ガラスを2層にし、その間に金箔を挟み込んだ珠が金層珠である。吹きガラス技法成立(前1世紀中葉)以前から用いられてきた芯巻技法による金層重ね貼付珠(前3世紀以降)と、吹きガラスにより太細2種のガラス管をつくり、これを重ね合わせて適当の長さに切り、必要があれば中間を挟んでいくつか括れをいれた金層重ね筒挟珠(1世紀以降)との2種が知られている。後者の場合は、ガラス管を吹くときにできる微細な皺が表面に認められる
と記している。
金層ガラス玉・金層重ね筒挟珠 6世紀中葉 最大直径0.7㎝程度 奈良県広陵町鴨山古墳出土 個人蔵
谷一氏の説明通りのくびれのある筒挟珠も出土している。谷一氏は同書で、出土した金層ガラス珠は、胴中部の丸く膨らんだ円筒形で、透明飴色ガラス製で、内外珠とも表面に孔の主軸方向に走る微細な皺があり、これが両端部分では孔に向かっていると説明している。吹きガラスで作ったものらしい。妙な金色に見えたのは、表面に透明な飴色ガラスを使っていたからのようだが、それではせっかく挟んだ金箔の色や輝きが見えにくくなるのではないだろうか。

非常に小さな金箔ガラス玉で、風化も進んでいて説明がなければガラスだと気がつかないだろう。

星塚2号墳は亀甲繋文のある円頭大刀柄頭が出土した古墳である。これだけ大きいと分かり易いが、実物はもっと小さい。梔子玉は、藤ノ木古墳の北側被葬者が着けていた金銅製の空玉にもあって、縦に数本の溝があるものを指すようだ。

同展には展観されていなかったが、『海を越えたはるかな交流展図録』に写真があった。『トンボ玉』で由水常雄氏は、
わが国古墳からは、西アジアやエジプトで作られたと思われるトンボ玉が幾例か発掘されている。
新沢千塚126号墳出土のトンボ玉は、緑の地に縞目文様をつけた特色のある玉で、その技法が一般のトンボ玉の作り方とやや異なっている。 ・・略・・ これはアレキサンドリア地方で盛んに作られていたモザイク・ガラスの技法に連なるもので、古代においては、アレキサンドリアを中心とする地中海東・南岸でしか使われていなかった技法であった。同時に出土した金箔サンドウィッチの金トンボ玉も、その地方で作られていた玉であった
と製作地を特定している。上からの写真では、金箔は芯に近い部分で、外側に厚く透明ガラスが巻かれているように見える。

ゴールドサンドイッチ珠頸飾 2~4世紀 高(最大)0.9㎝ 羽原コレクション
金層ガラス玉は、ゴールドサンドイッチ玉とも呼ばれている。金平糖のような突起のある玉が幾つか見える。出土地がわからないが、中には日本の古墳から発見された金層ガラス玉と同じ時期、あるいは同じ工房で作られたものがあるかも知れない。


田上恵美子さんは田上惠美子さんでした。
※参考文献
「金の輝きガラスの煌めき-藤ノ木古墳の全貌-展図録」(2007年 奈良県立橿原考古学研究所附属博物館)
「海を越えたはるかな交流-橿原の古墳と渡来人-展図録」(2006年 同上)
「古代ガラス H氏の場合」(谷一尚著 1998年 京都書院アーツコレクション)
「ものが語る歴史2 ガラスの考古学」(谷一尚著 1999年 同成社)
「トンボ玉」(由水常雄著 1989年 平凡社)