変化は興味深いという。
照明が消えたら、写真右下の赤いボタンのところへ小銭を入れたら点灯する。
点灯したときはよく見えるが、鮮やか過ぎるというか、全体に黄色がかってしまう。
最上段
両端には天国に入ることを許された人々が天使たちに付き添われて天国の門までやってきた場面。中央には市壁で囲まれた天上のエルサレム。
安發和彰氏のモーガン図書館のベアトゥス写本挿絵(MS M.644)<天上のエルサレム>(ff.22v.-223)については、黙示録のテクストには、天上の都は、「透き通ったガラスのような純金」でつくられ、その城壁は「碧玉」で、さらにその土台が「12の宝石」で飾られ、12の門は「真珠」から成る、とされる(第21章11、18、19-21)。純金製の都を、そのうえ宝石で飾るのは、都が「神の栄光に輝いていた」のを表すためである。
この天上の都の光輝は、ローマのサンタ・プラッセーデ聖堂のモザイクでは、城壁の積石が、黄金色(純金)に青(碧玉)と白(真珠)の装飾を施されていることで表示されるという。
勝利の門と半ドームのアプシス(後陣)の上空には星空、これは近づかないと見えない。天井の格間にも星空。
天上のエルサレムには、キリストを中心に、白い服を着た十二使徒たちの他に3人別の色の服を着た人がいる。
『THE BASILICA OF SAINT PRAXEDES』は、赤い線に金色のチュニックを着たキリストは、左手に巻物を持ち、右手で祝福している。両側に天使がいる。下段にはマリアと洗礼者ヨハネがキリストの右に、聖女プラッセーデが左にいるという。
両側には、頭光をつけた使徒たちと諸聖人が、キリストにその神性を認めるために王冠を贈ろうとしているという。
ピントが微妙🧐
左端の人々と天使たちはピンボケ😥
この段は、天国に入ることの出来る者たちだけが描かれている。ロマネスク期の最後の審判では、コンクのサントフォワ修道院聖堂のタンパンのように、天国に行ける者と地獄に堕ちる者に振り分けられるが、9世紀の頃は地獄で責め苦にあう人々は表されない。

星空の下には後陣を囲むアーチと半ドームの後陣
外の壁面には左右の下に白い長衣を身に着け、後陣のキリストに花輪を差し出している24人の長老たち。
フランス、モワサックのサンピエール聖堂のタンパンでは、24人の長老たちは、玉座のキリストを下段から見上げていた。その見上げ方が人それぞれで、見ていて楽しかったが、ここでは12人たちが全く同じ姿。
その詳細についてはこちら
同じくサンピエール聖堂タンパンの中央には、キリストの両側に四福音書記者の象徴が、左上に有翼の人間(マタイ)、左下に有翼の獅子(マルコ)、右下に有翼の牡牛(ルカ)、右上に鷲(ヨハネ)が表されているが、ここでは、左端から有翼の獅子、有翼の人間、2人の天使。また、右端から有翼の牡牛、鷲、2人の天使と横並びで登場し、その真ん中に玉座に坐る神の子羊が描かれている。
西側
上は天使たちと四福音書記者、有翼の人間はマタイを、有翼の獅子はマルコを象徴している。
下には12人の長老たちが3列一番下の者たちのチュニックが翻っている。
東側
天使たちに続いて、同じく有翼の牡牛はルカ、鷲はヨハネという象徴が描かれている。
長老たちも左右対称に描かれている。
後陣を正面から見上げると、祭壇でキリストが隠れてしまう。
玉座に横たわる神の子羊もこれで精いっぱい。
『THE BASILICA OF SAINT PRAXEDES』に全体が見える図版があった。
同書は、図像のフォロ・ロマーノにあるサンティ・コズマ・エ・ダミアーノ聖堂(6世紀)モザイク画の配置を再現しているという。
キリスト達の下には羊たちが6頭ずつ中央を向き、そこには13頭目の頭光をつけた子羊がいる。
小さな丘の上にいる復活の子羊はキリストを表し、丘の下から天国の4つの川が地の果てまで流れていくという。
顔が子羊に見えないが🤔
上部中央には、赤い雲と青い縞の光の中に、この世の終わりに再臨したキリストが立ち姿で表されている。キリストは右手を挙げ、磔の傷のあるてのひらを見せている。左手は巻物を持っている。
キリストの頭部は青い十字のある頭光で囲まれ、チュニックとサンダルを着けているという。
キリストの頭上には花冠を握る神の手が、足の下にはIORDANES、ヨルダン川と記され、地面の下には川の流れが表されている。
キリストの左には聖ペテロと聖プデンティアナ(プラッセーデの姉妹)、右には聖プラッセーデを神に紹介する聖パウロ、その後ろにこの教会を献堂したローマ教皇パスカリス1世(同書より)。両端にはナツメヤシが実を付けている。 
右端のナツメヤシの葉に鳥が留まっている。
それは小さな頭光(nimbus)をつけたフェニックス。このナイルから来た鳥は、日の出と日の入り、生命の誕生と復活の象徴であるという。
この鳥は前述のサンティ・コズマ・イ・ダミアーノのモザイクにも表されている。
後陣の半ドームの一番下に描かれた子羊たちは、十二使徒の象徴で、
エルサレムの街から出てきた。当時のエルサレムは、ユダヤ教の教会があったが、教会には塔がないという。
反対側にはベツレヘムの街が表されている。

平面図
これまではほぼ10の内陣、後陣について見てきた。
1柱廊式玄関 2アトリウム 3身廊 9鐘楼 11地下祭室への入口 13現在の出入口 16聖ゼノの礼拝室

3中央の身廊 
床は17世紀のレンガと大理石のものを1916-18年に新コスマーティ様式で敷き直したという。
その先。内陣の手前には11クリプト(地下祭室)への入口があるが閉まっていた。

1南柱廊式玄関 
3身廊の南にある2アトリウムから長々と通路や階段を経て1柱廊式玄関とつながっている。それはモンティ通りからの入口だが、
古いモノリスの円柱が2本、柱頭は左右で少し形が異なるがイオニア式。
現在では閉じられている。

サンタ・プラッセーデ聖堂に付属のサン・ゼノーネ礼拝室 Cappella de san Zenone

関連項目
サントフォワ聖堂 タンパン
ローマで朝散歩2

参考サイト
モーガン図書館のベアトゥス写本挿絵(MS M.644)<天上のエルサレム>(ff.22v.-223)について 安發和彰

参考文献
「季刊文化遺産17 ローマ古寺巡礼」 2004年 島根県並河萬里写真財団 
「THE BASILICA OF SAINT PRAXEDES」 PAOLA GALLO