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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2019/11/05

ターラント国立考古学博物館 墓の変遷


同館では墓室が再現されていたり、石棺の並ぶ部屋があった。


アルカイック期
前6世紀末-前5世紀初頭の競技者たちの墓 
説明パネルは、古代の道路網に平行して、地下墓は地方産の規格化された切石(カルパロ)でつくられた、墓室は5つ並んでいた。上の段は連続した型になっている。カルパロ石の厚板の床に壁は残っていて、当初の漆喰工事と表面磨きが見られる。
一枚岩の小さな玄関ホールに墓室への入口があり、今日は一部しか残っていないが、柱で支えられた楣の下に固定されていたようだ。
円柱のうち1本はドーリア式で楣石と厚石を組み合わせた切妻屋根を支えていた。
区画された壁に沿って7つの石棺が配置されており、アルカイック期のギリシアにおける宴会室の寝椅子の配置を再現したようである。副葬品の壺類はギリシアからの輸入品という。 
周囲に石棺が並び、中央の空間には大型の渦形クラテルを初め、黒絵式の器が多数副葬されていた。
円柱と石棺の出土状況

クラシック期 
前5世紀のギリシア人の街の墓地
説明パネルは、前5世紀前半ターラントのポリスで制度変化がおこった。前473年の敗北により、貴族階級の役割が変わり、政治的改革が行われた。新しい階層が生まれ、民主的な社会ができた。
居住区の拡張に伴い、市街地はネクロポリスに当てられていた地区も組み入れた
葬祭が新たに加わった。アルカイック期の石室墳への集団埋葬は消滅し、個別の記念碑的な墓となった。副葬品も少なくなった。垢擦りのヘラ、香油容器といったパライストラ(格闘技の練習場)で使用するもの、葬礼の油入れのアッティカ製レキュトスなど。前5世紀半ばに目に見えて減少し、世紀間まで回復しなかった。
副葬品の減少は禁止令にあるが、もっと重要なのは墓の構造であるという。 
個人墓の出土状況
切妻屋根の墓の発掘
一つの屋根の下には一つの石棺が埋められていた。しかしその石棺内には頭蓋骨が二つあるような。
狭い石棺の枕元にはレキュトスが3つだけ。外側には副葬品を置く広さもない。

展示されていた石棺には神殿のような三角破風。
石棺の側面
屋根石には日本の家形や長持形石棺のような繩掛け突起ではないが、持ち上げるための穴のある小さな突起が設けられているのが面白い。
アクロテリア

別の石棺には切妻屋根がなかった。
内側の口縁部には何か分からないが吊り下げてある。花だろうか。

ヘレニズム期
カリアティード(女人像柱とフリーズ) 前3世紀 石製 
同館図録は、19世紀ヴァステ(Vaste かかとの先端の町)で発見された地下墓の入口の、オリジナルの石の部分とレジンのコピーによる想像復元であるという。
入口なので地上部にこのような神殿風のモニュメントがあったのかな。
説明パネルは、ヴァステの金持ち一族のもので、3つの空間からなっている。一つの開かれた玄関ホールと、2つの墓室である。地下墳墓の前面は4人のカリアティードで飾られている。2つの扉の脇柱に配置されているという。
一対のカリアティードの間から、それぞれの地下の墓室へと、階段かスロープで下りていったのだろう。
ターラント派による特徴が顕著だが、この時代の嗜好の影響が現れているという。
アテネ、アクロポリスに残るエレクテイオン南柱廊カリアティード(前420-410年頃)は、腕はおろし、頭部で上部構造を支えているし、それ以前のカリアティードも頭部で支えているので、こんな風に両腕と頭部で支えるのはヘレニズムらしい様式かも。
フリーズは、有翼のエロスが三頭立てのライオンの戦車に乗っている。

墓室の柱頭 前4世紀
吹き抜けの部屋には、四角い台の上で大がかりに支えられている柱頭群があった。
その中央に、ダリウスの画家が描いたアプリア式赤絵渦形クラテル(前330年頃)が置かれているで、クラテルが副葬されていた墓の柱頭なのだろう。
両腕を挙げた人物の背後には鳥あるいは鳥グリフィンが向かい合っている。
翼のような左右対称の葉はアカンサスではなくナツメヤシの葉かも。その間から髭面の人物が顔を出すのはロマネスクっぽい。
低い柱頭には猛禽が立ち上がっているが、頭部は人間かも。卵鏃文様も見られる。
アカンサスの葉文様の上段に鳥グリフィンが向かい合い、その間に人物の頭部が現れている。
上の柱頭の側面
アカンサスの葉の間には、何かのポーズをとる有翼人物。
低いアカンサスの葉文様が下方を巡り、その上に大きく表されているのが、植物のようなものもあれば、有翼のものもありそう。
人面鳥は思案しているよう。

葬祭殿(naiskos) 前3-前2世紀 1959年 ウンブリア通りで発見
こちらも神殿のような建造物。下方に馬に乗った場面などのメトープが並ぶ。
説明パネルは、ドーリア式の三角破風と戦闘場面を表したメトープ、海獣の太鼓装飾、蛇の姿の怪獣シッラ(Scilla)を表すという。
正面より見たメトープ
左より2つ目

戦闘場面 出土地不明

メトープの一つ 前3世紀前半 出土ち不明 
説明パネルは、誘拐の場面:若い戦士として表されたディオスクルス(Dioscurus)に誘拐されるレウキッポス(Leucippus)の娘という。
後方の人物は馬にまたがらず、両脚を揃えて乗っている。

メトープ 前4世紀後期 葬送儀礼の場面 カルパロ石(石灰岩の一種)
説明パネルは、男性が蛇を解放し、冥界の神ダイモンの擬人化という。

ターラント国立考古学博物館 ガラス

関連項目
ターラント国立考古学博物館 金色の装身具
ターラント国立考古学博物館 土器・テラコッタ
ソグドの踊り子像はカリアティド(女人像柱)

参考文献
「MARTA IL MUSEO NAZIONALE ARCHEOLOGICO DI TARANTO Catalogo」 2015年 Scorpione Editrice