
林道を歩いていくつもりでふと脇道の方を向いたら、遺跡の立て札があり、直径52m、高さ7mの帆立貝式古墳と言われ、円筒埴輪形象埴輪、初期須恵器などが見つかっているという。田中1号墳と同じ形だが、古墳時代になってからのものらしい。


古墳時代中期というと4世紀末から5世紀末(Wikipediaより)頃のものらしい。御破裂山山頂の藤原鎌足の墓だけでなく、山頂に墓を造営するということは行われていたのだ。



横に説明板があり、木虎谷2号墳ということがわかった。壁画で有名なキトラ古墳も「木虎」かも。






ホシガラスが埋めて食べ忘れた種のように、バラバラに芽を出した記事が、枝分かれして他の記事と関連づけられることが多くなった。 これから先も枝葉を出して、それを別の種から出た茎と交叉させ、複雑な唐草に育てて行きたい。