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忘れへんうちに 旅編では、南イタリアの旅を再開しました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2007/03/14

敦煌莫高窟285窟の辟邪は饕餮


以前にも、法隆寺金堂天蓋から 2莫高窟の窟頂を探したらアカンサス文と忍冬紋五弦琵琶は敦煌莫高窟にもあったなどで触れてきた敦煌莫高窟の285窟には、非常に様々なものが壁面に描かれていた。

莫高窟の専門ガイド丁淑軍さんの説明を聞きながら、その中に私は中国古来の辟邪である「饕餮(とうてつ)」があるなあと、目に止まった。
下方の4壁面それぞれに穿たれた龕の中に残っている仏像、周りに描かれた因縁図、仏菩薩などを見る余裕もなく、ただただ伏斗式の天井を眺めていた。285窟はかなり広い方形プランで、甬道から入る外からの光と、丁さんと我々の懐中電灯だけの照明で見るので、背景の白い上部にどうしても目が行ってしまうのだった。西壁(正壁)の天井からほぼ床面までを見るとその感じがよくわかる。
このように伏斗式天井の各壁面の境目に饕餮はあったが、見ている時は、顔しか気がついていなかったと思う。
窟頂の藻井(そうせい)部を中心に見ると、三角形やカーテンの襞のような垂幕が垂れ、その四隅にじゃがいものような饕餮がぶら下がったように描かれている。
丁さんは饕餮については触れなかったように思う。説明する図があまりにも多かったからだろう。窟頂はラテルネンデッケ(三角隅持送り)を模したものになっていて、中央には蓮華が大きく描かれている。窟頂に蓮華を表すのは、蓮華から蓮華の生える池を連想し、さらに水を連想するので、火災がおこらないようにとの願いから蓮を描くのだそうだ。龍も一緒ですと丁さんは言った。しかし、こういうのは辟邪とは言わないだろう。
1 饕餮 西魏時代(535-556年) 敦煌莫高窟285窟壁画 伏斗式天井の四隅
窟内で見ていた時は、上方の、しかも隅にあるため、饕餮をこんなにしっかりと見ることができなかった。じっくり見ると、これはもう魔よけの動物というよりも、風鈴のような感じで、両顎にリボンが結びつけられたり、体も様々な部品を組み立てられた機械のようなものになってしまっている。当時はこのような饕餮を、魔除けとして軒先に掛ける習慣があったのかも知れないなあ。

※参考文献
「世界美術大全集東洋編3 三国・南北朝」 2000年 小学館
「中国石窟 敦煌莫高窟1」 1982年 文物出版社