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忘れへんうちに 旅編では、南イタリアの旅を再開しました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2022/08/23

戦国時代の舶来ガラス


一乗谷朝倉氏遺跡資料館で2014年に開催された「戦国時代の金とガラス きらめく一乗谷の文化と技術」という企画展の図録を入手することができた。
同展図録は、なぜ今「戦国城下町一乗谷」で”金 Gold”と“ガラス Glass”なのか?そう疑問に思う方も多いことでしょう。相容れないような2つの物質をテーマに選んだことには、理由があります。
近年、城下町の中心地への出入口として存在する上と下の城戸跡周辺で実施されていますが、“金”と“ガラス”をテーマに選ぶきっかけとなった発掘調査があります。それが、当主朝倉義景の館跡から上城戸跡にかけての地区です。そこから稀少な遺物の発見が相次ぎ、戦国時代の町様相や工芸技術が見直されるきっかけとなりましたという、興味をそそられる文で始まる。

前回までに一乗谷朝倉氏遺跡から出土した青白磁梅瓶が何時の時代に何処でつくられたものかを調べていて、戦に明け暮れたあの時代に、同時代にはもう中国では製作されていなかった青白磁の梅瓶を、ステータスシンボルとして伝世していたことを知った。
そして『戦国時代の金とガラス展図録』を開いてみると、数は少ないが、海外、おそらくヴェネツィアから将来されたガラス器があったことや、日本では途絶えたとばかり思っていたガラス製作が、各地で行われていたことに驚いた。
まずは海外産のガラスについて。


リブ付装飾ガラス容器断片 16世紀中頃 残存幅3.5㎝残存高4.0㎝ 製作地ヴェネツィア 一乗谷朝倉氏遺跡朝倉館跡井戸出土 福井県教育委員会蔵
同展図録は、これまでガラス稜鉢などの名称でよばれてきた。
非常に出土例の少ないベネチアンガラスの中でも一乗谷出土のリブ装飾容器は天正元年(1573)を下限とし、現在のところ一番古い埋没年代に位置づけられますという。
この断片だけでは、ボールのような容器だと思っていただろう。
一乗谷朝倉氏遺跡資料館蔵 リブ付装飾ガラス容器 16世紀中頃 『戦国時代の金とガラス展図録』より

迫田岳臣氏による復元品 器高約19.0㎝ 一乗谷朝倉氏遺跡資料館蔵
同展図録は、谷一尚氏や迫田岳臣氏、中井泉氏らとの資料調査によって、ワイングラスのようなゴブレットといわれる形状のベネチアン・グラスであることがわかってきました。
科学分析の結果、ソーダ石灰ガラスであることが判明したという。
それがこのようなゴブレットだったとは👀
リブ付装飾ガラス容器の迫田岳臣氏による復元品 『戦国時代の金とガラス展図録』より


一乗谷朝倉氏遺跡以外では、

ガラス容器 径6.4㎝厚0.13㎝ 製作地ヴェネツィア 中世大友府内町跡出土 大分県教育庁埋蔵文化財センター蔵
同展図録は、グラスを想定しているガラス容器では、中世大友府内町跡から出土したベネチアングラスがあります。透明性の高い緑色の地に黄色のラインが螺旋状に入る、特徴のあるグラスですという。
口径が6.4㎝というと、小さな脚付き坏だったのかな。
中世大友府庁跡出土ベネチアングラス 大分県教育庁埋蔵文化財センター蔵 『戦国時代の金とガラス展図録』より


同展図録は、16世紀から17世紀にかけて盛んに渡来した南蛮船は時の権力者たちに様々な珍しい献上品をもたらしました。天文20年(1551)、フランシスコ・ザビエルは周防での宣教の許可を得るにあたり、戦国大名大内義隆に13種の高価な進物を贈っています。望遠鏡やオルゴール、錦襴の布などと共に精巧なガラス製花瓶も記録されています。
永禄12年(1569)、ルイス・フロイスは足利義昭に「手の折れたるビードロ(ガラス)器」を贈り、織田信長には「金平糖入りのフラスコ(ガラス瓶)」を差し出したとあります。それらは、どのような形状で、何処で製作されたものかはわかりませんが、発掘調査によって発見されたガラス製の容器にはベネチア製、あるいはベネチア様式と考えられるガラスが存在しています。当時のベネチア製の代表的なガラス製品にレースガラスがありますが、そのレースガラスが出土しているのが八王子城跡(東京都八王子市)です。花瓶形をしたガラス容器と考えられていますという。
「手の折れたるビードロ」はどんな形なのか想像もつかない。まさか、時の最高権力者に把手がとれてしまったガラス容器を差し出したということはないと思うのだが・・・🤔

レースガラス器断片と想像復元モデル 器高23.5㎝横約10.0㎝ 製作地ヴェネツィア 八王子城跡(一乗谷の17年後に落城)出土 八王子市郷土資料館蔵  
八王子城跡は戦国時代末期の城郭跡。面積は約159ha。この城は小田原に本拠地をおいた北条氏の居城で、天正18年(1590)に豊臣秀吉によって落城したことが明らかとなっている。
平成4・5年に実施した御主殿内部の発掘調査の結果、城主北条氏照の居館としての建物群と膨大な量の国産陶磁器や輸入陶磁器などが出土した。さらにはベネチア産のレースガラス器が出土した。
レースガラスの容器断片38点。やはり16世紀のベネチアガラスとされています。レース文と乳白色の2種類のガラス棒を交互に並べて熔着させ、内面の透明ガラスと2層構造です。同様のベネチア(あるいはファソン・ド・ヴニーズ)のレースガラス有脚杯が、1995-96年の発掘で長崎市築町遺跡の1600年前後層から出土しており、当時の舶載ガラス愛好熱を如実に物語っていますという。
信長の持ち物にヴェネツィアガラスがあったかどうか知らないが、こんな優品を見逃したとはね😎
八王子市郷土資料館蔵レースガラス器断片 八王子城跡出土 『戦国時代の金とガラス展図録』より

「レースガラス」というのは特殊な技法で製作されたガラスのことで、当時ベネチアのみで生産されたものと考えられている。白色の螺旋模様のガラス棒と白色のガラス棒を交互に並べて縦縞のレース模様を作り出したガラスである。科学分析の結果、ガラスはソーダ石灰ガラスであることがわかっており、16世紀末のベネチア産のガラス製品の特徴と一致するという。
レースガラスは前2世紀には作られていた。それについてはこちら
八王子市郷土資料館蔵レースガラス器断片 八王子城跡出土 『戦国時代の金とガラス展図録』より


渡来船のやって来た時代、もっと沢山のガラス容器が将来されたに違いない。これからの発掘調査が楽しみ🤗

                        →戦国時代に国産のガラス

関連項目

参考文献
「戦国時代の金とガラス きらめく一乗谷の文化と技術展図録」 2014年 福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館