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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2010/03/05

楯築弥生墳丘墓3 謎の弧帯文石

 
1号立石には後世に石を組み合わせた祠のようなものが取り付けられていた。今はない楯築神社の御神体だったらしい。
『シリーズ遺跡を学ぶ034吉備の弥生大首長墓』は、御神体の石の大きさは、93㎝X88㎝、厚さは30-35㎝ほどある。よくみると、文様はきめ細かい白っぽい石の表面に先の鋭い工具で刻まれており、10本前後の細い線を一つの単位として6-8㎝幅の帯のように描かれているという。
渦がたくさんあるように見える。 弧帯文石は、大小数百片に壊された状態でみつかった。その出土分布は、遺骸の頭部の真上あたりを中心に、円礫堆下半部に集中しており、その最下部から、これらの母岩とでもいうべき大きな破片が検出された。破片を接合してみると、最大長約61㎝、幅約30㎝、厚さ約16㎝の大きさとなったが、その上半部のみが細かい破片となって割れており、  ・・略・・  この部分が火がかけられて細かい破片に砕かれたものと考えられている。帯を巻きつけたような文様は、線刻によって石の全面に刻まれており、基本的な文様の構成は御神体となっている弧帯文石と同じものである。
御神体のものと比べるとかなり小さいもので、体積比でみると1/9ほどである。石材については、双方とも紅柱石質蝋石
という。
弧帯文石はもう一つあった。渦巻きの中に尖った形が彫られている。 双方とも文様の構成は基本的には同じもので、一定の幅をもった線刻の帯が重なり合い、折り返し、反転して複雑な文様を構成し、断面が三角の隆起をもつ円孔をS字状にめぐるように展開しているという。
ほぼ同じ幅の帯に、同じ間隔の平行線を刻んでいる。
帯状のものを複雑に巻いて渦を作っている。包帯をぐるぐると石に巻き付けたようにも見える。特別な石を特別な巻き方で包んでいったようだ。エジプトのミイラが包帯で菱形のような形を作りながら巻かれていたのを思い出す。 ふたつの弧帯文石のもっとも異なる点は、御神体にのみ人の顔が描かれていることである。
この弧帯文石に刻まれている顔だけを出し、体全体を帯で幾重にも巻かれている姿にみえる人物が、はたして楯築弥生墳丘墓に葬られた首長自身であるのか、あるいは祖霊や怨霊を封じ込めた表現であるのか、大変興味深いところ
という。
石は首長あるいは祖霊に見立てていたのか。それにしても、平行線や帯の熟練した彫り方に比べて、なんともええかげんな人の顔の表現やなあ。 特殊器台と特殊壺は弥生後期前半の吉備地方で成立、発展した土器である。その名称については、形や大きさ、文様、胎土が通常の集落などから出土する土器と非常に異なっていること、また集落遺跡からはほとんど出土せず、特定の墳墓遺跡に限って出土し、葬送儀礼のために特別につくられた器台と壺であるとみらることから「特殊」を冠されているものであるという。 
このようなものから円筒埴輪へと変わっていったのか。奈良県布留遺跡出土の朝顔形円筒埴輪にも、帯状の渦巻きらしきものがある。 円礫堆から出土したうちのひとつがほぼ完形に復元されている。器高は1.12mもある大きなものである。
筒部は箍(たが)状の突帯と平行沈線文からなる5つの間帯によって4つの文様帯が構成されている。
このほかの破片となってる個体も、ほぼ似たような文様構成をもつものである。ほとんどのものが外面に丹が塗られている
という。
楯築弥生墳丘墓では固い石に平行線で弧帯を彫り、土器には直線文を刻んだ。それが次の段階では特殊器台に平行線の直線文と弧帯文が表されるようになっている。 楯築弥生墳丘墓の調査により出土した特殊器台と特殊壺は、円礫堆や両突出部、円丘部斜面を中心に、それぞれ10個体前後が確認されており、それらは立坂型に分類されるなかでも最古の形式にあたるものである。特殊器台と特殊壺を用いた祭祀は、首長墓の出現と時を同じくして成立したとみられており、楯築弥生墳丘墓においてはじめておこなわれたのではないかという見方もされている。
集落のなかでおこなわれていた農耕儀礼が、首長の葬送に際しての儀礼のなかに取り込まれたことを意味しているとみられる。すなわち、共飲共食の儀礼が集落から墓に移るなかで、墳丘墓での呪術的な祭祀という新たな事態に対応する祭具として、特殊壺と特殊器台が出現したと推測している
という。
このような墓室の上での祭祀が、弥生時代後期に始まり、古墳時代前期へと繋がっていったのだ。その呪術的な祭祀に使われた特殊器台と特殊壺も、円筒埴輪へと繋がっている。埴輪は墳墓を守護するものかと思っていたが、呪術的な意味合いがあったのだ。

※参考文献
「シリーズ遺跡を学ぶ034 吉備の弥生大首長墓・楯築弥生墳丘墓」(福本明 2007年 新泉社)