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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2023/06/27

サンマルタンデネ教会 L'Église romane Saint-Martin d'Ainay 1 外壁と聖女ブランディーヌ礼拝堂


リヨンのサンジャン司教座聖堂に隣接するマネカントリ  La Manécantrie についてWikipedia は、西側のファサードはロマネスク様式で、彫刻の様式から12世紀初頭に遡ることができる。ゴシック、ロマネスク、ビザンチンを混合したスタイルも見られる。西側ファサードには、サンマルタンデネ聖堂の後陣に見られる装飾に匹敵する装飾があるという。
ロマネスク様式の時期の貴重な建物だった。それは壁面に丸や菱形のレンガを嵌め込んだ装飾をいうのだろうか。


確かにサンマルタンデネ教会の外壁には切石にレンガを埋め込んだ装飾があった。
サンマルタンデネ教会の平面図(『LYON L'ÉGLISE DE SAINT-MARTIN D'AINAY』以下『AINAY』より)
リヨン、サンマルタンデネ教会平面図 『LYON L'ÉGLISE SAINT-MARTIN D'AINAY』より

しかし、12世紀とされる後陣といっても鐘楼から続く②後陣ではなく、11世紀に遡る聖ブランディヌ礼拝堂の後陣(下写真)だった。
ただし、この壁面を見た時は、レンガを使って装飾してあるのか色を塗ってあるのか分からなかった。
矢筈文や七宝繋文に近い装飾がレンガと白っぽい切石とのモザイクなのだろう。


この後陣だが、内部から見ると、こんな風になっている。ステンドグラスは後世のもの。
『LYON L'ÉGLISE ROMANE DE SAINT-MARTIN D'ANAY』(以下『ANAY』)は、平面はシンプルで、長さ18.80m、外側の幅8.50m。正方形の聖歌隊席が長方形の身廊を拡張しており、その半円筒ヴォールトが側壁に立てかけられた柱の上に置かれているという。
サンマルタンデネ教会の聖ブランディーヌ礼拝堂 11世紀 『LYON L'ÉGLISE SAINT-MARTIN D'AINAY』より

後陣(聖歌隊席)の小円柱と柱頭
同書は、聖歌隊席は2つのスキンチを備えた半ドームで覆われ、小円柱と組み合わせ文様の柱頭で装飾されているという。
このような淺彫の柱頭は見たことがない。
ブランディーヌ礼拝堂後陣の柱頭 『LYON L'ÉGLISE SAINT-MARTIN D'AINAY』より

床は白い花が散らせてある。色も可愛い。でも、どれが古いのやら・・・

同じ花柄のモザイク画が南壁にあった。


一般的には内陣の左右に階段があるクリプトだが、ここでは正面にある。

クリプトの床に文字の並んだモザイク

クリプトの平面図
狭いクリプトには凹凸があり、また両側に副室がある。
ブランディーヌ礼拝堂クリプトの平面図 『LYON L'ÉGLISE SAINT-MARTIN D'AINAY』より 

中央の出っ張りの右に金網状のものがあり、ひょっとすると、覗いたら側室が見えたかも。
ブランディーヌ礼拝堂クリプトの平面図 『LYON L'ÉGLISE SAINT-MARTIN D'AINAY』より 

外側にもどる。聖ブランディーヌ礼拝堂の北側に南東角から見たサンマルタンデネ教会の後陣、採光塔、鐘楼が抜きん出ている。
 サンマルタンデネ教会の外観 『LYON L'ÉGLISE SAINT-MARTIN D'AINAY』より

聖ブランディーヌ礼拝堂の後陣南壁には三角形の文様がレンガと切石のモザイクで表されている。
聖ブランディーヌ礼拝堂の外観 『LYON L'ÉGLISE SAINT-MARTIN D'AINAY』より


採光塔
 『LYON L'ÉGLISE SAINT-MARTIN D'AINAY』より


南西から見たサンマルタンデネ教会の採光塔と鐘楼
南側面にもレンガ装飾がある。

モディヨンの植物文様に加え、レンガを様々な形に整えたものを切石と漆喰に嵌め込んでいるようだ。


西ファサードはもっと顕著、ギリシア十字(縦横の長さが同じ)や開口しないアーチにも、

そして動物の浮彫の施された切石が並んでいたり、

植物文様の柱頭の下には茶色い石でやはり植物をモティーフにした文様が続き、その下に菱形レンガのはめ込み。次に動物の浮彫。

その拡大図(『AINAY』より)
動物だけではなく、農耕の様子も浮彫にされている。


側面にもレンガの装飾

なぜかこんな人物も。
アーチの外周には細かな幾何学文様の帯がある。石彫なのか、型押しの素焼きレンガなのか。

鐘楼だけでなく、真下のポーチも11世紀とされているが、ロマネスク様式ではなく、尖頭アーチのゴシック様式では?

尖頭アーチも細かな浮彫が施されている。
『AINAY』は、鐘楼ポーチの1階では、尖頭アーチ型天井になっており、その側壁は腰嵌め石の板と顔をゆがめたマスクを備えた柱頭のある溝付き付柱で装飾されている下の部屋に関する変更が加えられています。ドアの上には尖頭アーチがあり、葉の豊かな装飾で覆われている。この新しい門は、サンジャン大聖堂の後陣やサンピエールデテローの鐘楼ポーチと比較して12世紀の最後の3分の1に遡るもので、1830年にJ.ポレットによって修復されました。鐘楼の内部と上部にある鐘楼の歴史は1730-35年(樫の木が伐採された日)にまで遡りますという。
やっぱりこの扉口はロマネスク様式より後のものだった。
サンマルタンデネ教会西正面鐘楼ポーチの扉口 『LYON L'ÉGLISE SAINT-MARTIN D'AINAY』より 

そのアップアカンサスの葉文様をアレンジした石彫だけれど、コールタールのような黒い汚れは如何なものか。
その縁には葉文様の間に人間の頭部と木の実が並んでいる。
レンガの文様帯の上にある透彫風の葉文様は柔らかい石を使ったように見える。

左アーチを支えるアカンサスの葉。そして円盤のようなものにはこれから開くであろう4枚の葉あるいは花弁が中心にある。


右アーチを支えているのは葉文様と開花した四弁花。もちろんアカンサスの花ではない。


ポーチ内の柱頭彫刻
人間の顔に見えるが、耳は動物のものっぽい。
鐘楼ポーチ内の柱頭彫刻 『LYON L'ÉGLISE ROMANE DE SAINT-MARTIN D'AINAY』

鐘楼ポーチから北側に続くのは19世紀の洗礼室の外壁。ということは、レンガと切石のモザイクは後世のもの?

その中央に掲げられているタンパンはレプリカ。

本物は19世紀の洗礼室(このタンパンの裏側)にあった。幅115㎝、高さ62㎝
洗礼者ヨハネにまつわる物語を表している。
『AINAY』は、3つのブロックで構成されている。石の状態は悪いという。以下の解説も同書より。
①上段中央 
天蓋の下に、王冠でわかるヘロデ王(11-12世紀)が主催した祝宴のテーブルを見ることができる。王は古風な椅子に座っており、右手で皿から手を離し、左手でサロメを指差しており、コートは豪華な留め金で留められている。
サロメはテーブルの前に立って、髪をゆるめ、肘を広げ、腰に手を当てる様子は踊っているような印象を与える。彼女は非常に長い袖のドレス、三つ編みの髪、おそらく耳の垂飾、有力者のベルトのような丸いバックルをしめている。
②上段右 
3人の客が続くテーブルに座っており、王冠のパンなどの食べ物が置かれている。
③上段左 
死刑執行人と小柄で長いドレスを着たヘロディアが、洗礼者の頭を、容器に入れて運んでいる。 
へロディアはサロメの母

④下段中央 
三角屋根の牢屋の扉は開かれ、死刑執行人が一撃の下に洗礼者ヨハネの首を切り落としている。
⑤下段左 
殉教者の首を運ぶ2人の人物。
⑥下段右
4人の弟子が、頬の涙を手で拭いながら、聖骸布にくるまれた殉教者の遺体を石棺または葬台に安置している。その上で、群雲から出た神の手が祝福している。

⑦外側右
楽園では、天使が神聖な布で隠された両手に、小さな子供となった故人の魂を運んでいる。
トゥールーズのオーギュスタン美術館に収蔵されている柱頭彫刻でも、殉教した洗礼者ヨハネがやはり子供の姿で表されている。
⑧外側左
大きな頭と獣の耳を持つ悪魔が坐っている。
向かって右が天国、左が地獄か。コンクのタンパンでは左が天国、右が地獄だったけれど。


次回は内部の柱頭彫刻です。


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参考文献
LYON L'ÉGLISE ROMANE SAINT-MARTIN D'AINAY」 2016年 Édition Lyonnaises d'Art et d'Histoire