資料館のずーっと南に石舞台古墳がある。



拝観券の裏に、横穴式石室を持つ方形墳で、築造は7世紀の初め頃と推定されます。既に古墳古墳上部の封土は失われ巨大な天井石が露出した姿になっています。被葬者は不明ですが、6世紀後半にこの地で政権を握っていた蘇我馬子の墓ではないかといわれていますという説明がある。
蘇我馬子と特定できるものは何も見つかっていないが、当時これだけの大きな石を積んで墓をつくることができるほどの権力を持っていたのは馬子以外に考えられないと、聞いたような気がする。












ホシガラスが埋めて食べ忘れた種のように、バラバラに芽を出した記事が、枝分かれして他の記事と関連づけられることが多くなった。 これから先も枝葉を出して、それを別の種から出た茎と交叉させ、複雑な唐草に育てて行きたい。