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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2012/01/27

ネムルート山東西テラスの石像はグレコ・イラン式

ネムルート山では東西のテラスに石像や浮彫石板が並べられていたが、地震で倒壊したままになっている。
『コンマゲネ王国ネムルート』には、西のテラスの配置復元図(カール・フーマンによる)が示されている。
『世界美術大全集東洋編16西アジア』は、ヘレニズム美術が着実にこの地域に伝播したことはイラン系のアルサケス朝パルティア(前3-後3世紀前半)の時代に制作されたさまざまな作品が物語っている。アルサケス朝の宮廷美術は、その初期の首都であった現トルクメニスタンの旧ニサの宮殿や神殿から発掘された若干の彫刻以外、ほとんど現存していない。
われわれが「アルサケス朝の美術」という場合には、アルサケス朝パルティアが西アジアを統治していた時代の西アジアの美術を意味している。すなわち、パルティア人以外の被征服民(土着の民)の宮廷美術、あるいは隣接するシリア(パルミラ、ドゥラ・エウロポス)やトルコ(コンマゲーネ王国)の美術である。
これらの小王国の宮廷美術は、アルサケス朝の宮廷美術の影響を強く受けていたと考えるべきであろう。
パルティア時代の美術は、ヘレニズム美術がしだいに変貌し、イラン系および土着の要素が復活していった歴史であるといえる。
その前半(前3世紀-前1世紀末)の宮廷では、ギリシア文化を積極的に摂取していたが、時を経るにしたがってアケメネス朝以来のイラン美術の伝統やパルティア人の嗜好、慣習なども取り入れられ、ギリシアとイランの両要素が折衷されるに至った。そのような折衷美術の実態をもっとも鮮明に示しているのが、トルコ南東部の小王国コンマゲーネのグレコ・イラン式彫刻であるという。

西のテラスに比べると東のテラスの方が石像の胴体がよく残っている。
『コンマゲネ王国ネムルート』左は、端のアンティオコスⅠは王のしるし、錫を手にしているというが、見えない。
中央のゼウス-オロマスデスは、薄地らしきマントの胸の辺りにひだをとって背中に流し、左肩フィブラで留めている。左手に持つのは稲妻と共に投げつけるという雷電の束であるという。それも見えない。
左端のヘラクレス-アルタグネス-アレスだけが左手に棍棒を持っている。ヘラクレスのシンボルともいえるものであるという。
確かに棍棒らしく突起がある。
棍棒のごつごつした突起はこの方がよくわかる。
棍棒については後日
コンマゲネ王国のグレコ・イラン式彫刻を転がっている首で見てみると、

アンティオコスⅠ
『コンマゲネ王国ネムルート』は、表情には若さがあり、何か話し出さんというように唇をかすかに開いているのはヘレニズム美術の特徴を感じさせる。くぼんだ目がきまじめな印象を強めるという。
帽子あるいは兜の上の方が補修されたのか石が違う。長い三角の鋸歯文になっている。
パルティア美術でいうと、時代は下がるが、パルミラの浮彫人物像と似たところがある。
それは目を正面に向けて、無表情にも見える固い人物表現である。
パルミラ出土の婦人像浮彫はこちら
それよりも三角帽の下側の帯(ディアデム)の文様が気になる。細い線が束になって中心から放射状に出ているように見える。
そのモティーフはどこかで見たことがあると思ったら、アイ・ハヌム出土のゼウス神像のサンダルだった。

ゼウス神像の左足 アイ・ハヌム出土 前3世紀 大理石 28.5X21㎝ カブール国立博物館蔵
『アフガニスタン悠久の歴史展特別出品カタログ』は、ギリシア神話の至高神ゼウス像の左足先端部分。全身の復元高は3mほどと考えられている。おそらく、顔と両足、両腕先端部分が大理石でつくられ、他は粘土でつくられていた。サンダルは、パルメット、花文、そしてゼウスの武器である雷霆と、ゼウスを表す鷲の翼とを組み合わせた文様で装飾している。雷霆は、仏教の執金剛神の持つ金剛杵に形を与えたという。
ネムルート山でも、ゼウスーオロマスデスは、稲妻と共に投げつけるという雷電の束を左手に持っているらしいので、雷霆はゼウスのシンボルまたは持物だろう。
ゼウスのシンボル雷霆を表した帯を額につけたアンティオコスⅠは、自分が力強い王であったことを示そうとしたのだろうか。
女神コンマゲネ
『コンマゲネ王国ネムルート』は、コンマゲネ王国の擬人像である女神コンマゲネ。都市や特定の地域を女性像で人格化したのはヘレニズムの影響である。ヘレニズム世界ではしばしば幸運の女神ティケがその役を果たしていた。果物を象った髪飾りをつけるという。
コンマゲネはこの地方の豊穣の女神でもあったのだろう。
ゼウスーオロマスデス
同書は、ギリシア世界のパンテオンの王ゼウスとゾロアスター教ペルシアのパンテオンの創造主オロマスデス(アフラマズダ)を混淆した神である。
ティアラには星の飾りが見えるという。
星の飾りというのは菱形のことだろうか。
眉をひそめ、威厳のある表情だ。
あと2体の神の横顔。
帽子を被ってディアデムを後ろに絞めている。ディアデムにはゼウスと同じく、星を示す菱形と円形が交互に並んでいる。
アポロン-ミトラス-ヘリオス-ヘルメスの合体した神。
同書は、ギリシアの神アポロンにペルシアの天の光の精霊ミトラス、そしてギリシアの太陽神ヘリオスと神々の伝達役ヘルメスという。
ヘラクレス-アルタグネス-アレス
同書は、不滅の強者ヘラクレスとギリシアの戦いの神アレス、ペルシアの軍神アルタグネスを一緒にした強い神という。
ゼウス-オロマスデスと同じく眉をひそめて髭をつけ、力強さを表している。
確かにヘレニズムという言葉だけでは表現しきれない様式になっている。
気になるのは各頭部のこめかみにあけられた四角い穴だ。頭部には実際に何かの装飾品を付けていたのかも。

※参考文献
「コンマゲネ王国ネムルート」(2010年 A Tourism Yayinlari)
「世界美術大全集東洋編16 西アジア」(小学館 2000年)
「アフガニスタン 悠久の歴史展 特別出品カタログ」(2002年 東京藝術大学・NHK)