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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2023/03/10

北宋・遼のガラス


北宋・遼の時代には、不思議な形のガラス製品がつくられている。現代作家たちの書物や展示会などを驚きをもって見ていったのと同じように、興味がつきない。
前回に引き続き、北宋・遼時代の塔基や墓室から発見されたガラスを見ていくと、


玻璃三足壺 北宋・10世紀 中国 高8.8㎝口径3.1㎝ 河南省新密市法海寺塔塔基出土 新密市人民文化館蔵
同書で真道洋子氏は、この3本の足を持つ壺形の容器は、河南省密県(新密市)法海寺の北宋代の塔基から発見された、瓢形瓶をはじめとする一連のガラス製品の一つである。丸くふくらんだ胴部に短い頸部がついており、頸部と胴部の境目には、くっきりとしたくびれがついている。おそらく、はさみのような道具ではさんだのであろう。口縁部は内側に折り返されている。
この容器でもっとも特徴的な点は、容器の下部につけられた3本の足である。溶けたガラスを容器本体に当てて引き伸ばし、先端部を少し折り返し、安定した足を作り出している。これによって、この容器は中国古代から存在する鼎に類似した器形になっている。あるいは、この形状を意識して製作されたものかもしれないという。
3本の脚で器体を支えるものは、中国の鼎だけでなく、ギリシアの幾何学様式時代(前1050-700年)でも脚の長い青銅製の鼎があった。実用品であったものが、神殿への奉納品となっていったという。
また、黒海とカスピ海の間にあるカフカス(コーカサス)山脈の南方にあったウラルトゥ(前9-6世紀)でも三脚の上に大鍋をおくということが行われていたという。
なぜ椅子のように四脚ではなく三脚なのだろう。四脚では床や地面が真っ平らでないとガタガタする。三脚ならどんなところに置いても安定すると昔聞いたことがある。三脚は伝播していったというよりは、経験的に分かったものなのだろう。
それにしても凝った脚である。
河南省新密市法海寺塔塔基出土新密市人民文化館蔵 玻璃三足壺 北宋・10世紀  『世界美術大全集東洋編5』より


玻璃鳥形裝飾 北宋・10世紀 中国 高6.0㎝ 河南省新密市法海寺塔塔基出土 河南省、新密市人民文化館蔵
真道洋子氏は、法海寺の塔基から、他の小型のガラス容器とともに発見された製品の一つである。
淡い緑色の透明素材で作られており、現在は、表面の一部が白く銀化している。丸く吹いた胴部の中央にガラス紐が巻かれ、さらにその紐部分と肩部をガラス紐でつなぎ、そこにリング状のガラス紐が二つ吊り下げられている。鳥の首部分は長く、最後にガラスの先端をはさんで仕上げ、鳥の顔の部分を作り出しているという。
上の鼎と同じガラス工房、あるいは工人によって製作されたものだろうか。腕の見せどころが満載の作品だ。
 河南省新密市法海寺塔塔基出土新密市人民文化館蔵玻璃鳥形裝飾 北宋・10世紀 『世界美術大全集東洋編5』より


玻璃鳥形裝飾を見ていると、イスラームガラスの影響が思い浮かぶ。
『イスラーム・ガラス』は、紐装飾は、ローマ・ガラスで最も多用されていた加飾技法であり、現代に至るまで長く行われてきた最も普遍的な装飾技法である。しかし、紐装飾と一口に言っても、細部を見れば形態は多様である。容器の頸部や胴部に螺旋状に細いガラス紐を巻き付ける形態が基本であるが、紐の幅や本体への溶け込み方、色調なども様々である。
ガラス紐を単純に巻き付ける以外にも、巻き付けた紐を波状やジグザグ状、蛇行状にしたり、三角、八の字状、星形に細工したりする例に見られるように、より装飾的にガラス紐を細工することも行われているという。
上の2作品よりもずっと複雑な装飾だが、このような紐装飾のガラス容器の請来によって、中国のガラス工人が触発され作られた作品という可能性もあるのでは。
出光美術館蔵貼付・紐装飾容器 『イスラーム・ガラス』より


玻璃方形四足盤 遼・10世紀 中国 高2.0㎝長9.9㎝ 遼寧省瀋陽市法庫県葉茂台鄉葉茂台7号遼墓出土 遼寧省博物館蔵
真道洋子氏は、4本の足を持つ小型の盤。緑色の小さな盤で、周囲は銀で縁取られている。4-5㎜の厚さがあり、比較的厚手である。厚さ2㎝ほどの鋳造したガラスの塊から、内部と脚部を削り出していったものと考えられている。上から見ると、中央部に円形の彫り込みがあり、そのまわりから四隅に向けて葉状の削りが4か所配置されている。そして、その葉状の裏面に、削り出された4本の足が存在している。
この製品の類例は乏しく、製造地に関しても中国説と中近東説に分かれており、定まっていないという。
これは四脚だが、ガタガタしないように入念に削られたのだろう。
中国のガラス製品と中近東のガラス製品では成分が異なるのでは?とは言っても同書は四半世紀も前に出版されたもの。現在ではどちらか判明しているかも。
でも、真道氏はその著書 『イスラーム・ガラス』を出版される以前にトルコで交通事故に遭い亡くなった。
 遼寧省瀋陽市法庫県葉茂台鄉葉茂台7号遼墓出土遼寧省博物館蔵 遼・10世紀 『世界美術大全集東洋編5』より


玻璃葡萄房 北宋・10世紀 中国 長16.0㎝ 河北省定州市静志寺真身舎利塔塔基地宮出土 定州市博物館蔵
真道洋子氏は、静志寺の塔基から発見された葡萄房のガラス細工は、じつに繊細で写実的に表現されている。一粒一粒が不透明の暗紫褐色ガラスでできており、銀化によって多少変色している。粒の大きさは1-2㎝ほどで、全部で39粒残っている。細い吹き棹で一つずつ吹いたのであろうか。内部は中空で、外面に渦を巻くような筋が見られる。成分は高鉛ガラスであり、中国で製作されたものと考えられている。
房を束ねる茎の部分は紙製で、細く撚り合わされている。時間の経過によって茶色に変色しており、それが、より実物に近い印象を作り出しているという。
経年変化のために、本物のブドウのようにブルームがついているよう。銀化と共にガラス作家の意図しない現象が、作品を別物に見せることもあるのだ。
 河北省定州市静志寺真身舎利塔塔基地宮出土定州市博物館蔵玻璃葡萄房 北宋・10世紀『世界美術大全集東洋編5』より



参考文献
「世界美術大全集東洋編5 五代・北宋・遼・西夏」 1998年 小学館
「草原の王朝 契丹 美しき3人のプリンセス 展図録」 編集九州国立博物館 2011年 西日本新聞社
「図説中国文明史8 草原の文明 遼西夏金元」 稲畑耕一郎監修 2006年 創元社