ホシガラスが埋めて食べ忘れた種のように、バラバラに芽を出した記事が、枝分かれして他の記事と関連づけられることが多くなった。 これから先も枝葉を出して、それを別の種から出た茎と交叉させ、複雑な唐草に育てて行きたい。
2013/04/23
ボストン美術館展1 馬頭観音菩薩像
大阪で『ボストン美術館 日本美術の至宝展』が始まったので、長谷川智彩氏がNHKの同展関連番組『極上・美の饗宴 ボストンの日本美術超傑作② 平安の超絶ミクロアート~華麗なる仏画の秘密~』で復元していた馬頭観音菩薩像の截金のオリジナルを見にいってきた。
馬頭観音菩薩像 京都・興聖寺旧蔵 絹本着色 縦166.1横82.7 平安時代、12世紀中頃 1911年寄贈 フェノロサ・ウェルドコレクション
同展図録は、六観音のうちの一つである馬頭観音は、悪業の報いとして六道中畜生道におちた衆生を救済する仏として信仰されてきた。本図では三面三目に八臂(腕)、赤色身をもち、馬頭観音を特徴づける白色馬頭の宝冠を戴き胸前で馬口印を結んでいる。
本図は12世紀の作品に見られる壮麗で装飾性の高い表現が特色であり、当時の密教信仰の主な支持者である貴族の嗜好を反映している。正面を見据えるように堂々と座し、光背には金箔の宝相華文が施されている。衣や蓮華座は金銀の截金を用いた細緻な彩色の花文様で飾られ、蓮華座を支える六角の精巧な壇は緑青の上に截金文で表現されているという。
作品保護のため、暗い照明の第一室に入ったときには、この赤い体も目立たないくらいで、真ん前で見ても、截金はさほど光輝いてはいなかった。
どうも『平安の超絶ミクロアート~華麗なる仏画の秘密』を見過ぎたらしい。
智彩氏が復元した馬頭観音図は、上半身に濃い緑の羽衣を纏い、そこには截金の四ツ目菱二重立涌文が鮮やかに輝いていたのに、実物は緑の色は褪せ、截金はかなりの部分が剥落していた。
ただ、頭光と身光の一番外側には、金銅の透彫を再現したかのような唐草に、金色がよく残っていた。
光背は、文様の形に接着剤をつけ、金箔を貼り付けて、乾いたら残りの金箔を筆で取り除くという、箔押しの技法が使われているということだが、その上に墨で葉脈などを描いていて、箔を置いただけの平板さではなく、透彫の立体感さえもうかがえる。
四ツ目菱二重立涌文は肩や腕にかかる箇所にかろうじて残っている程度。
立涌文についてはこちら
条帛の白い部分にも四ツ目菱が散らされているが、何で囲まれていたのかがわからない。黒っぽい平行線があるが、これは文様とは関係のない、襞でも表したものだろう。
この部分は、七宝繋文や立涌文のように四ツ目菱を囲む繋ぎ文がなくなった、新しい様式の截金装飾かも知れない。
両足首上側に、条帛の裏側の緑に四ツ目菱二重立涌文がはっきりと残っている。足の下の文様と同じように濃い金色の截金が使われている。
その下側の着衣は、白っぽい地色に四ツ目菱の金箔が光っているが、格子状に走る細い線は黒っぽい。
会場では、それが格子文なのか、七宝繋文なのかが見分けられなかった。
左膝部分は地文の亀甲繋文が同じく四ツ目菱だが、こちらはよく残っていて、金色も鮮やか。彩色の主文が引き立っている。
亀甲繋文についてはこちら
しかし、裳の方は四ツ目菱を囲んでいるのが七宝繋文であることもわかりにくい。智彩氏が三重に截金を置いていくのを見て、七宝繋文とわかったほどだった。
七宝繋文についてはこちら
七宝繋文の線に所々黒っぽいものが見えると智彩氏が言ったのをきっかけに、番組で調査が行われ、截金の金箔部分が剝がれて、内側の銀箔が現れ、それが硫化して黒くなったのだろうということになった。
そして、『日本の美術373截金と彩色』の編集者有賀祥隆氏が登場して、金箔に銀箔を重ねた合わせ箔というものでしょうとのこと。金は箔になるまで叩いて伸ばすと、微細な穴がたくさんできるらしい。その穴から下の銀箔の色が出て、明るい金色に輝くのだろうと智彩氏は言った。
膝頭の金色らしい截金に比べると、その下側の裳が白っぽく見えるのは、照り隈の効果だけではなかったのだ。
裳の七宝繋文は黒っぽく変化しているが、四ツ目菱には変化がない。きっと、四ツ目菱の部分は金箔だけの切り箔なのだろう。。この裳裾には主文の菊花文も切り箔で表されていて、主文截金になってる。膝の着衣が主文彩色地文截金と、2種類の装飾が混在している。
馬頭観音の足下には、これまで見たことのない文様がある。同じ形の切り箔を4つ組み合わせて十字をつくり、残りの4つでこの頂点どうしを結んでいる。これも円花文というのだろうか。
ここでもまた、文様を囲む枠がない。その間に等間隔で引かれた截金の線があるだけだ。条帛の四ツ目菱と同じく、これは12世紀中頃に、新たに加わった文様だろうか。
蓮弁の葉脈もまた、細い截金が置かれていて、蓮弁の桜色の暈繝と共に、優美であることこの上ない。
截金の細部ばかり単眼鏡で見入っていたが、少し離れた位置から全体を眺めると、この作品が、珍しく地面というものを背景とは別の色で表していることに気づいた。
そして、何とその緑の地面にも截金の文様があった。
縦横斜めに交差するそれぞれの交点に菱形の点綴文が置かれているが名前がわからない。辻飾り付き変わり格子文とでもしておこう。
つづく
関連項目
ボストン美術館展8 法華堂根本曼荼羅図4 容貌は日本風?
ボストン美術館展7 法華堂根本曼荼羅図3 霊鷲山説法図か浄土図か
ボストン美術館展6 法華堂根本曼荼羅図2菩薩のX状瓔珞
ボストン美術館展5 法華堂根本曼荼羅図1風景
ボストン美術館展4 一字金輪像
ボストン美術館展3 如意輪観音菩薩像
ボストン美術館展2 普賢延命菩薩像
辻飾り付き変わり格子文の截金
東寺旧蔵十二天図6 截金5立涌文
東寺旧蔵十二天図4 截金3亀甲繋文
東寺旧蔵十二天図3 截金2変わり七宝繋文
※参考文献
「ボストン美術館 日本美術の至宝展図録」 2012年 NHK
「ボストン美術館所蔵 日本絵画名品展図録」 東京国立博物館・京都国立博物館編集 1983年 日本放送網株式会社
「日本の美術373 截金と彩色」 有賀祥隆 1997年 至文堂