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忘れへんうちに 旅編では、南イタリアの旅を再開しました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2019/09/17

東洋陶磁美術館 フィンランド陶芸展2 ピクトリアリズム


フィンランド陶芸にはピクトリアリズムという装飾的なものがある。
同展図録は、フィンランド陶芸を牽引した作家のなかで陶芸の概念を塗り替える者も現れた。その代表格がビルゲル・カイピアイネンおよびルート・ブリュックである。彼らの詩情豊かで装飾性の高い絵画的表現(ピクトリアリズム)は、伝統的な陶板画とも趣を異にしていたため、ブリュック独自の陶磁器言語として認識されていく。とりわけ重苦しい空気が世界を襲った1940年代において、こうしたロマンティックな作品が国内外で人気を博した。
彼らを含むアラビア製陶所の作家が多数出品した1951年のミラノ・トリエンナーレは、フィンランドにとって、まさに金字塔を打ち建てた展覧会であり、複数のグランプリを受賞したことで、フィンランド美術やデザインの名が世界に知れ渡る契機となった。これ以後、政府の後ろ盾のもと国外における展覧会の開催が盛んになると、カイピアイネンやブリュックはその中心的な作家として活躍したという。
J室で紹介され、奥の方の部屋にも展示されていた二人の作品を年代順に。

ビルゲル・カイピアイネン(Birger Kaipiainen 1915-1988)
同展図録は、カイピアイネンの作品には、バロック、マニエリスム、シュルレアリスムなど、時代や地域を超えたあらゆる芸術の動向が反映されており、なかでもルネサンス美術とビザンティン美術からの影響が色濃い。またモチーフは、幼少期の記憶に基づくものが多く、詩情豊かでメランコリックな世界を形成している。
機能主義やオーガニック・モダニズムの全盛期にあって、装飾過多ともいえるその作風は唯一無二であり、豊かな色彩や質感、そして絵画的な表現はフィンランド陶芸に新たな側面をもたらしたという。
祈り 陶板 1945年頃 40.5X40.5㎝ アラビア製陶所 コレクション・カッコネン
説明パネルは、カイピアイネンの初期の作品はフィレンツェ時代とも称され、神秘的で劇場的要素が強い。ロココやルネサンス、そしてシャガールら同時代の美術の影響を強く受けているが、彼の恩師であるエルサ・エレニウスの古典的な作風にも触発されている。特徴的なのは背景の処理で、一度施した釉薬をそぎ落とし、その痕跡やそぎ落とす際のむらを装飾的効果として活かしている。釉薬の上に素早い筆致で対象を描く点も、この時期特有のものであるという。
実物を見ていないと絵画かと思う。中央奥の白い建物が教会?
点描風に木の葉を表現し、2本の果樹にはそれぞれ別の実がなっている。リンゴとナシかな。
眠れる森の美女 陶板 1945年頃 40.5X41.0㎝ アラビア製陶所 コレクション・カッコネン
深い森の中の雰囲気がよく出ている。その中にガラスの柩に横たわる美女、柩の上に置かれた花束。森の木と柩の間には種類の違う樹木があるのかと思ったら、美女の頭の向こうに細長い首👀クジャクだった。
飛行 陶板 1950年代 39.0X36.0X19.0㎝ アラビア製陶所 コレクション・カッコネン
説明パネルは、作品は1952年以降に陶板の形態を離れ、立体感を増していく。イタリアの画家マッシモ・カンピーリによるフレスコ画の影響も指摘されている人物像は、単独あるいは複数体の群によって、また本作のように鳥との組み合わせなどで様々に表現された。多様な色彩や質感が追及されており、この時期から登場する陶製ビーズの使用で、それらはさらに重層的になっているという。
点描が細かくなっただけでなく、陶製ビーズまで加わった。大きな鳥の背に乗って飛行する人たちは、下界をあちこち眺めている。
斜めから見ると花瓶のような奥行を感じさせるが、花や水を入れる口はない。
二人の女性 陶板 1953年頃 43.3X44.8X7.0㎝ アラビア製陶所 コレクション・カッコネン
説明パネルは、ビルゲル・カイピアイネンは1949年から翌年にかけて訪れたイタリアで、数か月間リチャード・ジノリ製陶所に滞在する機会を得た。それまで用いられることが稀であった黒色が重要な役割を果たすようになる。極端に細長い首や硬直した容姿には、明らかにビザンティン美術からの影響がみてとれる。黒い釉薬を背景として様々な色彩を散りばめており、彼自身がこの時期の作品を「プリズム」と称した所以がここにあるという。
陶板というよりは縁高の器。縁にも模様があり、これも点描なのだろうが、ガラスのミルフィオリのようにも感じる。ミルフィオリについては、八木洋子氏の飾り皿を参考にして下さい。
燭台(天使) 1957年頃 左:48.0X22.0㎝ 右:30.0X20.0㎝ ロールストランド製陶所 コレクション・カッコネン
説明パネルは、アラビア製陶所の美術部門に留まり続けることに疑問を抱いたカイピアイネンは、1954年から58年に招待作家として、スウェーデンのロールストランド製陶所に在職する。新しい環境のもと制作に励み、結果的に最も多作な期間となった。この時期の作品はシュルレアリスムの傾向が強く、他と比べて異質ではあるものの、人物表現の特徴は踏襲しており、後に重要なモティーフとなる時計や戸棚などもこの頃に登場しているという。
翼に点描が残っている。
斜めから見ると翼は4枚
左は黒の化粧を施したのちに、部分的にそれをそぎ落としていくことで模様としている。
右はその上から飴釉を掛けることによって生じる滲みや流れも装飾の一部としている。ロールストランド製陶所の経営者夫妻は美術愛好家であり、カイピアイネンは彼らのコレクションの中でもイコンに魅了され、この時期宗教的題材を多く扱ったという。
どのようなイコンだったのだろう。正面向きで直立しする聖人像は、7世紀のモザイク画に見られるが、それは教会内に設置されたものである。
参考にあげるのは、テッサロニキのアギオス・デミトリウス聖堂内の聖セルギウス像
ビーズバード 彫像 1960年代 59.0X57.0X30.0㎝ アラビア製陶所 個人蔵
説明パネルは、カイピアイネンは、ロールストランド製陶所から戻った直後から代表作ともいえる「ビーズバード」の制作にとりかかった。膨大な数の陶製パーツをワイヤーでつなぐ作風は、この時期優秀なアシスタントを得たことで可能になったといえる。1960年のミラノ・トリエンナーレでは、記念碑とも言える、フィンランドの風景を背景としたビーズバードの展示によりグランプリに輝いているという。
これが陶芸とはね🧐
鳥の膨らみを写そうとすると、顔が隠れてしまう🤔
このビーズバードはエレベータのあるホール(マリメッコとの茶室が展示されている)の窓際にも2点あった。どちらにも胸に丸い凹みがある。
シャクシギ(尺鴫) 1960年頃 80.0X137.0X40.0㎝ アラビア製陶所
同展図録は、時計のモチーフは、幼少期に友人から、鳥は体内に正確な時計をもっていると教わったことに基づくという。
シャクシギ 1960年代 81.0X88.0X28.0㎝ アラビア製陶所
同展図録は、鳥はカイピアイネンにとって重要なモチーフであり、なかでもシャクシギとやや遅れて登場する白鳥は欠くことができない。色彩の構成も、青、黒、白と共通しているものの、本作ではより小さなビーズをランダムに配置しながら無数に密集させることにより、豊かな階調が生まれているという。
写真では紫になってしまった。
天使 彫像 1967年頃 43.0X42.0㎝ アラビア製陶所 コレクション・カッコネン
説明パネルは、1966年に妻と母を亡くしたカイピアイネンは、悲しみに暮れるなかで、ハーブを奏でる3体の天使を異なる色彩で制作した。赤い天使はラフマニノフを、青い天使はヘンデルの楽曲を演奏しているというが、本作のみ彼は作曲家について言及していない。色ガラスを用いるなど同時期の作品とは趣を異にするものの。これまで通り多様な質感を追求する姿勢が窺えるという。
天使の坐る椅子は表現せず、両翼の先端と板状の両足でバランスしている。頭部も胴部も壁面なのに、腕だけが立体的なのは接合のために強度を増すため?
飾皿(菫) 1960年代末 51.0X43.3X5.0㎝ アラビア製陶所 コレクション・カッコネン
説明パネルは、菫は1950年代から作品に見られるようになり、次第に主要なモティーフとなっていった。本作にもみられる黒と深い青からなる菫はどこか幻想的であり、光によって虹色に輝くラスター彩が施されて、生命力が感じられる。花の輪郭部分は線刻されており、これにより立体感が増しているという。
金属的なラスター釉を使っているのだろうが、他の釉薬の色も混じって、本来のラスター彩の白ではなく、虹色になったのだろう。
ラスター彩はイスラーム圏で制作されてきたが、圏内で廃れた後、スペインに残った。
『世界美術大全集東洋編17』は、ラスター彩陶器は、13世紀初期からマラガで焼かれたとされている。確証はないが、ナスル朝におけるラスター彩陶器の起源は、おそらくファーティマ朝が1171年に滅亡した後に、移住してきたエジプトの陶工にあると考えられるという。
その製法がイタリアにも伝わっていたのかも。
飾皿 1980年代 40.0X54.0X8.0㎝ アラビア製陶所 コレクション・カッコネン
説明パネルは、1970年代以降は、それまでの様式とテーマを統合し作風を完成させた。本作のような楕円の皿をキャンバスに見立て。装飾を施した絵画的な作品が増えてゆく。
質感の異なる陶製ビーズやラスター彩を使用して、光を感じさせる要素をふんだんに盛り込むことで、陰となる部分もいっそう神秘的に際立つという。
ラスター彩の虹色をうまく捉えることができなかった。
庭に椅子とテーブルを置き、テーブルの上には花やサクランボが器に盛られている。カイピアイネンにとって重要なアイテムである時計も置かれている。花が咲き蝶が舞う屋外の楽園なのに、何故かシャンデリアが・・・と不粋な私は疑問に思ってしまう。

ル-ト・ブリュック(Rut Bryk 1916-99)
同展図録は、1942年以降50年間にわたってアラビア製陶所の美術部門に在籍した。製陶所内でアトリエを共有していたカイピアイネンから陶芸の基礎を学んだため、初期の作品は彼の影響が強い。1940年代末頃にグラフィック・アートを出自とする彼女ならではの、趣のある線と色釉の面的表現からなる作風を確立したという。
聖体祭 陶板 1952-53年 86.0X138.0㎝ アラビア製陶所
同展図録は、型押し成形によるあらたな技法に移行した後の集大成といえる作品が、本作およびこの2年前に制作され、1951年のミラノ・トリエンナーレに出品された「最後の晩餐」である。複数のパーツによって全体を構成していることや、宗教的なテーマを扱っている点で共通するが、本作は実際にブリュックが遭遇した祝祭の行進が創作源となってるという。
それぞれに大きさも形も異なる陶板を組み合わせるとこんな大作になる。均一な大きさの面に絵付けして、大きな壁面をも覆う絵付けタイルとの大きな違いだ。
上半は建物が並ぶ。窓も壁体もあるいは傾いて、その揺らぎが心地良い。
下半は初聖体拝領に向かう女の子たちと聖職者。中には小さな子供もいたりして賑やか。前を向いて歩く者、よそ見をする者と楽しい行列。
ずっと奥の展示室に彼女の作品が並んでいた。
同展図録は、1940年代末頃にグラフィック・アートを出自とする彼女ならではの、趣のある線と色釉の面的表現からなる作風を確立し、1950年代末以降、作品は幾何学的かつ立体的要素を強め、装飾を施したタイルの組み合わせが主体となっていく。この傾向は晩年まで継続され、さらに抽象度を増しながら大型化し、壁の一面にとどまらず空間全体を装飾するに至るという。
タイルのように壁面全体を埋めることもあったのだ。
静物(ピッチャーと魚) 陶板 1949年頃 32.0X32.0㎝ アラビア製陶所
説明パネルは、ブリュックは1940年代終わり頃にカイピアイネンの影響を離れ、製陶所の技術者たちによる協力のもと新たな表現を模索した。2年の歳月をかけて確立したのが、型押し成形を応用した技法であった。石膏板に絵を彫って型を作り、その型ら泥漿を流し込み、彫った部分を凸線として浮かび上がらせる。これを境界線として内側に釉薬を厚く施し、また色釉を塗り分けた。さらに、施釉面を軽く拭き取った上から再度釉を重ねるなど、変化をつけている。本作はこの技法に到達した最初期の作例であるという。
アケメネス朝ペルシアの都スーサより出土した彩釉煉瓦(前6世紀末-5世紀前半)について『砂漠にもえたつ色彩展図録』は、灰白色の石英質の胎土に釉を施したもので、図柄の輪郭線を描いて焼成した後、その間にさまざまな色彩の釉を施して焼き上げたものであるという。
型押し成形という点では異なるが、色の違う釉薬が混ざらない工夫という点では共通する。
勇者サンプサ 陶板 1950年代初期 37.0X46.0㎝ アラビア製陶所 コレクション・カッコネン
説明パネルは、技術の進歩がみられ、描くのではなく、彫ることで生まれる力強い線と、釉薬による繊細な色彩が相互に引き立てあい豊かな表現となった。背景や馬の体には、施釉前に様々な太さや長さにひっかくことで、溝に釉が溜まって色の濃淡が生じ、幻想的な画面となっているという。
盛り上げることで釉薬があふれ出ることを防げるのなら、彫るあるいは引っ掻くことで生じた凹みには釉薬が深く溜まるだろう。
草むらの3羽 陶板 1953年頃 37.0X47.0㎝ アラビア製陶所
同展図録は、翌年のミラノ・トリエンナーレに出品された「バードウォール」の一部に類似しており、習作ないしはその発展形と考えられる。
背景の淡い色彩は、当時影響を受けていたパウル・クレーの絵画を彷彿とさせるという。
バードウォールというのは、このような鳥の登場する陶板でタイルのように壁面を覆った作品かな。絵画のように1点を壁面のどこかに掛けるのではなく。
ヴェネツィアの宮殿 窓辺の人々 陶板 1954-58年頃 48.0X42.0㎝ アラビア製陶所
同展図録は、イタリアはブリュックにとって幼い頃に憧憬を抱いていた場所であり、夫タピオと展覧会やプライベートで度々訪れた思い出の地でもあった。1952年より制作が開始されるヴェネツィアの宮殿シリーズは、この時期精力的に取り組んでいた「鐘楼」や「カレリアの家」とともに建築を題材とした作品群に属する。荒く仕上げられた外壁の表情に対し、窓の部分には釉薬が厚く施されており、まさにステンドグラスのようであるという。 
石やレンガを積まれた壁面の味わいや、厚い窓ガラスの釉にも、外からの光の加減を表現しているのか、色が一様ではない。
ピリッタ 陶板 1950年代 49.0X43.0㎝ アラビア製陶所 コレクション・カッコネン
説明パネルは、1954年に誕生した娘のマーリア・ピリッタとブリュック自身をモティーフとしている。
本作では身体や顔、下部に施された文様を、直線的かつ幾何学的に抽象化して表現する傾向が見られる。ただし、背景の模様やニュアンスのある釉薬の使用、そして日常の何気ない情景というテーマは、ブリュックのこれまでの作品と同様である。本作は、のちに抽象化していく彼女の作風の過渡期に位置づけられるという。
濃紺の背景には樹木や鳥が線刻され、自然を楽しむ母子の様子が描写される。その中にも幾何学的な文様が幾つか見られる。
イースター・エッグの箱 陶板 1955年頃 27.0X34.0㎝ アラビア製陶所
ブリュックは、平面的な作品だけでなく、容器もつくっていたのだった。
イースター・エッグの中には鳥、十字架、バラの枝などが描かれているが、目玉焼きもあって、ブリュックの遊び心が感じられる。
ノアの箱舟 陶板 1956年頃 47.0X56.0㎝ アラビア製陶所 コレクション・カッコネン
説明パネルは、建物シリーズ以降、ブリュックの作品には自由なかたちがふえてゆく。本作もそうした作例の一つである。この時期の作品としては珍しく、一見無釉に見えるものの、部分的に施釉したのちに軽く拭き取ることで変化をつけている。最終的に釉で表面を覆わないため、輪郭線や土の質感が際立つとともに、個々の動物のユーモラスな表情もはっきりとみてとれるという。
扉を開いて立つノア、草原や農地にいるような動物たち。方舟の下側は水の流れの間に小さな魚、大きな魚、水鳥の泳ぐ様子が表されている。
それぞれの作品をゆっくりと鑑賞して和んでいたが、しかし、ブリュックの最後の作品には驚いた。

タイル・コンポジション 陶板 1970年代 49.0X41.0㎝ アラビア製陶所 コレクション・カッコネン
説明パネルは、ブリュックの作品は、陶板に描かれた絵画的な作風から、1950年代末以降には立方体や六角柱を用いることで奥行をましてゆく。1960年代初頭にフィンランドで構成主義が流行すると、かたちは幾何学的になりスケールも大きくなる。本作も様々なかたちと大きさのタイルが左右対称的に、しかし凹凸が反転するよう配置され、そこに鮮やかな色彩が施されている。1980年代にかけて、小さなタイルを組み合わせ、釉薬で彩色する制作方法がブリュックの特徴となっていったという。
なんとこの変わりよう😵
同展は10月14日まで
ルート・ブリュック展が伊丹市立美術館で開催されているとは知らなかった(10月20日まで)。

東洋陶磁美術館 フィンランド陶芸展1← →東洋陶磁美術館 フィンランド陶芸展3

関連項目
東洋陶磁美術館 マリメッコ・スピリッツ展に茶室

参考文献
「フィンランド陶芸 芸術家たちのユートピア展図録」 2018年 国書刊行会