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忘れへんうちに 旅編では、中央アジア各地、イランの旅に続いて、フランス南西部のオクシタニー地方の旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2018/09/21

カオール、サンテティエンヌ司教座聖堂 フレスコ画


最初の殉教者聖ステファノまたは聖ステファヌスに捧げられたカオールのカテドラルは、Visiter la Carhédrale Saint-Étienneによると、7世紀の司教聖ディディエによって奉献された。広大な建物は12世紀に再建が開始され、主祭壇はローマ教皇によって1119年に捧げられた。身廊は二つの円蓋(右側から見上げるとクーポール=coupole、外側から見るとドーム=dôme)に覆われ、仏南西部では最も大きい。
後陣と西側の支壁は、アルビジョワ十字軍の後に南仏に入り込んできたゴシック様式を用いて完成した。内部の建築は一面壁画で覆われ、13世紀末のものが西円蓋や西の支壁に残っているという。

西の円蓋(coupole)
内部の建築は一面壁画で覆われ、13世紀末のものが西円蓋や西の支壁に残っているという。
St Etienne de Caorsというページは、壁画のオリジナルの部分は14世紀だが、19世紀の修復で隠れてしまったという。
聖ステファヌス(サンテティエンヌ)は、円蓋頂部に描かれている。
投げられた石が頭に当たっているのかな。岩山に跪いて左手を挙げている。その背景には割合整然と並ぶ円の中には輝く星が表されているのだが、ロンデルが並ぶ窓のよう。
聖ステファヌスのいる円を囲んだドーナツ形のところには、聖ステファヌスに石を投げる人々が14名。
ステファヌスの頭上から時計回りに。
当時の人々の服装が伺える。
樹木が何本か人物の背景に描かれるが、場面の区切りでもなさそう。
wikipediaのステファノによると、ステファノはユダヤ人の歴史を引き合いにしながら「神殿偏重に陥っている」とユダヤ教を批判したため、ファリサイ派によって石打ちの刑に処せられた。この場にサウロ(後のパウロ)が立ち会っていたという。
後の多くの殉教者のようにローマの執政官によって刑に処されたのではなく、ユダヤ教徒によって殺され、キリスト教史上初の殉教者となった。
立派な椅子に坐り剣を立てている人物がファリサイ派の指導者。
地中から石を掘り出す者、その石を投げる人に渡す者など

その外側に8名の預言者が描かれ、それぞれが自分の名が記された巻物を持っている。
人物の描かれている枠は、ゴシック様式の窓の形。縦の区画には細い葡萄の蔓が茎を左右に分岐しながら上へと伸びていく。実も描かれている。
同サイトによると、預言者たちはエレミヤ(Jérémie)、イザヤ(Isaï)、エゼキエル(Ezéchiel)、ハバクク(Habacuc)、エスドラ(Esdras)、ヨナ(Jonas)、ダニエル(Daniel)、ダビデ(David)の8名だが、どの絵が誰かは不明。
中央の若者は他の預言者が被る帽子とは違うものを頭に付けている。これは王冠で、この人物はダビデ王かも。
それぞれに配色や身に付け方の違う服装にして、丁寧に描いている。

西ナルテクスの壁画
St Etienne de Caorsというページは、原罪について描かれた壁画は14世紀という。
二人の裸の人物がアダムとエヴァらしいこと、壁面を切石に描いていること程度はわかるのだが、
ピントを合わしきれなかった。円柱はなくなっているのに柱頭だけ壁に残っているのは不思議。
聖堂では本も売っていないようで、残念。

モワサック、サンピエール修道院 北回廊柱頭← →サンテティエンヌ司教座聖堂 北扉口タンパン

関連項目
サンテティエンヌ司教座聖堂 モディヨン
カオール サンテティエンヌ司教座聖堂

参考サイト
カオール観光局のVisiter la Carhédrale Saint-Étienne
フランスの歴史的建造物 司教座聖堂St Etienne de Caors
wikipediaのステファノ


参考文献
「中世美の様式下 ロマネスク・ゴシック美術」 オフィス・ド・リーブル編 大高保二郎・岡崎文夫・安發和彰訳 1991年 連合出版