法隆寺金堂天蓋は外側の図様も興味深いが、内側にも敦煌莫高窟を見学した者にとっては懐かしい図様が描かれていた。『法隆寺 日本仏教美術の黎明』展図録は、天蓋の内面は上より天井、組入天井、小壁、垂幕の順となり、天井の格子内に蓮華文、組入天井の支輪板に蓮池から伸びて宝珠をいただく蓮枝という。
実際に下から見ている時は「莫高窟でみた植物文が描いてあるなあ」と思っていた。

人字披天井は下図の北魏期(386-534年)敦煌莫高窟第251窟のような人の字形の天井を指す。この図は、下から伸びた蔓草(ほとんど色が褪せている)に大きな花が咲き、その1つに菩薩が坐しているように見える。蓮の葉ではないからだが、実際に蓮を見たことのない人が唐草文などをみて蓮華のように描いたのかも知れない。




ところで、このように同一でないにしろ同じような折上天井に垂木で仕切った板に植物文を描くということが行われていたことは確かである。中原の建築様式が敦煌へと伝えられたのであろうが、それがどのように日本に伝播したのか、跡を辿ることはできない。
関連項目
天井の蓮華
※参考文献
「中国石窟 敦煌莫高窟1」敦煌文物研究所編 1982年 文物出版社