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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2017/02/21

ファヤズ・テパ講堂出土の仏三尊像 ウズベキスタン歴史博物館より


南ウズベキスタンのテルメズで見学したファヤズ・テパは仏教遺跡で、ストゥーパと講堂などのある僧院区とに分かれている。
講堂はストゥーパの基壇からよく見える。中庭の向こう側の柱廊右壁面に凹んだところがあるが、ここから発見されたのが、タシケントのウズベキスタン歴史博物館に展示されている仏三尊像だという。

仏三尊像 1-3世紀? 石灰岩 高72㎝
『世界美術大全集東洋編15中央アジア』は、2-4世紀L.I.アリバウムによって礼拝堂から発掘された。
インドの馬蹄形アーチの下で禅定印を結んで瞑想にふける釈迦如来を表しているという。
一つの石灰岩の塊から彫り出したもの。
同書は、その上方の樹木は葉も多く、釈迦如来を暑い太陽の光から守っている。その葉の形からアジャパーラニグローダ樹と思われるので、ボードガヤーで悟りを得たあと8日目から49日間、菩提樹の下から場所をつぎつぎと移し、瞑想にふけっていたときの状態を表したのではないかと思われるという。
樹木は透彫で、奥の方にも枝葉が見え、非常に精巧につくられている。
向かって右の僧はやや年配で、左の僧は若く、残念なことに顎を損傷している。迦葉と阿難にも思えるが、この時代にはまだ成立していないかな。

体の膨らみもわかるほど薄い着衣だが、『ウズベキスタン考古学新発見』は、図像形式の基本はガンダーラのものと共通するが、坐仏の紐状の衣文線、菩提樹の文様的表現など、この地の特徴もうかがわれる。ガンダーラの図像をもとにしながら、この地で解釈し直し、制作されたもので、3-4世紀頃のものだろうという。
このように制作時期については見方が異なるが、私も3-4世紀頃のように思う。

アーチを支える柱の柱身には、バクトリアでしばしば用いられる「溝彫り装飾」が施され、柱頭にはアカンサスの葉が刻まれているという。
仏伝図の場面と場面の間にはこのような角柱が置かれる。角柱の溝彫り装飾は、1-2世紀とされる、釈迦が円輪光と法輪柱で表されていた初転法輪の礼拝の浮彫(東京国立博物館蔵)に、すでに見られるものだ。
その浮彫も柱頭にはアカンサスがあしらわれるが、本作品の方が高浮彫で、この地に根付いたヘレニズムの影響の強さが現れているようだ。
横から見た仏龕。釈迦が周囲より白いのは、スポットライトで照らされているため。

ところで、歴史博物館壁面に発見時の写真があった。

壁画断片 1-2世紀
講堂の壁面には三尊像の背後にこのような絵が描かれていたらしいことが、上の写真からわかった。博物館で三尊像の後ろの壁に描かれていた想像復元図は、この壁画が元になっていたのだ。
中央の大きな人物は足を左右に開いて、両側にいる人物の足を踏んでいる。踏まれた人物は後ろにいる人物の片足を踏むということが4人ずつ繰り返されている。着衣はそれぞれ色や文様が違っている。大きな人物は剣を掲げ、左右の4人は献げものを持っているので、供養者かも知れない。
足の間には白く丸いものが描かれているが何だろう。蓮華を上から見下ろしたものだろうか。





関連項目
ファヤズ・テパ遺跡2 講堂
ウズベキスタン歴史博物館2 仏教美術など

参考文献
「STATE MUSEUM OF THE HISTORY OF UZBEKISTAN」 2013年 PREMIER PRINT
「世界美術大全集東洋編15 中央アジア」 1999年 小学館
「ウズベキスタン考古学新発見」 編著 加藤九祚・Sh.ピダエフ 2002年 東方出版