お知らせ

忘れへんうちに 旅編では、南イタリアの旅を再開しました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2019/08/20

近江八幡山


続いて八幡山へ
近江八幡の旧市街の狭い道路を通っていると、道路際に突然大きな鳥居があり、その中へ入ると駐車場となっていた。

入口の鳥居から道とは直交する形で日牟禮八幡宮が。
門からやや左前方に拝殿

神社には入らず、ロープウェイ駅へ。
全長500mあまりで、山麓駅から頂上駅が見えている。
頂上駅から近江八幡の城下町
GPSの地図
豊臣秀次が築造したという八幡山城の石垣と
浮彫の石仏
新しげな建物は通過。
①三叉路になっていたので、西の丸・北の丸方向へ。
出丸?


②西の丸跡へ。
まっすぐ突き当たったあたりからの眺め
対岸には比良山地が長々と横たわり、こちら側は干拓でできた農地に、減反政策のため麦を植えた畑と、田植えが終わった田んぼとが混じる。
少し右の絶景ポイントより
長命寺のある同名の山、そして同名の港。その麓を流れる川の名も同名。

片側は山の斜面、反対側は石垣が続く。
この先を左に行けば北の丸
石垣はここまで。
百々神社はパネルで確認。
北の丸跡からは、奥から観音正寺のある繖(きぬがさ)山と、その前の低い安土山、西の湖
そして午前中に水郷めぐりをした和船乗り場と水郷り一部も見えている。

その後、また石垣に沿って歩いていると、石垣の上の方に建物がある気配、水道管のようなものもあったりして、
石垣が途切れてもいた。
その先にも通路は続いていた。
右にそれると村雲瑞龍寺の門の跡があるらしいので、
石段を登っていくと、
石垣が切れて
石段は右上へ続いていて、
あれ、跡だけのはずなのに門があるやん。
よく読めば瑞龍寺「門跡(もんぜき)」だった←何十年仏教美術をやっているのだろう😅
それにしても、門の奥にまた石段が見えているとは。
秀次の母が、菩提を弔うために京都の嵯峨野に建立した日蓮宗の寺に、後陽成天皇が、「瑞龍寺」の寺号と寺領を与えて門跡寺院となった。現在の地に寺が遷されたのは昭和になってからという。
境内から見えたのは近江富士。名神高速の上り車線ではその姿を見ることができるが、下りでは見損ねるのが常だった。
その上、近江富士はこの八幡山だと、ず~っと思っていたのだった😂

     手こぎ舟で近江八幡の水郷をめぐる← →安土城

参考にしたもの
近江八幡市文化観光科の地図