『世界美術大全集東洋編17イスラーム』は、15世紀のティムール朝に発達したタイ ルの技法の例は、すべてシャーヒ・ズィンデ墓廟群に見ることができる。イランと中央アジアで完成を見たタイルの技法としては、ティームール朝以前から使わ れてきたラスター彩と上絵付のラージュヴァルディーナ彩、14世紀後半から15世紀初期に中央アジアで発達したクエルダ・セカなどが継続して使われた。新 たに発達したモザイク・タイルは、多様な形のタイル小片を組み合わせて装飾文様を表す技法で、諸技法のなかで最も手間がかかるが、完成度の高いものの美し さは格別である。このほかに無釉レンガと組み合わせて使う施釉レンガ(バンナーイ)などがあるというが、シャーヒ・ズィンダ廟群ではラスター彩だけは見つけることができなかった。
『イスラームのタイル』は、ラスター彩の印象は、金彩のように見えるが、実際は成分、焼成ともまったく異なっている。同じ黄金色でも金のようなストレートな輝きとは違い、いったん吸収された光が、玉虫色のような微妙な光をもつ輝きとなって現れるのである。その華麗な色調はペルシアの華と言われ、見る者をたちまち豊かな幻想の世界へと引き込む。
この華やかな魅力をもつラスター彩も、その盛時はきわめて短かった。14世紀以降は衰退の一途をたどり、やがて歴史の死角に入って世界から忘れられてしまった。
ところが20世紀末の今日、古代史の解明や世界美術の見直しがなされるなかで、技法の途絶えたラスター彩は、復元の見込みのたたない幻の名陶として世界の研究者の間で再び注目を集めるようになった。
とくにラスター彩タイルは、イスラーム寺院で重要な礼拝所「ミフラーブ」に使用されたものが多く、また貴族の器物や宮殿の壁画に製作されたという。
『世界美術大全集東洋編17イスラーム』は、バグダード周辺では、9世紀になると、急に陶器の制作が盛んになるが、なかでも金属的な発色をするラスター技法が開発され、陶器やタイルに用いられ始めた。ラスター技法は、錫白釉の地に酸化銀、酸化銅などを主体とした複雑な呈色材料で絵付を行ってから低火度で還元焼成させるもので、技術的には非常に難しい。それにもかかわらず、9世紀にはラスター技法で大量のタイルが制作されたという。
カイラワーンの大モスクのミフラーブ 836年 チュニジア
同書は、9世紀に北アフリカに勢力を有していたアグラブ朝の支配者によって建設された。
ミヒラーブ前面左右にはビザンティン様式の柱頭が載せられた大理石の円柱があり、その円柱の上部はアーチとなり、アーチ左右は装飾壁面となっている。このアーチと左右の装飾壁面に、正方形のラスター彩タイルが合計139点嵌め込まれいるという。
『砂漠にもえたつ色彩展図録』は、イラクから運ばれた渡来品であろうとの見解が下されているという。
『世界美術大全集東洋編17イスラーム』は、ラスター彩タイルは、ラスター彩陶器とともにアッバース朝初期から生産され始めたが、初期のものは、金属的な光沢が弱い。カイラワーンのラスター彩タイルも金属的発色は弱い。また文様も単純な幾何学文様や様式化された植物文様など、バグダード周辺で制作されたラスター彩陶器と共通点が多いという。
図版は必ずしも本来の色彩を正確に表すものではないが、赤っぽいものと黄色っぽいものあるように思われる。赤っぽいものは酸化銅で、黄色っぽいものは酸化銀だろうか。
しかしながら、このラスター彩は陶器よりも前にガラスに用いられていたのだった。
『世界史リブレット76イスラームの美術工芸』は、後期ローマ・ガラスとサーサーン・ガラスの伝統を引き継いだイスラーム・ガラスであるが、8世紀後半ころから新しい発展が始まった。その最初を飾るのが、ラスター・ステイン装飾ガラスである。イスラーム・ガラスのなかでも一際目を引くラスター装飾は、陶器に先駆けてガラスにほどこされた。ラスター彩とは、金属化合物の顔料で彩画した装飾のことであるが、ガラスでは、陶器と異なり、顔料がガラスのなかに染み込んだステインと呼ばれる状態になるので、ラスター彩ではなく、ラスター・ステインと呼ぶ。
ラスター・ステイン装飾ガラスのもっとも古い例の一つは、カイロのイスラーム芸術博物館にある碗で、アラビア文字で「ミスルのフィヤラ工房で163年製作」と書かれている。エジプトでミスルとはフスタートのことを指し、コプト数字で記された(ヒジュラ暦)163年は、西暦になおすと779年であり、これは、製造地と製造年を示す貴重な史料であるという。
ラスター彩ガラス碗 アッバース朝、8世紀 高13.5径9.5㎝ 制作地エジプト カイロ、イスラーム美術館蔵
『世界美術大全集東洋編17イスラーム』は、このガラス碗の主要文様は、胴部のパルメット文であるが、小葉が深くくびれているなどイスラーム以前の古典的なパルメット文の形態を強くとどめている。銘文の下の帯文にも、古典的な蔓草文が見られる。見込みの部分の花文は、金属器の凹凸のある花形見込みを写したものと考えられるという。
『イスラームの美術工芸』は、このあと、ラスター・ステインの技法は、9世紀にイラクに伝わり、多彩ラスターを生み、さらに、陶器にも応用され、イスラーム陶器でもっとも華やかなラスター彩陶器を登場させたという。
ラスター彩型押幾何学文皿 アッバース朝、9世紀 制作地メソポタミア 径21.7㎝ ベルリン国立博物館イスラーム美術館蔵
『世界美術大全集東洋編17イスラーム』は、薄い黄釉とラスター彩がかけられた型押陶器の一例である。アクセントに淡い緑釉が、随所にかけられている。
皿の中央部に型で押しつけられた文様は、連珠文のつけられた帯文で、5つの卍繋ぎ、4つの環状のモティーフで形成されているという。
黄瀬戸のように見えるこの皿がラスター彩とは。
ラスター彩鉢 イスラーム時代、12-13世紀 イラン出土 東京国立博物館蔵
同館の説明板は、ラスターは英語できらめきを意味します。釉薬施し、900℃でいったん焼成した器の表面に、酸化銀や酸化銅を含む顔料で文様を描き、600℃で再度焼成すると金属的な輝きが生まれますという。
ラスター彩人物群像図鉢 イラン・セルジューク朝、13世紀初期 制作地カシャーン 径34.9㎝ MIHO MUSEUM蔵
『世界美術大全集東洋編17イスラーム』は、ラスター彩陶器は、アッバース朝時代、9世紀頃から制作が盛んになった。カーシャーンは良質のラスター彩陶器を産することで知られていたが、この作品もその器形、図柄、そして深見のある発色から、カーシャーンで制作されたと考えられる。頭部の後ろの円光は、セルジューク朝美術の人物像表現の常套手段であったが、特別の意味はなく、背後から頭部を際立たせるためにつけられたという。
『世界美術大全集東洋編17イスラーム』は、イル・ハーン朝のラスター彩について、陶器・タイルでは、ともに鮮やかなトルコ・ブルーやコバルト・ブルーが加えられたのが特徴である。この種のラスター彩タイルの初期の作例は、タハテ・スレイマーンの宮殿(1275年頃)の壁面装飾に見られるという。
ラスター彩唐草文字文フリーズタイル断片 イルハーン朝(13世紀中葉-1275年頃) イラン出土 29.8X31.5X2.8㎝ 個人蔵
『砂漠にもえたつ色彩展図録』は、この時代のフリーズタイルには、ラスター彩やラージュヴァルディーナで、地文に植物文や鳥、小動物を描き、浮彫で銘文を表したものが多い。
断片だが、後補や補彩がなく、当初の色彩やラスターの光沢を保っている。ペルシア語銘文は解読困難という。
8点星ラスター彩タイル 13世紀 カシャーン出土
ラスター彩浮出し鳳凰文タイル イル・ハン朝、14世紀初頭 27.6X27.1X1.5㎝ イラン出土 個人蔵
『砂漠にもえたつ色彩展図録』は、2羽の鳳凰が旋回して飛ぶ図柄。同時代の陶器にも多いという。
イマーム・ザーデ廟ミフラーブ イル・ハーン朝(1313-33年) 制作地イラン、カシャーン アリー・イブン・ジャアファル テヘラン、イラン・バスタン博物館蔵
『世界美術大全集東洋編17イスラーム』は、ラスター・タイルはミヒラーブにも盛んに用いられたが、陶工として著名なアブー・ターヒルの息子ユースフ・イブン・アブー・ターヒルが制作したイマーム・ザーデ廟のミヒラーブは、最高傑作の一つである。わずかに高く浮き出されたスルス書体のコーランの章句は、精緻な蔓草文様の地文で埋め尽くされているが、その完璧なまでに整然とした文字と文様の構成には、「天国の扉」と命名されたこのミヒラーブに相応しい崇高さを感じさせるという。
蔓草文は厳密に左右対称性を追求している。
アラビア文字の銘文にはラスター彩と浮彫の細く白い蔓草が地文となっているが、シャーヒ・ズィンダ廟群で見たほどには渦巻いていない。
ラスター彩タイルミフラーブ部分 イル・ハーン朝、14世紀初頭 制作地カシャーン 66X57.4㎝ ワシントンDC、フリーア・ギャラリー蔵
地文様など細かい点を除けば、上のミフラーブ部分とほぼ同じ図柄である。
モスクでのラスター彩の貼られる位置を見ていると、サマルカンドのシャーヒ・ズィンダ廟群で見逃したラスター彩タイルは、やはりミフラーブの荘厳に使用されたのではないだろうか。だとすれば、廟群のモスクで開かれていなかったり、図版のないものは、トマン・アガのモスクと24:無名の廟2の2つ、どちらかにラスター彩が使われていたことになるのだが。
ラスター・ステイン装飾ガラス1← →ラスター・ステイン装飾ガラス2
関連項目
イランガラス陶器博物館でラスター彩の制作年代を遡ると
初期のラスター彩陶器はアッバース朝とファーティマ朝
ファーティマ朝のラスター彩陶器
※参考文献
「イスラームのタイル 聖なる青」 山本正之監修 1992年 INAX
「世界美術大全集東洋編17 イスラーム」 1999年 小学館
「世界史リブレット76 イスラームの美術工芸」 真道洋子 2000年 山川出版
イランガラス陶器博物館でラスター彩の制作年代を遡ると
初期のラスター彩陶器はアッバース朝とファーティマ朝
ファーティマ朝のラスター彩陶器
※参考文献
「イスラームのタイル 聖なる青」 山本正之監修 1992年 INAX
「世界美術大全集東洋編17 イスラーム」 1999年 小学館
「世界史リブレット76 イスラームの美術工芸」 真道洋子 2000年 山川出版