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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2019/03/12

アルビ あなたの知らないサントセシル


アルビのサントセシル司教座聖堂は40mもの高さがあるので、後陣側から眺めただけでは78mの高さの鐘楼はほとんど見えない。
『中世の街角で』は、アルビは、12、13世紀の南フランスに広まったキリスト教の異端、マニ教の流れを汲むカタリ派(アルビジョワ派)の、中心地として名高い。しかしカタリ派は、ローマ法王インノケンティウス3世の呼びかけに応じて来たフランス諸侯の「アルビジョワ十字軍」により、13世紀を通じて鎮圧されてしまう。この戦いは、ゲルマン的世界に属する北フランスと、ラテン的地中海世界に属する南フランスとの最初の熾烈な南北戦争であった。
フランスの南北戦争はその後も、北のイギリス勢と南のフランス勢の百年戦争(14、15世紀)、北のカトリックと南のプロテスタントの宗教戦争(ユグノー戦争、16世紀)などとなって現れる。
しかし、忘れようとしても忘れられないのが、石の文化の宿命なのであろう。長さ115m、幅34mという巨大なサント・セシル大聖堂が、1282年から1世紀かかり、カタリ派鎮圧の記念として、ローマ・カトリック教会により建てられている。赤い煉瓦のどっしりとしたいかにも重量感のあるその姿は、異端をはらおうとする城砦そのものであり、敵地に乗り込んできた大戦艦のごとく、あくまでも人を威圧し睥睨し続ける。13世紀はすなわち現在であり、中世がその形式のまま、現在と共生しつづけているという。

平面図(『中世美の様式下より』)の西側は複雑な造りで、人が出入りするためには造られていないようだ。

鐘楼部分が見えたのは、朝散歩で橋の上からモルゲンロートを浴びている姿と、
西側の外観は、タルン川クルーズで低く遠いところから見ただけなのだ。
それでも正面から捕らえた写真と、
やや北側に回り込んだ写真で、両外側の尖塔のある階段は屋根に上がる階段、内側の階段が鐘楼へと登れる階段だろうということは分かった。
南側から見上げた写真
西壁の円形の膨らみは、上部に向かうほど小さくなっていき、最上部はピナクルとなって、鐘楼から出た飛び梁で支えられている。
南外側の階段の塔は屋根まで、その向こうの鐘楼への階段の塔が一番高い。

創建当初からこの高さがあったのではなく、1862年に壁面を7m高くしたという。
その時の絵葉書から、身廊から後陣にかけて高くした分と元の壁面との違いが瞭然である。下から見上げただけでは気付かなかった。
鐘楼の各階に見られるレースの縁飾りのような手すり部分と身廊の高くした分の様式が同じ。鐘楼に残る装飾を壁面の上部にも採り入れたのだろう。
おそらくその時に後陣に尖塔が設けられたのだろうが、現在では3本のみが残っている。
それがわかるのは、修復以前に撮影されたこの絵葉書の写真のおかげ。屋根に上がる階段の尖塔はすでにあり、傾斜のある屋根の東端(後陣)には尖塔が一つだけしかない。

『中世の街角で』は、喘ぎ喘ぎ、355段を上って大聖堂の鐘楼の上に出れば、晴れた空にタルン川が深いエメラルド色に光り、向こう岸の連なる赤屋根が、目に鮮やかであった。
いやそれ以上に眼下には、異名「赤のアルビ」にふさわしく、旧市街の赤屋根が美しく寄り合い重なり合って、狭い露地に押し合いへし合いしている。その一画にはトゥールーズ・ロートレックの成果もあり、大聖堂に隣接する13世紀の司教館、ベルビー宮殿は、ロートレックの美術館で名高い。町全体が、歴史を通して生きる文化そのものであるという。
木村尚三郎氏の写真は、鐘楼の上に出て、北内側の階段に取り付けられたガーグイユと共に撮影されたこと、サントセシルの後陣の向こうには、当時すでに三角形の屋根付き市場があったこと、サンサルヴィ聖堂も部分的に写っていることなどがわかった。
そして、木村氏が撮影された鐘楼の上。螺旋階段の上部に氏の写真に写っているガーグイユもあった。
La cathédrale d’Albi telle que vous ne l’avez jamais vue!』(以下『あなたの知らないサントセシル』)より

現在のところ、鐘楼にも屋根にも上がることはできないので、『あなたの知らないサントセシル』の図版で、

鐘楼への階段は狭い。
鐘楼に並ぶカリヨン

もう一つの階段は屋根の上へ。
鐘楼への階段と旋回が逆。
木村氏の写真にも写っている、屋根の縁に並ぶ円筒列と1862年に取り付けられた尖塔(後陣方面)
反対に鐘楼方面。

屋根の下の構造-内陣の上部。木材を組み上げてある。
身廊の上部
1862年に7m高くした箇所はコンクリートの部材

さて、屋根に降った雨水は、このような溝で集められ、穴から外部に排出される。
その穴は外のガーグイユの口から吐き出されるのだが、壁面から飛び出しているガーグイユ(ガーゴイル)を何枚も撮影したというのに、19世紀のものだったとは。
そういう目でみると、修復前のサントセシルの絵葉書には、屋根付近にガーグイユはない。

アルビ ベルビー館の舗床モザイクは象嵌タイル← →アルビ サンサルヴィ教会の柱頭とモディヨン

関連項目
アルビ サントセシル司教座聖堂

参考文献
「中世の街角で」 木村尚三郎 1989年 グラフィック社
「中世美の様式下 ロマネスク・ゴシック美術」 オフィス・ド・リーブル編 大高保二郎・岡崎文夫・安發和彰訳 1991年 連合出版
「La cathédrale d’Albi telle que vous ne l’avez jamais vue!」 ÉDITIONS DU SIGNE 2011年