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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2017/05/02

マスジェデ・ジャーメ チャハール・イーワーン


マスジェデ・ジャーメはセルジューク朝後期(12-13世紀)に中庭に4つのイーワーンが設置され、チャハール・イーワーン形式のモスクとなった。

南イーワーンは奥が洞窟のよう。
大きなムカルナスが、前面と後方の二重に積み上げられている。外のタイル装飾は後の時代のもの。
平面図では、中央よりも奥に小さなドームがあるみたい。

前面のムカルナスとその頂部。素焼きレンガの側面をそれぞれの大きさに合わせて切り、それを集成してムカルナスの面とする。頂部は傘を少しすぼませたように、面の凹凸を造っている。このもっと長く、もっと褶曲のある例が、後のティムール朝期のシリング・ベク・アガ廟イーワーン(1385-86年)に見られる。
素焼きレンガの間にはコバルトブルーの小さなタイル片やトルコブルーと共に細長く切ったものが使われている。頂部下の扁平なムカルナスのインスクリプションは、後の時代に加えられた。
見上げると、コバルトブルーのタイル・テッセラの文様が浮かんでくる。
文字を矩形で囲み、その一角に3つのテッセラで最小の矩形を出っ張らせる。頂部には八角形の1辺を凹ませたものが重なり合いながら回転している。
内側には小さな浅い八角ドームがあるために、外側から見るとイーワーンが二重に見えたのだ。
側面
ムカルナスのない面では、コバルトブルーのタイル・テッセラが水玉文様のように並んでいる。
下段中央の透かし窓を囲む尖頭アーチには、白でインスクリプションを描き、コバルトブルーがその輪郭となっている。
下の渦巻く蔓草とインスクリプション帯はモザイクタイル。
その隣の隅のムカルナス
素焼きレンガもコバルトブルーのタイル・テッセラも隙間なく密接している。

ムカルナスの下部は青を基調とするタイル装飾に覆われている。
東壁
幾何学形のタイルが地から浮き出ている。
このタイル装飾は『COLOUR AND SYMBOLISM IN ISLAMIC ARCHITECTURE』では1475年としているので、モザイクタイルのインスクリプション帯も、イーワーン表面をタイル装飾で覆ったティムール朝期のものだろう
地自体はモザイクタイルで、幾何学文様がその中に入り込んでいるのではなく、凸状に盛り上げている。それらもモザイクタイルで幾何学文や植物文で装飾され、色タイルだけではなく、素焼きタイルも使われている。
平面的なモザイクタイル、透かしを入れたところも。
スパンドレルと下の半タンパンは、素焼きタイルと色タイルを反転させるなど、凝っている。ここももちろんモザイクタイル。
南壁
地は素焼きタイルに色タイルで花の文様を表したようなもの。そこに変形四角形に蔓草文をモザイクタイルで表したものが4つ、その真ん中に斜めにした矩形にインスクリプションも。
やはり幾何学形の区画は地文から浮き出ている。
西壁
10点星を中心に、組紐で名称を付け難いような文様も含め、数種の幾何学的な枠を作り出し、その中に蔓草文様やインスクリプションをモザイクタイルで表している。
凹凸はないように思われるが、素焼きタイルの組紐が少し出ているかも。

西イーワーンは残念ながら修復中。
南イーワーンよりも縦長に見える。奥壁のトルコブルーの透かし窓へとすぼまっていくような。
平面図では、南イーワーンと同じようにイーワーンの中に小さなドームが造られているようだが、外からはわからない。
イーワーンの尖頭アーチ下縁には、幾何学形の素焼きタイルと黒色タイルが鏤められている。さらにトルコブルーの細いタイルで幾何学文様をつくっている。
イーワーン頂部は黄・白・黒のタイルで文様を構成し、その下の壁面にはトルコブルーと黒の名前を図案化したものがちりばめられ、。アーチ・ネットで仕切られた下側は、トルコブルーの色タイル・テッセラで表されている。
イーワーン下縁部と同じ幾何学文がコバルトブルーのタイルと素焼きタイルで表され、スパンドレルは白とコバルトブルーのタイルで幾何学文が表されているが、その下の短いインスクリプションは絵付けタイル。
トルコブルーの小さな部品を横に並べた透かし窓は縦長の亀甲繋文。その下のインスクリプション帯は絵付けタイルだが、透かし窓を巡る黄地にコバルトブルーの六角形が並び、その中にインスクリプションを描いたものはモザイクタイルのよう。
北面には大きく名前を図案化したものがあり、その間に白とコバルトブルーのモザイクタイルの区画がある。たまたま写っていたが、気付いていたらもっとましに写していたのに。
それは南イーワーンのモザイクタイル区画と共に『COLOUR AND SYMBOLISM IN ISLAMIC ARCHITECTURE』に掲載されていたもの(1475年)だが、他のものとは全く違い、涼やかな色合いのものだった。
変形四角形が4つ、その中央に斜めになった矩形、それぞれにインスクリプションが嵌め込まれている。
コバルトブルーの小さな5点星・4点星が並び、ところどころにトルコブルーを中心とした花文が配されている。そこに、まず黄色い枠、続いて白とコバルトブルーの斜文、トルコブルーと3段に積み上げた上にモザイクタイルでインスクリプションが表されている。

北イーワーン平面図
ここだけ例外的に奥行がある。

『GANJNAMEH7』は、モスクの中で創建当初の姿を残す唯一のものが北イーワーンであるという。
尖頭ヴォールトには名前を図案化したものが、色を違えながら並ぶ。
そして奥には、名前を図案化したものが配された幅のある壁面の中に縦長のムカルナスが収まっている。
このヴォールト天井といい、壁面といい、目立たないが素焼きタイルで緻密に文様が構成される。名前の区画は漆喰装飾かも。
縦長のムカルナスも漆喰装飾。キブラとは反対方向になるので、装飾を控えたのかも。

下の龕は「ムカルナスの小室」(1367年)(同氏のヴォールティングの諸形態より)。この透かし窓から奥の北礼拝室に光が射し込む。
北礼拝室及び北ドーム室から見ると、「ムカルナスの小室」の透かし窓から入る光は、キブラ方向を示すものとなる。

「ムカルナスの小室」の頂部
『ペルシア建築』は、組紐状のクーフィー書体文字によるインスクリプション、1310年頃としている。ここも漆喰装飾で、天井や、その中の丸い凹みも組紐文で覆われている。
「ムカルナスの小室」の両脇の壁面は同じ頃に造られたのだろうか。
彩色されていたらしいが、拡大しても素焼きタイルの切れ目がわからない。
どうやら浮彫漆喰らしい。

『GANJNAMEH7』は、ヴォールト下部の壁面には透かし壁を入れた龕のようなものが並んでいるが、これは後世に、補強のために西暦14世紀に改築され、現在の姿になったのは16世紀のことであるという。
ヴォールト天井から龕のある壁面への移行部は、インスクリプション帯の上までは創建時のもので、精密につくられた美しい装飾が残っている。その下のインスクリプション帯は亀裂が入ったり、割れて落ちたところもある。
上の8点星の幾何学文様が何でつくられたのか、実はよくわからない。大きな素焼きタイルに文様を刻み、彩色したものを並べてあるのだろうか。刻まれた線が、形に切ったタイルを並べた時にできるものとは違うのだ。
その下の卍の入った文様帯は、色をつけた素焼きタイルを組み合わせたモザイクタイルで、文様は1単位毎に造っては帯状に壁面に貼りつけている。
その下の文様帯も、彩色された素焼きタイルによるモザイクタイル。
2段のインスクリプション帯は浮彫漆喰だろう。
その下の龕のある壁面は14世紀か16世紀という。

東イーワーンについてはすでにまとめた。それについてはこちら


 マスジェデ・ジャーメ ゴンバデ・ハーキ←  →ミナレットの空色嵌め込みタイル

関連項目
マスジェデ・ジャーメ4 東翼
マスジェデ・ジャーメ3 北翼
マスジェデ・ジャーメ2 西翼
マスジェデ・ジャーメ1 南翼
シャーヒ・ズィンダ廟群6 シリング・ベク・アガ廟

参考サイト
金沢大学学術情報リポジトリより 
深見奈緒子氏のイスファハーンのゴンバディ・ハーキにみられる装飾文様 1996年
深見奈緒子氏のヴォールティングの諸形態 1998年

※参考文献
SD選書169「ペルシア建築」 A.U.ポープ 石井昭訳 1981年 鹿島出版会
「GANJNAMEH7 CONREGATIONAL MOSQUES」 1999年
「COLOUR AND SYMBOLISM IN ISLAMIC ARCHITECTURE」 1996年 Thames and Hudson Ltd.London