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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2019/05/07

北野天満宮展 北野天神縁起絵巻の雷は截金


「北野天満宮 信仰と名宝 天神さんの源流展」では前期に承久本の第6巻第3段が展観されていた。
同展図録は、今日”天神さん”の名で親しまれる、全国の「天満宮」・「天神社」の総本社北野天満宮は、歴史上初めて、実在の人物菅原道真(845-903)を祭神とする神社である。
菅公(道真の尊称)の、当代最高の文人政治家としての栄光と晩年の悲劇とが、早くから貴族社会のみならず広く平安京住民の間でも関心を呼び、数々の逸話が生まれ、やがて天神として神格化することとなった。
延喜9年(909)に藤原時平が39歳で病死したことや、前後して都に相次いだ災害・異変が、菅公晩年の悲劇に関わった為政者のみならず、近隣の平安京住民の間でも菅公霊の「祟り」と目されるようになった。中でも延長8年(930)6月の宮中清涼殿落雷は深刻な事件であった。
皮肉にも諸卿が集まって干魃対策を協議中の出来事で、大納言藤原清貫・右中弁希世ら廷臣数名が死傷し、醍醐天皇も病臥の身となって3か月後に崩御した。菅公の「雷神」化の契機とされている事件である。
北野天神縁起は神となっていく菅原道真公をめぐる壮大な一大叙事詩である。これに絵を加え、巻物に仕立てたものが北野天神縁起絵巻であるという。

北野天神縁起絵巻承久本第6巻 鎌倉時代(13世紀) 縦52.1横876.0㎝ 紙本墨書・著色 北野天満宮蔵
同展図録は、北野天神縁起絵(天神縁起絵)の現存最古かつ最大の絵巻で、近世以来「根本」と呼ばれ、崇敬されてきた。縦50㎝を超える大画面に展開する雄渾な人物表現、迫力ある線描や明るく冴えた色調、長大な場面描写、情感にあふれる豊富なモチーフ描写など見どころが多く、中世絵巻の屈指の名品である。詞書が鎌倉前期、承久元年(1219)編集の縁起文であることから、承久本とも称され、実際の制作期もこの年をさほど下らないと考えられているという。
他の絵巻では横長の料紙を横にして描くが、承久本は縦に使っているために大画面の絵巻だった。
同展では、が鎌倉時代に成立した通称・弘安本を一つの典拠としながら、新場面も加え、バランスよく全体のストーリーを伝えている土佐光信筆『北野天神縁起絵巻』(文亀3年、1503)を用いて天神縁起の世界を解説していた。
それによると、延長8年(930)6月26日、宮中清涼殿に落雷があり、臣下の数名に死傷者が出た。遊牧民をとって立ち向かおうとした者もいたが、すぐに蹴り殺されてしまった。これは、天満天神の眷属のうち、第三使者・火雷火気毒王の仕業だという。
雷神ではなかった。
確かに大きな画面で迫力があったし、雷が落ちて炎が上がり、御殿の貴族たちにも炎が富んできて、顔を覆われる者、気を失う者、蹲る者、逃げようするが腰が抜けた者など、それぞれの衣装の色や文様が違うように、一人一人の動きを違えて描かれ、威力のなさそうな弓矢が転んでいる。
更に欄干から落ちた者、沓や烏帽子も着ける間もなく逃げ出す者、既に気を失っている者など。

しかし何よりも驚いたのは、截金で表された稲妻に肥瘦があることだった。
截金は主に仏像・仏画の荘厳に用いられてきた。太い線、細い線の違いはあっても、一本の線に細いところや太いところがあるということは、今まで見た記憶がない。
以前にまとめた三十三間堂4 風神雷神その後で、『続日本の絵巻15北野天神縁起』に、清涼殿落雷の惨状。墨に白群の暈を添えた、無気味な雲。金泥を駆った稲妻が、直線的な光を放つという記述があり、その時は金泥と思っていたが、金泥で描かれているのではないことを今回実物を間近で見て分かった。
太い稲妻は、金泥で描かれた上に太い截金を貼り付けているようにも思えるものはあるが、その先は細くなっている。また、細い稲妻さえ、その先は細く尖っている。
かなの「ひ」の字形の稲妻を拡大してみると、金泥あるいは黄色っぽい顔料で太く描いた上に、確かに截金を貼り付けていることが、複雑に曲がった箇所には截金を短く切って対応している。そして、先端部分は細長い截金に変えている。
雷神の右膝あたりの稲妻は、何か困難な事態が発生したようで、截金がぐにゃぐにゃしている。
この部分の全体が載っている図版は小さな絵葉書だけなので、解像度が悪いのだが。
やっぱり続きが切れていても、この方がよくわかるかな、截金が捩れているのが。
雷神の頭上では、太鼓の間の稲妻の先端が二つに分かれているし、もう一つの先端も細い截金が切れ切れに貼り付いている。
これが金泥で太く描いた上に幅広の截金を貼り付け、稲妻の先端は細い截金をつかい、しかも先を細くしていることが。

                →北野天満宮展 束帯天神像は忿怒相

関連項目
明恵の夢と高山寺展 金泥による装飾の素晴らしさ
三十三間堂4 風神雷神その後

参考文献
「北野天満宮 信仰と名宝 天神さんの源流展図録」 2019年 京都文化博物館
表紙は天神さんらしく梅の花形に刳り貫いてあり、見返しに印刷された風神さんの顔がそこから見えるようになっている。大きくはないが、分厚い図録なのに軽いのも有り難い。